翌朝。
 車のエンジン音、小鳥のさえずり、子供たちのはしゃぐ声――――一日の始まりを告げる生活音が耳に届き、ゴンはうっすらと目を開けた。目に映るのは、白い天井。ありふれた代物だが、見慣れない景色。


 身体を起こそうとすると、ズキンと後頭部が鈍く痛む。その痛みで、ゴンは昨夜のことを一瞬で思い出した。
(そうだ、誰かに襲われて・・・それで、オレは・・・?)


 ベッドの上に身体を起こして、ゴンは部屋を見回す。8畳ほどの部屋にはベッドの他にクローゼット、チェストや物書き机など生活に必要な家具が揃えられており、壁には風景画や写真なども飾られていた。ベッド脇に備えられたオイルヒーターが、微かな電子音と共に柔らかい温もりを放っている。窓にかけられたラベンダー色のカーテンの隙間から、朝の白い光が細く差し込んでいる。
 生活感はあまり感じられないが、誰かの部屋のような平穏な空間に、ゴンは不安の中にも僅かに安らぎを感じた。部屋全体の配色も、温かな色合いが中心の所為かもしれない。


 ベッドから降りて、ゴンは自身の服装に気づく。当然、昨夜のままの格好なのだが、改めて自分のスカート姿を確認すると、ウッと滅入ってしまう。ウィッグは外され、ベッド脇のテーブルに置かれていた。それを手に取ろうとした時に、今まで寝ていたベッドの枕の上に、氷嚢が置かれていたことに気づく。既にゴンの体温で中身は水になってしまっていたが、ゴンが食らった後頭部への打撃の痛みを緩和させようと、ここへ寝かしつけた人物が設置してくれたものなのだとゴンは察する。


(襲われて、気を失って・・・路上に寝てたオレを、誰かが拾って介抱してくれた、ってことなのかな?)
 だとしても、路上に倒れていた子供が後頭部に打撃を負っていることなど、通りすがりの人物にはわかりようもないことのような気もするが・・・と、ゴンは首を傾げながら、ウィッグを手にして部屋にひとつしかないドアに手を掛けた。


 部屋を出ると、朝の白い光がゴンの目を差した。
 明るい空間。リビングダイニングと思しき部屋で、ダイニングテーブルの上には果物がたくさん入った籠と、コーヒーがたっぷり入ったコーヒーメーカー。
 まるでくじら島の実家のような懐かしい光景と匂いに、ゴンは瞬間、思わず温かいものが胸に込み上げる。


「あ、起きた?」
 その時、ゴンを背にしてキッチンに立っていた男が、笑顔を浮かべて振り返った。白いシャツと黒い細身のパンツ。特徴的なイヤリングと、そして何より一度見たら絶対に忘れようのない、額の逆さ十字。
 髪を下ろしているとはいえ、外見的特徴は、ゴンも知っているはずの人物のものなのに、その笑顔や雰囲気があまりにもゴンの中の印象とかけ離れていた為、これは一体誰なのか、とゴンは一瞬、混乱に陥る。


「・・・クロロ?」
 呆然としながら、ゴンが男の名を呼ぶと、クロロは笑みを深くして頷いた。
「昨日は悪かったね、どうしてもお前と二人で、話がしたかったんだ」
 悪びれることなく言い放ったクロロの言葉に、ゴンはようやく、昨夜の襲撃者が目の前の男だったという事実に気づき、ハッと警戒して瞬時にオーラを纏う。


 そんなゴンの姿を見て、クロロはカラカラと微笑う。
「ハッ、そんなに警戒するなよ、ゴン。お前をどうこうするつもりだったら、昨日のうちに殺しているさ」
 安心させるようにゴンの方を向いて、両腕・両手を広げて見せるクロロ。害意がないことを示そうとしているようだが、ゴンにとっては存在そのものが害意の塊のようなものだ。
「一体・・・何の用だ!? なんでこんな所に居るんだ!?」
 噛み付くような調子で、クロロに食って掛かるゴン。クロロは、そんなゴンの様子に肩をすくめて苦笑を浮かべた。
「それを話したかったから、こうしてお前を拾ってきたんだろ? ・・・まあ良いや、後で、ゆっくり話そう。と、その前に」
 クロロは言葉を切って、ゴンに背を向けた。その姿は信じられないほど無防備で、ヨークシンでの夜に出会った男とは、まるで別人のようにゴンは感じてしまう。


