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むぅぅ〜〜とむくれているゴン。不満たっぷりに、電話を切ったばかりのヒソカを睨んでいる。
「なんで電話取り上げるんだよ!? オレがキルアと喋ってたのに!」
キルアとの電話中、突然ゴンの手の中から電話が離れ、ヒソカの手に吸い込まれていった。間違いなくヒソカのバンジーガムによるものだが、念を封じられたゴンは『凝』でオーラを見ることもできない。
「今日の電話の目的は、とにかくキミが無事であることをキルアに伝えることだからだよ♦ それが伝われば十分だ♣ 彼、キミの元気な声を聞いて喜んでいただろう? ひょっとして、泣いていなかったかい?」
ゴンの携帯電話をお手玉のように手の上で跳ねさせているヒソカ。重力に逆らう不思議な動きは、やはりヒソカの念能力によるものだ。ヒソカの手の中で自在に操られている昆虫型電話の動きが、まるでヒソカの気紛れにいいように弄ばれているゴンとキルアのようで、ゴンは益々不機嫌になる。
「・・・もう良いよ、知らない」
プイッと横を向いて、ゴンはヒソカから離れ石造りの壁に向かって立ち、床に右手を付いてその場で逆立ちをした。壁に背を向ける格好で世界を、ヒソカの姿を逆向きに捉えながら、右手を屈伸させ片手での腕立てを始めるゴン。念を使えない所為で『練』もできないことから、仕方なく筋トレに励んでいるという訳だ。
(キルアと一緒ならどこに居たって、何をしたって楽しいのに・・・一人でトレーニングしても、ちょっと物足りないよ)
しょんぼりと、寂しく思うゴン。厳密には、現状は一人ではなくヒソカが居る訳だが、今までヒソカと共に過ごす時間と言えば戦闘時や緊張を保った状態の場合がほとんどだった為、正直ゴンはヒソカに対してどんな態度を取れば良いのかがよくわからない。
(・・・ヒソカって、強いヤツと闘うコト以外に興味がないように見えるけど、実際どうなんだろ?)
よく知っているようで、実は何も知らない目の前の奇妙な男の逆さ姿を、ゴンは神妙な面持ちで眺める。ヒソカは飽きたようにゴンの携帯電話をテーブルに置き、キルアに電話をする直前まで読んでいたと思しき雑誌か何かの続きを眺めている様子だった。
(キルアにも「ただ楽しみたいだけ」って言ってたけど、それってきっと本心なんだろうな。オレにもそういう部分があるのは否定できないし)
目の前にある状況を全力で楽しめ。その精神はおそらく父親譲りなのだろうとゴンは思う。そして、何を『楽しい』と思うか、その対象は違えど、ヒソカもまた同じ種類の精神の持ち主なのだとゴンは漠然と思った。
(だから多分、嫌いになれないんだろうな、ヒソカのこと)
何考えてんのかよくわかんないから、ちょっと怖いけど。と、ゴンはヒソカに対する自身の感情をそう分析した。
窓の向こう側の世界にすっかり夜の帳が下りた頃、ヒソカは立ち上がり「シャワー浴びてくるよ♣」とゴンに告げて、部屋にひとつしかないドアの向こうへと姿を消した。
しばらくして、バスローブ姿で髪をタオルで拭きながら出てきたヒソカは当然ノーメイクで、見慣れないその姿をゴンはじっと見つめてしまう。
「どうした、ゴン? 僕の顔に何かついてる?」
視線に気づいたヒソカが薄く笑んで問う。ゴンはふるふると首を横に振る。
「ううん、何も付いてないから逆に変な感じ」
素直にそう答えると、ヒソカはまた楽しそうに笑った。グリードアイランド内で初めてヒソカのすっぴんを見たゴンだったが、はっきり言って声を聞くまで誰だか全くわからなかった。それほどまでに、ゴンにとってヒソカの普段の姿と素顔はかけ離れた印象だった。
「さ、君もシャワー浴びてきたら? 着替えもちゃんと用意してあるから♦」
ヒソカに促され、ゴンは頷いて大人しくバスルームへと向かった。
服を脱ぎ、シャワーを浴びながらゴンは非常に不思議な気持になる。
(本当にホテルみたいな部屋だな・・・お風呂もついてて、家具とかベッドとかもちゃんとあって・・・出口がない以外は普通の部屋だよね)
先程のキルアとの電話での会話では、此処は「或る塔の最上階」だとヒソカは言っていたが、それは果たして本当なのだろうかとゴンは疑問に思う。
部屋の形は楕円形で、嵌め殺しの曇りガラスの窓の向こうには障害物らしきものは見えず、おそらく空しか広がっていないことから、確かに「塔の最上階」と言われればその通りなのだが、「塔」という言葉がイメージさせる寂びれた印象とは中々結びつかない奢侈な雰囲気の部屋である。
出口がない、ということについてもゴンが気づいていないだけで、彼らが居るこの部屋は実際にはきちんと出入り口のある、至って一般的な空間であった。ただ、部屋の出口の扉に関しては当然ながら、ヒソカの「ドッキリテクスチャー」による細工が施されている。
