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昔々あるところに夫婦が暮らしていました。
長年子供がいない2人でしたが、ある時やっと子供を授ることができました。
妊娠した妻は、しばらくすると、隣に住む魔女の庭に生っていたラプンツェル(チシャの実)を食べたくてたまらなくなってしまいます。
食が細ってやつれていく妻に「ラプンツェルを食べられなければ死んでしまいます」と懇願された夫は、妻と生まれる子のために魔女の敷地に忍び込むとラプンツェルを摘み取りに罹りましたが、魔女に見つかってしまいます。
しかし夫から事情を聞いた魔女は、好きなだけラプンツェルを摘んでもいいけれど、子供が生まれたら自分に渡せと言いました。
やがて妻が生んだ女の子は、即座に魔女に連れて行かれてしまいました。
ラプンツェルと名付けられた娘は、森の中に築かれた入り口のない高い塔に閉じ込められ、魔女に育てられたのでした――――・・・
眼前に聳え立つ『ラプンツェルの塔』にまつわるおとぎ話。
誰もが耳にしたことのある有名な童話の舞台が実在しているなど、キルアは今まで知る由もなかった。
ほぼ丸二日間、手掛かりもほとんどないまま手当たり次第に訪れ続けて、14番目に辿り着いた『塔』であった。
二日目である昨日のキルアによるゴン探索活動は、残念ながら徒労に終わっていた。
電話口で途切れたゴンの答えから推察するに、大きく時差がある場所に居るとも思えなかった為、まずは近場からと考え、該当しそうな『塔』をリストアップしたキルアだったが、思っていた以上に『塔』と名のつく建造物が検出されてしまい頭を抱えていた。いかにも観光地らしい場所は除き、現在滞在している大陸内にある『塔』を数えてみてもザッと50以上はあると見えた。
(検索して出てくるだけでこんなにあんのかよ・・・ネットに載ってない場所だってあるだろうし・・・)
セオリー通りに考えれば『隠れ場所』なのだから、簡単に所在地が割れるような場所をわざわざ選ぶとは考えにくい。しかし、これはあくまで『ゲーム』であり、しかも相手はあのヒソカである。木を隠すなら森へ、ではないが、ヒソカであれば毎日観光客が訪れるような歴史的建造物を逆に選ぶこともあり得るかもしれない。
(観光地や街の中心地まで入れると相当な数になっちまうぞ・・・一週間で全部周り切るなんて不可能な数・・・)
それでもじっとしているよりはマシと、しらみつぶしに近場からひとつひとつ『塔』を訪れ様子を伺ってはみたが、全て内部はがらんどうで、念による細工が施された様子もないものばかりだった。
少なすぎる情報量と人手不足に頭を悩ませるキルア。ゴンの命までは取られはしないだろうと高を括っているが、それはそれで何をされるかわかったものではない。何よりキルア自身、ゴンのことについてヒソカに出し抜かれたということが非常に屈辱だった。
それらの気持が、キルアを焦らせる。
(くそぉ、ヒソカのヤツ・・・何処にいるんだよっ・・・!)
キルアには、クラピカ以外にもう一人、ヒソカの居場所を知っていそうな人物の心当たりがあった。
実の兄、イルミである。
本来であれば兄に連絡を取るなど絶対に避けたい手段ではあるが、ゴンの身を案じる不安とヒソカへの対抗意識が、そのあり得ない手段を採る後押しをした。
「やあ、キルア」
電話に出たイルミの異様に嬉しそうに弾んだ声に、キルアは思わずウッと引いてしまいその場で電話を切りたくなる。
「・・・兄貴、ヒソカの居場所って知ってる?」
余計な会話をしないよう、目的だけを果たして極力短く電話を済ませたいキルアは、押し殺した声で問い掛けた。
「ヒソカ? 知ってる訳ないだろ。お前とゴンと違って、オレたちは別にいつも一緒にいる訳じゃないし」
そんなことより、と別の話を切り出しそうなイルミの声を遮って「あー、わかったよ、もういいから!」と叫んで強制的に会話を終了させるキルア。「たまには実家に帰ってこいよ〜」というイルミの間延びした声が受話口から聞こえる中、キルアはプツンと電話を切った。
電話を終えて(否、無理矢理終わらせて)、はぁ〜〜と大きく息を吐くキルア。たかが実の兄との会話のはずなのに、どっと疲れてしまうのは苦手意識ゆえか。キルアはその場に項垂れて脱力してしまった。
その直後、手にしたままだった携帯が震えた瞬間に、イルミが掛け直してきたのかと咄嗟に判断してしまい、キルアは思わず身構えた。
しかし、ディスプレイ画面には全く別の名前。キルアが、この世で最も安心できる相手だった。
「・・・もしもし」
気疲れからか、少し低い声で電話に出たキルアに「もしもし、キルア、元気ないの? 大丈夫?」と心配そうに尋ねたのはゴンだった。前日ヒソカが言っていた一日1回の電話のようだ。
「大丈夫だよ、ってか人の心配してる場合かよ。お前の方は大丈夫なのか? ヒソカに変なコトされてないか?」
