キルアとの電話を終え、釈然としない様子で部屋を出たゴン。それを見て、クロロは笑いかけて問う。
「どうだった? お友達は、なんて言ってた?」
 既に答えを知りながら問い掛けているようなクロロの態度に、ゴンは再びムッとする。
「今すぐ帰って来い、って怒られたよ!」
 我が儘を許してもらえない子供のようなゴンの態度に、クロロは「ハハッ、そりゃそうだろう」と愉快そうに笑う。
「俺が、お前の仲間の立場だとしても、同じ事を言うよ。俺みたいな危ないヤツとは関わるな、とね」
「・・・自分で言うんだ?」
「自覚はあるさ。お前に危害を加える気があるかどうかは別にして、な」
 愉しそうに笑みながら、「で、どうする?」とクロロは再びゴンに問い掛ける。
「早く帰って来いと叱られて、ハイわかりましたと素直に帰るつもりもないんだろう? 俺をこんなに近くで見張れるチャンスなんて、もう二度と来ないぞ?」
 柔らかく張り巡らせた蜘蛛の糸の中心に佇む主のように、クロロは悠然と構える。


 クロロは、ゴンがノーと言わないことを知っている。普段はキルアがブレーキ役になっているが、今はひとり。慎重を期すキルアと違い、ゴンはスリルと冒険を好む。危ない、とわかっていればいるほど、試してみたくなる。そんなタイプだ。
 しかし、ゴンはなおも逡巡している様子で、難しい顔をして悩んでいる。それを見たクロロは、呆れたように自嘲気味の笑みを浮かべて、そっと溜息を吐いた。


「・・・そんなに、俺のことが嫌いか?」


 大好物のはずのスリルに悪者退治までサービスしてつけてやったのに、それでも尚迷うということは、それだけクロロという存在がゴンにとってはネックになっている証拠だ。
 苦笑して問い掛けるクロロに、ゴンはキッと眼光鋭く「当たり前だろ!」と語気を強めて言い放つ。


「無関係の人間を、自分勝手な理由で殺せるヤツなんか、信用できるもんか!」
 ヨークシンで見せた挑むような眼差しで、再びゴンはクロロを睨みつける。
 そんな強い視線も、可愛いものだと言わんばかりにクロロは鼻で笑って跳ね除ける。
「無関係の人間を殺すことがそんなに許せないのか? ・・・だったら、お前のお友達はどうなんだ?」
 嘲笑うように言われて、思わずゴンはカッとなる。
「キルアは操られていただけだ! それにもう、そんな非道いことは二度としない!」
 言い訳めいたゴンの言い分に、クロロは尚も嘲笑を崩さない。


「そうか・・・それなら、ヒソカはどうなんだ?」
 突然出された名前に、ゴンは不意打ちを食らったように一瞬キョトンとしてしまう。
「・・・ヒソカ?」
 言われて思い出す、ヒソカの禍々しいオーラ。しかし、悔しい思いをさせられたことはあっても、不思議とゴンはヒソカを憎いと思ったことはない。
 ヒソカと対峙する度ゴンが感じるのは、腹の底からゾクリと湧き起こる、何とも言えぬ感覚。その感覚は、決してゴンは嫌いではない。


「アイツは、俺たち以上に無関係の人間を殺しているぞ?」
 教え諭すように、得意げに言い含めるクロロ。ゴンは、表情を動かさない。
「俺たちは盗み目的で、邪魔な連中を殺す。だがアイツは殺す為に殺す、ある種の快楽殺人者だ。
 なのに何故、お前はアイツを許せる? 無関係の人間を殺すことが許せないなら、むしろお前にとってはヒソカこそ憎むべき存在だと思うがな」
 余裕の笑みを浮かべるクロロは、ゴンに尋ねながらもその答えを知っている風に語りかける。逆に、問われたゴン自身は考えたこともない事柄に、言葉を詰まらせる。


「別に・・・許すとか、許さないとか、そんな風に考えたことない。だけど、ヒソカは・・・」


 許せるか、許せないか。善か、悪か。好きか、嫌いか。
 ゴンにとって、ヒソカはそんな次元の存在ではないのだ。


 初めて対峙した時に感じた、この上もない恐怖と、ワクワクするような興奮。あの時感じた感覚が、ゴンにとってヒソカのすべてだ。そこに、人殺しだから許せない、などという一般的な倫理観が入り込む余地はない。


「お前が強くなる為に、成長する為に、必要な存在だからお前はアイツの罪も許せる。違うか?」
 言い淀むゴンに代わり、クロロが答えを言い放つ。
 クロロの言に、そうかもしれない、とゴンは内心思う。
 しかし。


「・・・許すとか、そんなんじゃない。別にオレは、ヒソカを許してなんかいない」
 弱々しく、俯いて呟くゴンに、クロロは「ふむ」と納得したように腕を組む。
「そうだな。頓着しない、と言うのが正しいのかもしれないな。お前にとって必要な存在だからこそ、アイツの罪も嗜好も性癖も、お前は気にしない」
 クロロの言葉によって、自分の中で曖昧だった何かを明確に暴かれたような感覚に陥って、ゴンはなんとなく居心地の悪さを感じる。


