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その日の夜。
全ての準備を整えて、更衣室から出てきたゴンの姿を見て、キルアは絶句する。
(・・・かっ・・・可愛過ぎるっ・・・!!)
淡い水色のワンピースに大振りのフリルがついた白いエプロン。胸と背中には大きなリボン。足元は白いニーハイソックスにストラップ付きの黒いパンプス。ご丁寧に栗毛のウィッグまで装着して、頭には黒いリボンをつけていた。大きな碧色の瞳と中性的な愛らしい顔立ちが、その髪型や服装に絶妙にマッチしている。
どこからどう見ても、女の子、それも相当な美少女にしか見えないゴンのドレス姿に、キルアは呆然と見惚れてしまっていた。ゴンの姿を見る前までは、どんな言葉でからかってやろうかと、女装姿のゴンを馬鹿にすることばかり考えていたはずのキルアだったが、その姿があまりにも似合い過ぎてしまっている為、完全に言葉を失くしてしまった。
そんなキルアの様子を見て、ゴンは心配そうにキルアの顔を覗き込む。
「・・・やっぱり、変だよね? 気持ち悪いよね、こんな格好・・・」
キルアの反応を違う意味で捉えたゴンは、唇を尖らせてしょぼんと落ち込んだ顔を見せる。
(そっ、そんな顔をするな・・・ゴン、そんな顔はやめてくれ・・・!!)
あまりの愛らしさに、思わずゴンを抱き締めたくなる衝動を理性で堪えるキルア。
(そうだ、落ち着け、どんなに可愛くてもこれはゴンなんだ・・・いや、ゴンは元々可愛いけど・・・いや、そうじゃなくて!)
キルアの頭の中にはグルグルと混乱が渦巻いている。何も言わぬまま固まっているキルアを見て、ゴンはますます不安そうに、やや上目遣いでキルアの顔を覗き込む。その目線と表情に、キルアはノックアウト寸前で、この可愛い生き物をこれ以上視界に入れないようにと、ゴンの愛らしさに耐えかねてクルッと後ろを向いた。
「へ、変じゃない・・・だいじょうぶ・・・」
耳まで真っ赤にしながら、キルアはゴンを安心させようとそれだけ背中越しに呟いた。「似合ってる」だの「可愛い」だのと本心を言ったところで、逆にゴンに気味悪がられてもツライと判断しての、苦し紛れに選んだ言葉だった。
そんなキルアの心中など知る由もないゴンは、キルアの態度を訝しく思いながらも、ホッと胸を撫で下ろす。
そこへ、二人の刑事もキルアとゴンが待機する部屋に合流し、例に漏れず二人ともゴンの姿を見て絶句する。口を半開きにして固まっている様子が、キルアの反応とまるで同じだった為、ゴンはそんなに自分の女装姿が変なのかと再び不安になってしまう。
(やっぱりコイツって・・・自分をわかってないから怖いよなー・・・)
自分でも気付かぬうちに、多くの人を魅了して惹きつけていることをまったく自覚していないのだから性質が悪い。どんなに警戒したところで、ゴン自身に自覚がないのでは防ぎようもなく、キルアはこれ以上ゴンに悪い虫がつかないよう、祈るばかりだ。
ゴホン、と気を取り直すように咳払いをしたブラウンがおずおずと二人に声を掛ける。
「それじゃあ・・・出発しようか」
その言葉に、キルアとゴンは無言で頷く。
部屋を出る直前に、キルアは再びゴンの姿を横目で確認し、嘆くようにこっそりと溜息を吐いた。
数時間前、キルアとゴンによるじゃんけん勝負の結果、ゴンが女の子の格好をしておとり捜査に乗り出すこととなった(と言っても、仮にキルアが負けたとしてもキルアは絶対に女装などする気は毛頭なかったのだが)。折角女装するのなら、とゴンに着せる服を嬉々として選びに行ったのもキルアだったが、悪乗りし過ぎた自分をむしろ後悔したくなるゴンの可愛らしい姿が出来上がってしまったのだった。
(あー・・・こんな格好のゴンと『アイツ』が会っちまったら、絶対ヤバいよなー・・・何されるかわかんないよな・・・)
『ジョーカー』事件との関連性を疑われながら、未だ消息の掴めぬ男。どうか、ヤツが事件に関わっていませんように、とキルアはゴンの身を本気で案じながら願っていた。
「犠牲者が襲われた場所も日時も規則性がない。基本的に1週間毎に事件が発生しているように見えるが、二日連続で犯行が行われたり、逆に10日以上間があくこともある。事件発生場所も、本当にバラバラなんだ」
乗り込んだ覆面パトカーの中で、事件の説明を繰り返すブラウン刑事。
「ただ、やはり今の時期、夕方以降、子供が一人で歩いている姿を目にすることはほとんどない。そのため、前回の犯行から既に12日が経過している。各家庭や学校の防御策が功を奏している状況だからこそ、犯人をおびき出しやすい」