売り言葉に買い言葉、軽い気持で発した言葉だったが、これがどうもいけなかったようだ。
「へ、変なコトって何!? べ、別に何もされてないよっ!?」
上ずる声で焦って答えるゴン。悲しいことに、ゴンは嘘を吐くのが本当に下手なのだ。
「あ、そう・・・ふぅん・・・」
平静を装う声とは裏腹に、腸煮えくり返る思いのキルア。携帯電話を壊さんばかりにギリと握り締めて「ヒソカ居るんだろ? 代わってよ」とゴンとの会話もそこそこにヒソカを電話口に呼ぶ。
「もしもし♣」
「てめぇぇ! ゴンに何したんだ、この変態野郎!!」
怒りに任せて怒鳴るキルア。おそらく、電話越しにゴンにも届いているだろうが、流石にそこまでは気が回らない。
「ん? 何もされてないってゴンが言っているだろ? 僕は何もしていないよ♦」
憎たらしい笑みを浮かべているのがわかるような白々しい口調に、キルアは更に苛立ちを募らせる。
「いいからとっととお前が居る場所教えろよ! ぶん殴りに行くから!」
怒鳴りつけるキルアに「おや怖い♠」とおどけるヒソカ。
「安心しなよ、キルア。お察しの通り、僕らはそう遠くに居る訳じゃない♣ 少なくとも、同じ大陸内には居るよ♦」
これが二つ目のヒントになる訳か、とヒソカの言葉を聞きながらキルアは考えを巡らせる。元々見当はつけていたが、とりあえず世界中を探索範囲に広げずに済む事実には安心した。
「じゃあ引き続き、がんばって探してね♥」
この電話での会話が昨日のことである。
それ以降も「電光石火」を用いて高速移動を行いながら、電脳ネットで検出された『塔』をしらみつぶしに訪れ続けたキルアだった。
そして三日目の今日――――キルアは通称『ラプンツェルの塔』のふもとに佇み、最上階を見上げていた。
おとぎ話の舞台ということもあり、観光地化されていても良さそうなものだったが、あいにくこの塔は魔獣の棲む森の真ん中にあり、余程の使い手でない限り無事に辿り着ける場所ではなかった。
おとぎ話同様、その塔は不思議なつくりの建物だった。確かに入り口はなく、最上階と思しき場所に窓がひとつだけ。
話の中では、塔に住む少女ラプンツェルに長い髪を垂らしてもらって、それをつたって窓から入る手順であったが、果たして現実はどうしたものか。
おそらく、今のキルアであれば足にオーラを集中させジャンプすればある程度の高さまでは届くため、途中、同じ要領で塔の壁面を足場に蹴っていけば窓に辿り着くことはできるだろう。
だが、ふと何かの勘が働いたのか、キルアは本当に入り口がないのかと塔の壁面を一周して確かめてみることにした。右手を壁面に当てながら、ぐるっと一周歩いてみる。
半ばまで来たところで、不意にキルアは手に違和感を覚えた。冷たい石壁だったはずが、突然布のようなものに触れたのだ。驚いて壁面を見つめるが、見た目には他と全く変わりのない石壁である。しかし、確かに右手に感じる布の感触。
キルアは思い切って、布らしきものをグッと掴んで引っ張ってみた。すると壁面の一角からピリピリと岩壁(に見える布?)が剥がれ落ち、その下から現れたのはなんと木製の扉だった。キルアの手の中にある岩壁柄の布は一瞬オーラが立ち上り、すぐに真っ白のシーツのようなものに変わってしまった。
(これ、まさか・・・ヒソカの能力か?)
目の前の現象に驚きながらも、キルアは冷静に分析する。キルアはヒソカの能力といえば『バンジーガム』しか見たことがなかったが、他人の目を欺くこの能力はいかにもヒソカらしいものだと察した。
ヒソカの念によって隠された扉。
美しい少女が閉じ込められていたおとぎ話に由来する『塔』。
(三日目にして、これってビンゴなんじゃないか?)
心の中でよっしゃ、とガッツポーズをしながら、キルアは慎重に現れた扉を開けた。
中は吹き抜けになっており、壁沿いに螺旋状の階段が続いていた。当然、中に灯りなどあるはずもなく、キルアは入り口の扉を開け放したまま、慎重に一段ずつ踏み締めるように階段を昇っていった。
先程の入り口の件があったため、キルアは再度右手を壁面に当てながら注意深く、何かのヒントを見落とすことのないように昇っていく。
しかし、ラッキーに二度目はないのか、もしくはそもそも仕掛けなど存在しなかったのか、特に何事もなくすんなりと最上階に辿り着いた。
吹き抜けになっている塔の内部に、まるで浮いているように現れる最上階の部屋。その扉の前に立ち、キルアはゴクリと唾を呑んでノブに手を掛けた。
最上級の警戒を敷いて、キルアはドアノブを回しそっと扉を開いた。
――――瞬間。
襲い掛かってきた攻撃。鋭利な刃物のようなものがドアの僅かな隙間から飛んできてキルアの頬を掠めた。キルアは躊躇わず、ドアを全開にして身体を部屋の内部へ滑り込ませ、攻撃が飛んで来た方向へ迷わず一気に突き進んだ。
(絶対にぶん殴る・・・!)
