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ゴンと同じく、不満いっぱいの表情のキルア。
目の前で、涙ながらに訴える少女を半ばたじろぎながら見つめていた。
(・・・なんっで初対面の女から、母親と同じような説教食らわなきゃいけないんだよ!)
ツバキ曰く、キルア様は本当に素晴らしい方で暗殺技術も冷酷な精神も超一流、暗殺業界のトップに君臨すべく生を受けたような方。だから、今すぐ家に帰って家業を継ぐべし。
「そうしてくだされば、わたくしも一安心ですもの」
ひとしきり訴えを聞いてもらって満足したのか、ツバキは最後には涙を収め、笑顔でそう締めくくった。
(な、なんなんだ、この痛い女は・・・)
突然『婚約者』と名乗られても、キルアには確かめる術がない。親同士が勝手に決めたことでキルアが知らないだけなのか、ツバキの単なる激しい思い込みゆえの自演なのか判断がつかない。否、ロクに会ったこともないくせに人に理想像のようなものを押し付けて訥々と語れる辺り、キルアには『婚約者』というのがどうにも嘘くさく感じられて仕方がない。
それでも、こうして相手の言い分を聞いてやったのには理由がある。確かめたい事項がいくつもあるからだ。
「・・・オーケイ、わかったよ。今、オレが必死になって探してる探しものが見つかったら、一旦実家に帰ってやるよ。だが、その前にいくつか教えてくれ」
ツバキの話を聞いている間、終始しかめっ面をしていたキルアだが、ここへきて真摯な表情でまっすぐにツバキの顔を見つめる。その、まっすぐな眼に射抜かれて、ツバキの心臓はひとつ大きく高鳴った。
「アンタ、ヒソカに頼まれて此処で待ってたのか?」
『塔』のヒントに導かれてこの場所を探し当てたキルア。其処に居たキルアの婚約者。偶然のはずはない。
しかし、ツバキはキョトンとした表情で首をかしげた。
「ヒソカ・・・? 誰ですか、それは?」
これが嘘なら大したものだ、というほどのとぼけぶりにキルアは思わず苛立ちを感じて声を荒げる。
「知らないはずないだろ! アンタにこの塔で待つように指示したヤツだよ! それともアンタ、自分の意志でいつ訪れるかもわからないオレを待ってたっていうのかよ!?」
突然怒鳴ったキルアに対し、ツバキは一瞬ビクッとしたが、出会い頭にキルアに一発お見舞いした少女が怒鳴られて黙っているような性格のはずもなく。
「そんな人、知りません! わたくしはただ、キルア様にお会いしたくて、どうしてももう一度、お会いしたくて・・・」
そこで、言葉尻をしぼめるツバキ。それを見て、キルアは直感する。
(コイツ、多分嘘は吐いていない。ヒソカのことは本当に知らない様子だけど、ヒソカが正体を隠してコイツに指示を出していた可能性だって十分ある)
そうだとすると、当然この少女がヒソカの居場所を知っているはずもなく、キルアの欲しい情報を得ることは難しいだろう。
キルアはひとつ溜息を吐いてから、少女に背を向けて部屋のドアへと歩き出した。
「・・・! キルア様、どこへ!?」
ハッと慌てたようにその背に呼びかけるツバキ。キルアは立ち止まって面倒くさそうに答えた。
「言っただろ? オレ、今、探しものしてる途中だって。アンタが何も知らずにただ此処で待ってただけだっつーなら、これ以上此処に居たって時間の無駄だし」
じゃーね、と言い捨ててキルアは部屋から立ち去ろうとする。
が、突然、右足右手を何かに絡め取られ、先へ進もうとする動きを阻まれた。ツバキの髪の毛だ。
「ダメ、キルア様・・・行かないで・・・折角、ようやく、お会いできたのに・・・お願い、キルア様、ご実家にお戻りになって? わたくしと一緒に、行きましょう?」
先程より声は弱々しいが、キルアの手足を締め付ける髪の力はギリギリと強さを増している。動きを拘束する女の髪に、キルアは苛立ちを押さえられない。
キルアは、胆に力を込めてギッと少女を睨みつけた。
「――――っ・・・!」
その迫力に、ツバキは思わず息を呑む。
「・・・アンタ、いい加減にしろよ。オレは、ゴンを探しに行くんだ。離せよ」
ゴンが隣に居ない不安。ヒソカに良いように翻弄されている現状。そして鬱陶しい母親と同じようなことを口走る自称婚約者の少女。全てがキルアの機嫌を著しく損ねさせていた。
苛立ちの全てをその視線に込めて、キルアは少女を強く睨みつける。
ツバキはその眼に怯え、唾を呑み、冷や汗をかきながらも、キルアに巻きつけた髪を解こうとはしなかった。