 ゴンは、今でも心の何処かで思っている。ヒソカに、天空闘技場で借りを返しただけでは足りないと。いつの日か必ず、彼に追いついてみせると。其処に辿り着くことが、自分のひとつの目標であり、成長の証なのだと。
 そんな無意識下の思考をクロロに覗かれたような気分に陥ったゴンは、眉をひそめて俯く。
 クロロは、更に見透かすように続ける。


「お前が、ヒソカは許せて俺のことは許せない、その理由も教えてやろうか?
 簡単なことだ。アイツが殺してきたのはお前にとって無関係な人間で、俺たちが殺したのはお前が関係する人間・・・お前の仲間の、大切な人間だからだ」
 言い切ると、クロロはすっと手を差し伸べ、顎を軽く掴んでゴンの顔を上げさせる。


「俺たちとヒソカの過去の行いに、大差はない。それでも俺を許すことはできないのに、ヒソカの罪は許せると言うなら、お前にとっても『無関係の人間の死』なんてものは大した問題じゃないんじゃないのか?」
「ふざけるなっ・・・! そんなコト・・・!」


 言い掛けたゴンに対し、クロロは突如、まるで漆黒のような密度の念を練り、『練』を見せる。そのオーラの濃度と質量に、ゴンはゾワッと総毛立つ。


 恐怖と、興奮。
 本能が求める、感覚。


 ゴンは、クロロの手を払うことも、クロロの言を否定することも忘れ、見惚れたように呆然とクロロの黒い眼を見つめる。


 闘ってみたい、自分の力を試してみたい、クロロの能力を知りたい、真っ暗な闇にも似た美しいほどのオーラに触れてみたい――――一瞬で、ゴンの内部に衝動が駆け巡る。


「なあ、ゴン。過去に『もしも』は存在しないが、もし、緋の眼の件がなければ、もしくは、お前が鎖野郎に出会っていなかったら、俺たちだって仲の良いお友達になれたんじゃないのか?」
 ゴンの様子を見て取って、クロロは薄笑みを浮かべて囁く。


 クロロ自身の中にも在る、闘う者としての本能。
 『蜘蛛』の団長としての立場を離れ、独りで行動する時により色濃く感じるソレを、クロロはゴンの中にも強く感じる。


「少なくとも俺は、お前のことは嫌いじゃないぜ、ゴン?」
 漆黒のオーラを纏い、クロロはゴンに告げる。その言葉に偽りはなく、駆け引きの為でもない素直な気持だった。


 一方ゴンは、ムキになって否定するかと思いきや、静かな眼でクロロをジッと見つめている。そこに、ほんの少しだけ浮かぶのは、微かな哀しい色。その色にクロロは疑問と、それとは別の不思議な感情を抱く。


 ゴンは、クロロの目を見つめたまま呟いた。


「オレが・・・お前たちを許せないって思うのは、お前たちが仲間を思う気持を持っているからだ。仲間を思う気持があるのに、誰かの大事な人を簡単に殺せることが、オレには許せないし、理解できない。それに・・・」
 ゴンは表情を変えずに続ける。クロロも、興味深そうにゴンの眼を見つめ返している。
「頭を潰しても『蜘蛛』は生き残る、お前はそう考えているのかも知れないけど・・・少なくともマチやパクノダは、そんな風に思っていなかった」


 『蜘蛛』として厳格に定められたルール。しかし、ルールの解釈に個人差があり、遵守しきれぬ曖昧さを持つ旅団のメンバーは、手足などではなく確かに『人間』だったと、ゴンは思う。


「『蜘蛛』はお前が思っているほど機械的な集団じゃない! 少なくとも他のメンバーたちは、お前を・・・団長としてだけじゃなくて、クロロとして、一人の人間として大切に思っていた! それなのに、お前はそんな連中の思いごと、切り捨てようとしていた」
「・・・お前に、何がわかる?」
 クロロの纏うオーラが更に深く闇を帯びる。ゴンの言葉の何かが気に障ったのか、クロロは一瞬、ゴンに敵意を向ける。
 しかし、それでもゴンは怯まない。
 まっすぐ、強くクロロを見つめたまま告げる。


「わからないよ。お前のことも、旅団のことも、オレはお前たちが何を考えて、何が欲しくて、人を殺して盗みを働くのかなんて、オレには全然わからない」


(だからこそ)
 ゴンは言った。


「オレ、協力するよ。エデンの撲滅。一緒にやる」
 キルアごめん、と内心で謝りながら、ゴンはクロロに短く告げる。


 突然告げられた言葉に、クロロは一瞬、驚いたように目を見開いた後、フッと笑みを見せた。
「そうか・・・助かるよ、ゴン」
 それだけ言うと、クロロは纏っていたオーラを解き、再び好青年の様相を見せる。
「今夜23時、決行予定だ。それまでは自由にしていて構わないが、一旦キルアの所へ戻るか?」
 クロロの言に、ゴンはぶるるっと首を横に振る。
「うぅん、戻らない。お前を見張る意味がなくなるし、一旦キルアのトコに戻ったら、キルアは単独行動を許してくれなさそうだもん」
 電話口でのキルアの厳しい口調を思い出しながら、ゴンは言う。