意識をその一点に集中させ、拳を握り締めて標的へと殴りかかる。
が、しかし。
キルアは寸での所で踏み止まり、相手の鼻先寸前で拳を止めた。
襲い掛かってきた相手をヒソカだと完全に思い込んでいたキルアは、目の前に居たのが黒髪の小柄な少女だったことに驚き、混乱を覚えた。
(・・・!? 誰だ、コイツ・・・?)
想定外の展開に驚くキルアの側頭部に突然、衝撃が走った。バシン!と激しく殴られたような痛みと共に、キルアの身体は吹っ飛び岩壁へと叩きつけられた。
岩壁との接触の衝撃は『堅』により防いだが、頭部への一撃は突然のことだった為、防御が間に合わず、キルアのこめかみからは血が流れていた。
相手との間合いを取りながら、キルアはようやく落ち着いて部屋の様子や敵の風貌を観察する余裕を持った。
部屋はとても殺風景な空間で、テーブルと椅子二脚があるだけだった。キルアは、ひょっとして自分は、此処に居住している誰かの部屋に無断で入り込んでしまっただけなのかと一瞬不安に思ったのだが、この部屋はとても人が生活しているようには見えない。
そして、キルアに攻撃を仕掛けてきた少女は――――東洋の着物を着た色の白い少女だった。特徴的なのはその長い黒髪で・・・うねうねと、生き物のように束になって動いていた。この髪の毛が二度に渡ってキルアを攻撃してきた武器なのだと、キルアは理解する。
少女の長い長い髪からキルアは反射的にこの塔にまつわるおとぎ話を思い出したが、艶やかな黒髪は漠然と思い描いていた少女『ラプンツェル』とはかなりかけ離れた印象だった。
少女は、まるで親の敵でも見るかのような憎しみの形相で、キルアを睨みつけていた。
「・・・アンタ、何者だ?」
ヒソカの念によって扉を隠された塔の最上階に居た少女。『塔』というヒントを出してきたのもヒソカ当人であり、この『ゲーム』に全く無関係とは思えない。そう判断した上での、キルアの質問だった。
すると少女は、その質問に更に激昂したように目つきを鋭くし、動く髪の毛の先を鋭く尖らせてキルアめがけて突き立てる。無論、その攻撃は素早くかわしたキルアだが、キルアが元居た場所の石造りの床は轟音と共に深く抉れていた。
「・・・許さない・・・」
少女は、か細い声で微かにそう呟いた。
やはり、自分の過去の暗殺家業によって肉親か何かを殺された遺族だろうかとキルアは漠然と思う。しかし、キルアの予想はまたしても外れてしまう。
「キルア様、許さないわ・・・! わたくしのことなんて、ちっとも覚えていらっしゃらないのね!」
「・・・!?」
『キルア様』と呼んだ少女。口ぶりからすれば知り合いのようだが、キルアには全く心当たりがない。少女の攻撃をかわしながら、キルアは必死に記憶の糸を辿るが、やはり少女が誰であるのか全く思い出すことができない。
身に覚えもないのに不当に恨まれて攻撃されているのではたまったものではない、とキルアは両手を上にあげながら少女に叫んだ。
「待った、待った! 落ち着いてよ、ちゃんと話そうぜ! 覚えていないのは悪かったけどさぁ、なんでアンタがそんなに怒ってんのか、理由を聞かせてよ!」
その声が届いたのか、少女の攻撃の手が一瞬止み、やがて髪はスルスルと一般的な長さに戻っていった。
少女はまだ、大きな瞳でキルアを睨みつけていたが、やがて堪えきれなくなったかのように大粒の涙をポロポロと零し始めた。キルアを見つめる瞳の力の強さは変わらぬまま、涙だけが落ちていく。その様子を、キルアは少し怯んだ様子で見つめていた。
「わたくしは、ツバキ・・・」
震える声で微かに呟く、ツバキと名乗った少女。気持を落ち着けるように、ツバキはキルアを睨んでいた瞳を一度閉じ、もう一度開いてから告げた。
「幼い頃、一度お会いしただけですが・・・キルア様、わたくしは貴方の婚約者です」
「・・・!?」
そんな話は初耳だ、と驚くキルア。
突然、目の前に現れたキルアの自称婚約者の存在に、キルアはただただ目を丸くして驚き、絶句してしまっていた。