いまいち釈然としないものを感じながら風呂から上がったゴンは、脱衣所に用意されていた着替えを手に取った。ゴンにはほんの少しだけ大きめに感じるサイズだ。Tシャツとパーカーと、コットンのハーフパンツ。
そのひとつを手にした時、ゴンは突然何かに気づき、まるで絡んだ糸がスルスルとほぐれるように、今までの疑問や違和感が全て解消されていくのを感じた。
ゴンがバスルームから出てくると、ソファーセットのローテーブルの上に簡単な食事が用意されていた。目を丸くして「これ、どうしたの?」とゴンが尋ねると、ヒソカはいつもの調子で「奇術師に不可能はないよ♣」と質問をはぐらかす。
釈然としない表情を浮かべながらも、ゴンは用意された食事に素直に手をつけた。一週間後、万一キルアが此処を見つけることができず、自身の力で脱出せねばならない場合に空腹で動けないのでは意味がない。
ヒソカは既に食事は済ませたのか、ウイスキーか何か琥珀色の液体が入ったグラスを傾けながらソファーに腰掛け脚を組み、ゴンがもぐもぐと口を動かす姿を興味深そうに眺めている。
「・・・君って本当に、何をしていても可愛いねぇ♥」
唐突にウットリと呟かれたヒソカの言葉に、ゴンは思わず吹き出しそうになり、かろうじて堪えた結果食べ物を胸に詰まらせ、苦しみながら胸をドンドンと拳で叩く。「ゲホッ、ゴホッ!」と苦しそうに咳き込み、落ち着いたところでグラスの水を一気に飲み干した。
ハァ〜〜、とひとつ、深い溜息。
「・・・変なこと、言わないでよ。人が食べてる時に・・・」
ジト目でヒソカを睨みつけるゴン。ヒソカは満面の笑みで「本当のコトを言っただけさ♣」と返す。ゴンはもうひとつ溜息を吐き、何も言えないままそそくさと残りの食事を片付けた。
「そろそろ寝るかい? ゴン♦」
食事の後、特にすることもない為、ソファーの上で膝を抱えた格好でぼんやりとテレビを眺めていたゴンにヒソカが声を掛けた。聞かれたゴンは特に眠い訳ではなかったが、とにかく妙な一日だった為か精神的な疲労を感じていた。
「うん・・・そうしようかな・・・」
言いながら、ゴンは立ち上がって自身の着ていた上着を掛けていたハンガーから手に取った。部屋にベッドはひとつしかなく、サイズ的な面からもソファーで寝るのは自分だと当然に思っていたゴンは、毛布代わりにしようと上着を手にしたのである。
そんなゴンの意図を察したのか否か、ヒソカは不思議そうに問い掛ける。
「・・・何しているんだい、ゴン♣ こっちでいっしょに寝ようよ♥」
「・・・!!」
ベッドサイドに佇むヒソカを振り返り、絶句するゴン。今までのヒソカの言動から、そういうことを言い出してもおかしくはない流れだとなんとなく予感していたが、改めて言われると言葉を失うゴンである。
「イ・ヤ・ダ! 絶対!」
イーーッと歯を剥いてゴンは拒絶の表情を見せつける。するとヒソカは薄笑みを浮かべたまま軽く溜息を吐き、「残念♠」と肩をすくめて呟くと、シーツをめくってベッドに横になった。
ヒソカが意外とあっさり引いてくれたことにゴンは逆に拍子抜けしてしまい、ホッと安堵の息を吐いた。
――――次の瞬間。
突然、ゴンは右の肩を物凄い力で引っ張られ、宙を舞うようにして辿り着いた先は、悲しいかなヒソカの腕の中だった。
「・・・なんてね♥」
憎たらしい笑みを浮かべて、間近でゴンの顔を見つめるヒソカ。ゴンは、悔しさいっぱいにヒソカを睨みつける。
(くそぉ・・・そうだ、バンジーガムがあるんだ)
念を使えないおかげで警戒のしようもないヒソカの能力。先程、キルアとの電話中にあっさり電話機を奪われた反省を活かせる筈もなく、今度はゴン自身の身体を引き寄せられてしまったこの体たらく。ヒソカの良いようにされていることを阻む手立てもない状況に、ゴンは益々悔しさを募らせて奥歯を噛んだ。
「・・・良い表情だね、ゴン♥ 悔しいかい?」
『良い表情』を確かめるように、ヒソカは大きな掌でゴンの頬を撫でる。ゴンはムキになってパシッとその手を払った。
「ククッ、そう邪険にするなよ、ゴン♣ まだ、夜は長いんだし・・・」
払われた手で自身の頭を支え、身体を横に傾けてヒソカはゴンの顔を眺めた。ゴンは無駄な努力とは知りながらも、いつでも逃げられるようにと、既に起き上がってベッドに膝をついて座っている状態になっていた。
「夜伽話でも、してあげようか♦」
ヒソカから距離を取ろうとするゴンに対して「此処に関するヒントになるかもしれないよ♠」と声を掛け、ゴンの興味を引こうとするヒソカ。その狙いはすんなり的中したようで、ゴンは怪訝な顔をしながらもヒソカの話の続きを伺うような素振りを見せた。
ヒソカは満足そうに微笑み、いつもの調子で得意げに続けた。
「君は知っているかい? 『ラプンツェルの塔』のこと♣」