説得も脅しも無理か、と諦め、ツバキの髪を切り裂こうとキルアが左手を刃物状に変えた瞬間、ツバキは再び涙を零しながらポツリと言った。
「キルア様・・・わたくし、本当にキルア様をお慕いしているんです・・・両親に連れられてゾルディック家を訪ね、初めてキルア様のお姿を拝見したあの日から、ずっと・・・ずっと・・・」
悲痛な口調に、キルアは少女の髪を切るのを一瞬思い止まる。
「ですから・・・キルア様がキキョウ様を傷付けて家を出たと聞いた時は、本当にショックでした。一体何が、キルア様をそんな風に変えてしまったのですか?」
弱々しい声で尋ねるツバキ。彼女の過剰な憧れによる理想像と現実のキルアの姿のギャップが、キルアへの憎しみにも似た感情を抱かせている理由のようだと、キルアは解した。そして願わくば、ツバキの中の理想像のままのキルアに戻って欲しいと、その為に実家に帰れと、そういうことのようだ。
キルアはハァ〜とひとつ、深く溜息を吐いた。
「・・・別に、家を出た時にはそんなに深いこと考えてた訳じゃなかった。ただ、親の言うなりにはなりたくないな、って思った程度。でも、外の世界に出て・・・ゴンに出逢って、確かにオレは変わったんだと思う」
イルミは『お前にはゴンが眩しすぎて計りきれないだけだ』と言った。
確かに、そうなのかもしれない。
時々眩しすぎて、まっすぐに見られない時もあるけれど。
「ゴンはオレに生きる喜びを教えてくれた。
明日が、朝が来ることの嬉しさを与えてくれた」
『お前は熱を持たない闇人形だ』ともイルミは言った。
そうだったのかもしれない、ゴンに出逢うまでは――――キルアは、12年の歳月をぼんやりと思う。
「オレは、ゴンに出逢って初めて、本当の意味で"生まれた"んだと思う。
オレが今、こうしてオレで居られるのは、ゴンが居るからなんだよ・・・」
心の底から楽しいと思える瞬間。
嬉しさが溢れて心からの笑顔を浮かべられる空間。
それをキルアに与えてくれたのは『ゴン』という唯一無二の存在だった。
だからこそ、唯々大切な存在なのだとキルアは想う。
キルアは、静かにツバキの瞳を見つめて告げた。
「ゴンが・・・親友が、攫われたんだ。オレにとって、誰より、何より大切な存在だから・・・オレは、何よりも最優先でゴンを助けに行かなきゃいけない」
そして、ほんの少しだけ悲しそうにキルアは微笑む。
「オレに、色々期待してくれるのは嬉しいよ、ありがと。でも、ごめんな。そういう訳だから、オレはアンタの期待には応えられないんだ」
その微笑と言葉に、ツバキは一瞬息を呑み、やがてスルスルとキルアに絡めていた髪を解いていった。
全ての髪を解き、元の髪の長さに戻したところで、ツバキは堰を切ったように声を上げて号泣し出した。
どんなに駄々をこねても、手を伸ばしても、『憧れ』を手に入れることは絶対にできないのだと察してしまった、悲痛な泣き声。
キルアは、その声を聞きながら、とても遣る瀬無い思いを抱いて部屋を後にした。
こんな想いを、心の痛みを自分が感じられるようになったのも、全部ゴンの所為だ――――耳の奥に残る痛々しい声と、胸の奥に疼く鈍い痛みを抱きながら、キルアは奥歯を噛み締めてゆっくりと階段を降りていった。
その日の夕方、例の如くゴンの携帯から掛かってきた電話に出ると、キルアの耳元には「やあ、僕だよ♥」という腹立たしい声が届いた。
「あ? 何、勝手に人の携帯使ってんだ」
ツバキとの一件のゴタゴタからくる精神的疲労と、それだけ疲れたくせに何の情報も得られなかった徒労感がキルアを最高潮に苛立たせていた。苛立ちを隠さず言い放つキルアに「ご機嫌斜めだね♣」と機嫌良く返すヒソカ。
「その様子だと、ひょっとしてフィアンセに会えたのかな?」
ヒソカのその言葉に対し、キルアは反射的に「やっぱりてめぇの差し金か!」と詰め寄った。しかしヒソカは「さぁ、どうだろうね?」と嘲笑うようにはぐらかす。
どうせ何も答える気はあるまいと、ヒソカから有益な情報を引き出すことを既に諦めているキルアは、苛立ちを収めるようにひとつ深く息を吐いてから、「ゴンは無事か?」と静かに問うた。
「勿論♦ 僕が大切に守っているからね♥」
「・・・一番危険なヤツが野放しになってる状況で、一体何から守るって言うんだよ」
押し殺した声で言い返すキルアに、ヒソカは「ああそうか、言い忘れていたけど」と付け足した。
「今、ゴンは念を使えない状態なんだよ♠」
「・・・!? なんだって!?」
念を使えない状態でヒソカと二人きり。それがどんなに危険な状況であるか、ヒソカの危険性を熟知するキルアは再び激しい不安に駆られる。