 そうか、と呟きながら、クロロは改めてゴンの姿をしげしげと眺める。
「・・・夜までまだ時間があるから、後で服でも買いに行ってやろうか?」
 どこか、笑いを堪えているようなニヤニヤ顔のクロロ。その表情にムッとしつつも、ゴンとしては非常にありがたい申し出に、パァッと顔を明るくして「うん! お願い!」と笑顔で答える。
 ゴンに対し、再び笑顔を向けるクロロ。
「オーケイ。それじゃ、買いに行ってやるからその間に風呂でも入っていたらどうだ?」
 提案され、それも良いかと思ったゴンだが、クロロと別行動を取るのでは此処に残る意味がない。
 逡巡した様子を見せるゴンに、クロロは「大丈夫だよ、ちゃんと帰ってくる。心配なら携帯番号、教えるよ」と安心させるように再び微笑みかけた。その様子からは、先ほどの差すようなオーラを纏った時の雰囲気は欠片も感じられない。
 それじゃあ、とゴンは自身の携帯電話を取り出し、クロロと番号を交換する。
(・・・なんか、変なの)
 キルアやクラピカがこの光景を見たら、一体何を言われるだろうと思いながら、ゴンはクロロの番号がきちんと自身の携帯に登録されたのを確認して、買い物に出て行くクロロを玄関で見送ったのだった。


 一人になり、ゴンは手にした携帯からキルアへメールを送る。
『ゴメンねキルア。オレ、しばらくクロロと一緒に居るから多分今日は帰れない』
 意を決したように送信ボタンを押してから、ゴンはふぅと溜息を吐いてもう一度思う。


(ごめん、キルア・・・)
 キルアの心配は痛いほどによくわかる。クロロを見張る、などゴンには荷の勝ちすぎた話だ。話を聞いた当初は、クラピカの為にクロロを見張ることが目的に思えたが、クロロのオーラを間近で見て感じ、実際に言葉を交わしてゴンが得た感触は。


(ごめんキルア、オレ、クロロのことを、もっと知りたいと思っちゃったんだ・・・)
 純粋な興味と好奇心。ゴンを突き動かす衝動。それは、ハンターとして必要不可欠なものなのかもしれない。
 クロロ=ルシルフルという未知なる男を知るチャンスをみすみす逃すことは、今のゴンにはできない相談だった。







 クロロが買い物に出ている間に、ゴンの携帯に一通のメールが入った。キルアからのメール。
 そこには、二年前の『ジョーカー』事件について、キルアが得た情報が書かれていた。14人の子供が突然姿を消し、遺体で見つかったこと。そこに、ヒソカが居たこと。ヒソカがブラウン刑事の右手を切断し、何より亡くなった14人の子供の中にブラウンの娘が含まれていたこと――――
 ゴンは、携帯を握り締めて画面を食い入るように見つめる。


(ブラウンさんの娘さんを殺したのが・・・ヒソカ)
 衝撃で痛む胸。ゴンは、複雑な思いに捉われる。まして、先ほどクロロとヒソカについて話したばかりだ。


『お前はヒソカの罪を許せるだろう?』


 クロロの言葉がゴンの頭を過ぎる。
 許せるか、許せないか。そんな問題ではないはずだ。二年前の事件にしても、今現在の事件にしても、罪も無い子供たちを次々と殺していく『ジョーカー』は許されざる殺人鬼。
 しかし。


(ヒソカが・・・そんな、意味の無いこと、するんだろうか・・・)
 何かがしっくりこない違和感が、ゴンの胸につかえる。否、ただ単に、ゴンは信じていたいだけなのかもしれないが。ヒソカは『ジョーカー』ではない、ということを。
 たとえそれが、どんなに儚い可能性だとしても。


 キルアのメールには、ゴンの行動について咎めも心配も書かれていなかった。
 ただ、最後に一言。


『必ず、帰ってこいよ!!』
 言い出したら聞かず、しかし、信頼には全力で応えるゴンの性格を熟知したキルアのメール。


『わかった、ありがとうキルア』
 ゴンはそれだけ送信し、携帯をパタンと閉じた。







 一方、街に出たクロロも、ゴンの眼差しを思い出す。
 ゴンにまっすぐに見つめられ、不覚にも、感情が揺れ動いた。
(不思議な、少年だな・・・)
 吉と出るのか、凶と出るかは曖昧ではあるが、彼と共に居れば、今まで感じたことのない思いを味わえるのかもしれない、とクロロはゴンへの興味を新たにする。
 今回、クロロがゴンに狙いを定めたのは、元々は「彼」への嫌がらせに過ぎなかったのだが。
(これは、本格的に盗りに動いても良い獲物かもしれないな)
 一瞬見せた鋭い表情は、すぐに雑踏に紛れ、クロロの姿は繁華街へと溶け込んでいった。




















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