 クロロはIHヒーターの前に立って、フライパンを手にしている。用意してあった皿に、カリカリに焼いたベーコンとスクランブルエッグを二人分盛り付けた。そして、二枚の皿を手にしてダイニングテーブルへと運ぶ。
「とりあえず、朝食にしよう。座りなよ」
 笑みを浮かべながら、顎でゴンに椅子を示すクロロ。しかし、あまりに場違いな提案にゴンは苛立って声を荒げる。
「何言ってるんだ・・・! どうして、お前なんかと・・・!」
 と言いかけたところで、お約束通りゴンのおなかが「グゥゥ」と鳴り、ゴンは目を点にして頬を赤らめた。
 そんなゴンの様子に、クロロは心底楽しそうにクスクスと笑う。


 その笑顔が――――ゴンのクロロに対するイメージと、やはり180度かけ離れていた為、ゴンは再び激しく戸惑ってしまう。
(クロロって・・・こんな風に・・・笑うの?)
 クロロを――――幻影旅団の団長を、冷酷無比な男だと認識していたいゴンとしては、こんなにも人間らしい姿を見せ付けられては、逆に苦しい思いが込み上げる。
 戸惑いながらも、ゴンは再びグッと目に力を込めてクロロを睨みつけた。目の前の笑顔に騙されてはいけない、こいつは数え切れない人間を殺めてきた男なのだ、と自らに言い聞かせながら。


 警戒しながら、ゴンはクロロから視線を外さぬまま椅子に腰掛けた。そうされることを心外だ、とでも言わんばかりに、クロロはもう一度肩をすくめて冷蔵庫を開ける。中からミルクのボトルを取り出し、グラスと共にゴンに差し出した。
「コーヒーより、こっちの方が良いだろ?」
 そうやって差し出された牛乳から、ゴンは再び原風景に思いを馳せた。ミトさんはコーヒー、自分は牛乳。
 なんだか無性に苦しくなって、ゴンはギュッと目を閉じる。


 サラダとトーストの皿を手にしたクロロがようやく席に着き、奇妙な朝食会が始まった。
 コーヒーをカップに注いだクロロが、ゴンの姿をジッと見ながら疑問を口にする。
「ところで、その格好って、ゴンの趣味なの?」
 言われて、ゴンはハッとする。
「ちっ、違うよっ! これは・・・!」
 と、弁解しようとしたところで、クロロが再び穏やかな笑みを向ける。
「似合ってる、可愛いよ」
「っ・・・!!」
 皮肉や嫌味ではなさそうなまっすぐな言葉と笑顔に、ゴンは思わず赤面して言葉を詰まらせた。一呼吸おいてから、「可愛いなんて言われても、全然嬉しくないよっ!」と意気込んで主張する。するとクロロはきょとんとした表情で、「別に、喜ばせようと思って言った訳じゃない。事実を述べたまでだ」と、ゴンにとってますます不愉快な意見を口にした。うぅっと歯噛みして、半ば自棄になってゴンは大きな口を開けてトーストにかじり付く。
 その様子を、クロロは微笑ましげに見守っていた。







「・・・ゴン、エデンを知っているか?」
 食後に、もう一度コーヒーを淹れ直したクロロが、出し抜けにゴンに尋ねる。エデン、という言葉を受けて、ゴンはハッとする。


 昨日、『ジョーカー』事件についての説明を一通り受けた後、ゴンは二人の刑事にエデンについて尋ねたのだった。警察署に来る前に、中毒患者らしい人を見かけたのだが、あれは一体何なのだ、と。
 エデンについて尋ねられた刑事たちは、気まずそうに顔を合わせてポツリポツリと答えてくれた。


 『エデン』はここ最近、約一ヶ月程度の間に急速に広まった新型ドラッグだということ。覚醒剤の一種だが、その酩酊作用と快楽効果は今までの薬物とは比べ物にならないほど凄まじく、まさに天にも昇る心地になれるという効果から、その名がついたのだという。
 反面、常習性が異様に高く、むしろ、一度摂取してしまうと永続的に薬を打ち続けなければ、激し過ぎる禁断症状で死に至るほどの危険な薬物で、地元マフィアはその効果を利用してチンピラや組織の末端の者に片っ端から『エデン』を投与し、命と引き換えに永劫金を搾り続けるような真似をしているそうだ。
 『エデン』の密売から精製に至るまで、全てを取り仕切っているのが、地元大物マフィアの"グリソム"らしいのだが、残念なことに、警察署内にもマフィアの息のかかったスパイが潜んでいるらしく、『エデン』については、二人の刑事は歯切れ悪く、なんとかその程度の情報をゴンたちに与えてくれた。