「だから、ゴンが変な輩に襲われたりしたら大変だろう? そうさせない為にも、僕がつきっきりで守ってあげているから、安心していいよ♥」
「てめーの存在が一番心配なんだよ!」
出来の悪い漫才のように、食い気味でツッコミを入れるキルア。そんなキルアの反応が気に入ったようで、ヒソカは電話口でクスクスと笑い出す。当然、キルアは再び苛立ちを募らせた。
「ゴンは!? 無事なんだろ、話させろよ!」
本来、こんなに高圧的な態度に出て良い立場ではないはずのキルアだが、ヒソカの言動に対するイライラが自然とそうさせるのだ。しかしヒソカは、むしろそんなキルアの様子を楽しんでいる調子で「わかった、ちょっと待って♦」と快く応じる。
少しの沈黙。
電話の向こう、ヒソカがゴンに話しかけているのが聞こえた。
「ゴン、キルアが君と話がしたいって♣」
「わああぁぁ! ヒソカ、何いきなり入ってきてんの!?」
二人のやり取りがやたらと反響して聞こえてきたこと、声の向こうに水音が聞こえたことから、キルアは怒りと共に状況を理解した。
「もしもし、キルア?」
邪気の無いゴンの声。そう、そうだ、別にゴンが悪い訳じゃない、と腹の底から溢れ出る怒りを必死に押さえながら、震える声でキルアは問い掛けた。
「ゴン・・・お前、今、風呂か?」
「うん、そうだよー。ヒソカが突然入ってくるからびっくりしたけど、って言うかヒソカ、何勝手にオレの携帯使ってんだよ!」
キルアとの電話中にもかかわらず、おそらく目の前に居るのであろうヒソカに対して抗議するゴン。その口調や空気感が、今までよりもどことなく遠慮のないものになっており、この3日間で確実に二人の距離が近づいていることを察して、キルアはこの上もなく不機嫌な気持に陥る。
そんな気持に追い討ちをかけるように「ゴン、背中流してあげようか?」「いいよ、いらないよ! いいから早く出てってよ!」「つれないこと言うなよ♠ 折角だし、ついでに僕もいっしょに入ろうかな♥」などという陳腐な新婚夫婦のような会話が聞こえてきて、ついにキルアの堪忍袋の緒が切れた。
「うがーーー!! お前ら、いい加減にしろぉぉぉ!!」
受話器越しのヒソカにも届くよう、ありったけの力で叫んだキルア。「うわっ」と驚くゴンの声が聞こえたが、キルアは構わず捲し立てた。
「いいか! あと4日以内にお前のこと見つけて、絶対ぶん殴ってやるからな、ヒソカ! で、ゴン! ついでにお前もぶん殴る!」
ついに怒りの矛先がゴンにまで向いてしまったキルア。「なんでオレまで!?」と嘆くゴンの声が聞こえたが、当然答えることなくキルアはそこで不愉快な電話を切った。
ふーー、と鼻息荒く、衝動的に切ってしまった電話を見つめるキルア。切ってしまってから、ヒソカから彼らの居場所についてのヒントを何も聞かなかったことに気付いた。
(やべ・・・今日はホントに疲れただけで、何も前進してないってことか・・・)
改めて、落ち込んでしまうキルア。どちらかというと精神的に激しく疲労している為、今日はもう宿を取って休んでしまうか、と決めて、キルアは近くの街へと移動しようとした。
次の瞬間に、ふと、得体の知れない不安感のようなものがキルアの胸の内から湧き起こった。
その不安の正体が何なのか、自分の胸の内を探り、キルアはハッと気付いた。
ゴンは、念を使えない状態にある。
その事実。
一過性的なものなのか、ちゃんと元通り念を使えるようになるのか、など気になることはいくつかあるが、その事実からは根本的な疑問が生じるのだ。
ゴンの念を封じた人物は、一体誰なのか。
念能力を封じるなど、そんな荒唐無稽な業、少なくともヒソカの能力ではないはずだ。
だとすれば、浮かび上がるのは『協力者』の存在。ゴンを攫ったのは、ヒソカの単独犯ではなく別の誰かの協力があった上での共犯だとしたら――――
キルアは、突然何かに気付いて、全速力で駆け出した。
向かう先は、昼間に訪れた『ラプンツェルの塔』。今度は、階段を昇るのももどかしく、キルアはオーラを足に集中させて大地を蹴り飛ばし、高い塔の頂上にある唯一の窓に手を掛けた。
中を覗くと、幸いにもまだ目的の人物――――ツバキは其処に居た。
突然舞い戻ってきた王子様の存在にツバキは泣き腫らした瞳を見開いて驚き振り返ったが、キルアはそれを気にする余裕もなくツバキに問い掛けた。
「ゴメン、ちょっと教えて欲しいんだけどさ! アンタにこの塔で待ってるように指示したヤツって、ひょっとして――――・・・!」