「まったく恥ずかしい話だが、たった一ヶ月程度で、街にこんなにも薬物汚染が広まるなど、警察の不徳の致すところ極まりない・・・だが、この街のマフィア"グリソム"の凶悪さと巨大な力に皆、恐れを成しているんだ。自分ひとりの身なら、省みずに立ち向かうこともできるかもしれないが、家族や仲間の身にまで危険が及ぶかもしれないと考えると、皆、巨大な悪を討ち取ろうとは考えられなくなってしまう」
 だから、くれぐれも『エデン』については深入りしないように、とブラウンもホワイトも二人に対し、真摯な忠告を寄越した。小声での戒めは、まるで警察署内のスパイによる密告を恐れているかのようにも見え、ゴンもキルアもなんとなく白けたような気持になった。


 クロロが口にした薬物の名。ゴンは神妙な顔で頷いた。
「うん・・・新型の麻薬だって聞いた。昨日も、禁断症状が現れた中毒患者を街で見たよ。・・・酷い状態だった」
 そう言えばあの男は、あの後どうなったのだろうとゴンはふと思う。『エデン』がなければ死んでしまうし、かといって病院で違法な麻薬を投与する訳にもいかないだろう。
 一度服用してしまえば、中毒と死が待つ禁断の薬。アダムとイブが口にした知恵の実に例えるには、あまりにも危険すぎる代物だ。
 クロロはゴンの表情を見据え、一口コーヒーをすすってから言った。


「『エデン』は、リンドンの東の外れにあるアクシス化学工場で精製されている」
 断言する口調に、訝しさを感じながらも、ゴンはハッとして顔を上げた。
 クロロは真摯な顔で、ゴンを見つめながら続ける。
「アクシスは、表向きには薬品や化学製品を製造する化学メーカーだが、その裏、この街のマフィア"グリソム"の資本で経営されている。工場内のラインの一部を用いて、『エデン』が精製されているらしい」
 肘をテーブルの上について、組んだ手の上に顎を乗せた状態でクロロは語る。


「・・・なんでそんなこと知ってるんだよ?」
 訝しがる目つきでクロロを見据えたまま、ゴンは問い掛ける。クロロは苦笑して溜息混じりに告げた。
「薬の売人からルートをつたって、"グリソム"の一人を尋問した。確かな情報だ」
 そこで、クロロは一呼吸おいてゴンに言い放つ。


「今夜、アクシス化学工場を襲撃する」
「・・・!?」
「ついでに、マフィア"グリソム"も潰してしまおうと思っている」


 そして、クロロは薄笑みを浮かべて、戸惑うゴンに手を差し伸べた。


「どうだ、ゴン。手を貸さないか? 『エデン』の撲滅と、この街に巣食う薄汚いマフィアの根絶やしだ。『エデン』犠牲者の酷い有様は、お前も目撃したんだろう? あんな悲劇を繰り返さない為にも、誰かが動かないといけないんじゃないのか?」


 クロロは微笑う。爽やかと言っても良いほどの優しい笑顔で。
 それが尚更、ゴンの中の不信感を募らせる。


「なんで・・・なんでお前がそんなことする必要があるんだ!? 人殺しのお前が、そんなことする理由がオレには全然わからない!」
 まるで独白のように叫ぶゴン。


 クロロの申し出の中身は、ゴンにとっては確かにメリットの多い話なのかもしれない。相手が他の誰かであったら、一も二もなく賛同して協力していただろう。『エデン』の撲滅、マフィアの根絶。どちらも、この街に住む、ありふれた幸せを大切にする罪もない人々の為に、誰かが行うべきことだと、ゴンも思う。しかし、それはおそらくブラウンたち警察が行うべきことであり、少なくともクロロのような人間が手を下す必要はまったくないどころか、むしろ不自然な行為ですらある。


 ゴンの言葉に、クロロは少しだけ驚いたように目を開いて、苦笑を浮かべて溜息を吐いた。
「ま、そう言うだろうと思っていたけど・・・流石に、本当のことを隠したままでは協力は得られないか」
 ヤレヤレ、といった表情で、クロロは脚を組んでゴンに向き直った。


「・・・俺たち『蜘蛛』は、盗みを生業にしている」
 蜘蛛、という単語に、ゴンはピクリと反応して表情を厳しくした。しかし、そんなゴンに構うことなく、クロロは独り言のように続ける。


「二ヶ月ほど前に、『蜘蛛』の何人かで仕事を行った。俺は直接その仕事には参加していないが、目的のお宝は『ソーマの書』と呼ばれる古文書だ。ソーマというのは、神話にも出てくる不老不死の妙薬のことだが、その古文書にはそういった妖しげな秘薬のレシピがいくつも記されている。それを、あるハンターが秘境から発見したという報せを受けて、俺たちはそいつから『ソーマの書』を頂いたわけだ」
 ゴンは、表情を動かさず、ジッとクロロを睨みつけたまま話に耳を傾けている。


「俺たちは無事、『ソーマの書』を手に入れた訳だが、それを――――何者かに、盗まれた」
 そこで言葉を切って、クロロは自嘲の笑みを浮かべる。
「お笑い種だろう? 盗賊がお宝を盗まれるなんてな」
「・・・そんなの、自業自得だろ」
 因果応報、と言うべきか。盗む者は盗まれるのだと、世の中の業として当然のことだと言わんばかりに、ゴンはぶっきらぼうに言い放つ。
 ゴンの言葉に、クロロは自嘲の色を深くして「確かにな」と苦笑を浮かべた。


「まぁ、盗まれたお宝をそのまま放置しておくのも、『蜘蛛』としていかがなものかと思ってね。奪い返して、制裁を、という訳さ」
 その言葉に、ゴンは首を傾げて疑問を唱える。
「お前らから、その古文書を奪ったのは"グリソム"なの?」
 ゴンが発した疑問の言葉に、クロロは曖昧な表情を浮かべた。
「・・・残念ながら、盗んだ犯人はまだ判明していない。だが、『ソーマの書』らしきものを使って『エデン』が精製されていることは、尋問したマフィアから聞き及んでいる」
「・・・それを取り戻すことが、お前の本当の目的、ってことか」
 ゴンの確かめるような口ぶりの言葉に、クロロは大仰に頷く。
「ま、そういうことだ。お前にとって、悪い話じゃないはずだ。・・・どうする?」
 挑戦的な表情で、ゴンをまっすぐに見つめるクロロ。


 確かに、悪い話ではない。危険な薬物と巨悪のマフィアを街から排除する。それ自体は、ゴンとしては喜んで手を貸したい話だ。
 だが、相手が相手なだけに、どうしても素直に協力する気にはなれない。
 更に、大きな疑問がゴンには残されている。


「話はわかったよ。でも、どうしてオレなの? マフィアを潰すのも、古文書を奪い返すのも、お前の仲間と一緒にやればいいことじゃないか。わざわざ、こんな風にオレを捉まえて、話を持ちかけたのは何故?」
 そもそも、クロロほどの実力者ならば、協力など仰ぐ必要さえないのではとゴンは思う。それをわざわざ、ゴンを襲撃してまで攫ってきた理由は何なのか、それが明らかにならない限り、ゴンはクロロの話を承諾することなどできはしない。


「それはね、ゴン・・・」
 ゴンの言葉を受けて、クロロは艶やかに微笑んだ。そして、ツッとゴンに顔を近づける。
 反射的に仰け反ろうとしたゴンだが、柔らかく頬を掴んだクロロの指に動きを阻まれる。
 顔を極近くまで寄せたまま、クロロはゴンに囁いた。


「単純に、俺がお前に興味があるからだよ」


 真っ黒な瞳で、ゴンを射抜くように見つめるクロロ。なぜか逸らすことができずに、ゴンはその瞳をじっと見つめ返してしまう。


「ノブナガやフィンクスも、随分お前のことを気に入っていたようだが、俺自身もお前に興味が湧いてきた。お前の言動を、この目で確かめたい」
 クロロはそう言って、艶かしく、笑う。
 まるでキスせんばかりにゴンに顔を近づけ、何事か言おうと躊躇った様子を見せたが、結局クロロは何も言わず、ゴンの頬に触れた手を離して顔を遠ざけた。


 ゴンは、クロロの表情と、笑みと、その言葉に、鼓動の高まりを感じる。ゾクリと、胸の奥底から湧き起こるような感覚は、ヒソカや他の強敵たちと対峙した時に感じるものと、よく似ている。


 クロロは俯き、フッと独り笑みを浮かべてゴンに告げた。
「さっき、お前にとって悪い話じゃない、と言ったのは、別にマフィア殲滅についてだけじゃない。お前にとって、俺の動きを近くで見張れるのはメリットが多いことなんじゃないのか?」
 お前だけじゃなく、お前のお仲間にとっても、とクロロは付け足し、その言葉でゴンの脳裏にクラピカの顔が過ぎり、ゴンは思わずハッとする。


 クロロの言う通り、普段、消息の掴めぬはずの『幻影旅団』の団長と行動を共にできることは、相手を見張るという意味でゴンにとっては確かに利点の多い話でもある。クラピカの為にも、クロロを牽制できる場所に居られるのはありがたい話なのかもしれない。


 しかし――――相手は、『蜘蛛』のリーダー。どんな罠を張り巡らせているのかわからぬまま、相手の懐に飛び込んでいいものか、ゴンは逡巡する。


 しかも、本来ゴンは、こんな所で油を売っていて良い立場ではないのだ。
「でもオレ、そんなことしてる場合じゃないんだ。別の用事が・・・」
「『ジョーカー』、だろ?」
 ゴンの考えを見透かすようなクロロの断言の仕方に、ゴンは目を見開いて驚く。
「ハンターのお前が、そんな格好しているのを見ればすぐわかるさ。ジョーカーは少女ばかりを狙っていた。おびき寄せるには、随分上等な餌に見えるがな」
 フン、と得意げな笑みを浮かべて言うクロロ。
 その言葉の内容を、少し時間をかけて咀嚼してから、ゴンはハッとして怒鳴った。
「わかってたんなら、どうしてさっきあんな風にからかったんだよ!」
 頬を赤く染めてプリプリ怒るゴン。クロロは「ハハッ」と愉快そうに笑う。
「からかってなんかいないさ。事実を述べただけだ、って言っただろ?」
 しかし、その口調がまさにからかう調子で、ゴンはますますむーっとむくれる。クロロは苦笑を浮かべながら席を立ち、ソファのローテーブルの上に置き放してあった新聞を手にして、ダイニングテーブル上に滑らせるように投げて寄越した。
 一面の見出しに、ゴンは息を呑む。


『ジョーカー、死亡!!』


「昨日の夜、『ジョーカー』が現れたんだろ? 犯人は逃走中に足を滑らせてビルの上から転落、即死、だそうだ」
 新聞記事とクロロの言葉に、ゴンはモヤモヤした違和感を覚える。
 自分たちが捕らえに訪れたその日の夜に現れた『ジョーカー』が、即座に死んでしまうなど、あり得るのだろうか。
 何かが噛み合わない不自然なパズルに、ゴンは考えを巡らせようとする。しかしながら、いかんせん、考え事の苦手なゴンはすぐに頭がプスプスと音を立て始めてしまう。


 頭脳作業は、キルアの仕事だ。


「・・・電話、してくる」
 困った時はキルアに相談。昨夜、『ジョーカー』を追ったはずのキルアならば、このニュースについての詳細も知っているだろうとゴンは判断する。それでなくても、おそらくゴンは失踪した形になっているはずだ。連絡のひとつも入れなければ、キルアはとてつもなく怒るに違いない。
 クロロの件も含めて、キルアに相談しなくてはとゴンは携帯電話を手にして、先ほどのベッドルームへと向かう。
 クロロはそのゴンの姿を見て「どうぞー」と笑顔でヒラヒラと手を振って、見送っていた。







 ゴンが別室に消えたリビングで。
 クロロは窓枠に腰を掛けて、外の風景を眺めていた。
(単純一途で、純粋で、感情が先に立つタイプか・・・)
 ゴンをそう分析して、ノブナガが気に入る理由がよくわかる、とクロロはほくそ笑む。
(オレも、嫌いじゃないな。むしろ・・・)
 湧き起こる愉快な気持を感じて、クロロはフフと楽しそうに微笑う。
(だが、まだまだ駆け引きは苦手なようだ)
 クロロは窓の外に手を伸ばし、袖から一枚のカードをひらりと取り出した。


 それは、トランプの中の、仲間外れのカード。


「切り札は、最後まで切らずに隠しておくから、切り札なんだぜ、ゴン」
 そう呟いて、クロロはパチンとカードを弾く。
 すると、どうやったものか突然カードは炎を上げて燃え出し、描かれた道化の笑みを醜く歪ませながら、やがて灰になって消えていった。




















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