そこまで言って、助手席に座るブラウンが後部座席の二人を振り返った。二人、特にゴンは神妙な面持ちで頷く。
「パーネルストリートからノースストリートに抜けるこの辺りをメインに張り込みたいと思っている。人通りは少ないが道幅は広いから、視界も利くし援護もしやすい」
地図を広げ場所を示しながら提案するブラウンに、ゴンは「わかりました」と短く答える。標的が現れたら、絶対に捕まえるという決意が、その大きな瞳に現れている。
(どっからどう見てもお嬢さんにしか見えない格好だけど・・・勇ましいな〜)
両手を頭の後ろで組んで、横目でゴンの表情を捉えるキルアは、頼もしさと気まずさが混ざったような気持を抱えて複雑な笑みを浮かべていた。
やがて、20分ほど車を走らせた場所でゴンを降ろすことになった。
「携帯電話もあるが、連絡は基本的にインカムで行おう。調子は大丈夫かい?」
左耳に装着したイヤホンとマイクが一体型になった小型インカムのスイッチをオンにし、「聞こえますか?」と性能を確かめるゴン。車内に積んだ無線機から、ゴンの澄んだ声が聞こえてくる。
それを確認して、ゴンはブラウンとキルアに視線を向けて、ひとつ大きく頷いてから車を降りた。やがて小さくなっていく後姿もまた、完全に少女にしか見えず、キルアはなんとなく複雑なものを感じて、またひとつ大きく溜息を吐いた。
10分ほどして。
「ねぇ、キルア・・・」
無線機から、ゴンの声が響く。キルアはマイクを取り上げて「ん? どうした?」と返事をする。
「キルアは・・・『ジョーカー』はヒソカだと思う?」
答えづらい質問に、キルアはチッと小さく舌打ちをする。ブラウンとホワイトにも聞こえる状態ではあまり話したくない内容だ。隠すようなことでもないが、話の流れ次第では、ゴンは何を言い出すかわからない。
「・・・すみません、イヤホンに切り替えても良い?」
キルアは仕方なく刑事二人に断りを入れる。運転席のホワイトは露骨に怪訝な表情を見せたが、ブラウンは穏やかな表情で「ああ、構わないよ」と告げた。少々気まずい思いを抱きながら、キルアは無線機に付属のヘッドホンを差し込み、耳に充ててゴンとの会話を続ける。
「・・・お前は、どう思うんだよ?」
投げやりに、質問し返すキルア。ゴンの質問の意図と、キルアの返答への期待が見え隠れしていて、キルアは少し不愉快な気持に陥る。
う〜ん、と言葉を選んでいるような悩む声が聞こえた後、ゴンはポツポツと語り出す。
「オレは・・・絶対、違うと思うんだよ。だって、通り魔殺人も、しかも子供ばっかり狙うなんてのも、全然ヒソカらしくない。トランプのカードがあった、ってだけで短絡的に結び付けられても、ヒソカがこんなコトする理由がまったく見つけられないもん」
自身に言い聞かせるように語るゴンの言葉はもっともであり、キルアもハンター協会から依頼を受けた当初から感じていたことだった。ヒソカ本人と連絡がつかないことが容疑を後押ししているようだが、わざとらしいジョーカーのカードは、どちらかというとヒソカを嵌めようとしている誰かの意図を感じなくもない。
しかし、ゴンの心中は、そういった理屈以上に『ヒソカが犯人であって欲しくない』という想いが強いことを、キルアは察していた。
ヒソカがゴンを気に入っていることはキルアも十分に承知しているが、ゴンがヒソカをどう思っているのか、そこはかなり複雑なものがある。しかし、好意と言えないまでも、親近感のようなものを抱いていることは間違いない。
だからこそ、ゴンの中では、こんな無差別殺人の犯人は、ヒソカで『あってはならないこと』なのだ。罪もない、無抵抗の少女たちを次々と惨殺していく殺人鬼のことなど、許せるはずもないゴンだが、その犯人がヒソカだとしたら、果たして許せるのか、許せないのか、許したいのか、許したくないのか、きっとゴン自身にも判断ができない。
そんな葛藤を生む程度には、ゴンにとってヒソカは切り捨てられない存在になってしまっている。
その事実が、キルアを苛立たせる。
「・・・それも、『ジョーカー』を捕まえれば、わかることだろ」
キルアの、わざと突き放すような答えに、ゴンは「・・・うん、そうだよね」と力なく返事をする。
ゴンは、キルアに「犯人はヒソカじゃないよ」と言って欲しいのだ。だからこそ、ゴンは最初にキルアに問い掛けた。そんな、ゴンの意図が手に取るようにわかってしまうが故に、キルアはゴンの期待通りの答えを返してやることができない。
(・・・ゴメンな、ゴン。お前と違って、オレは素直じゃないから)
子供じみた嫉妬心に、自分のことながら嫌気が差し、キルアは渋面を浮かべて静かにヘッドホンを外した。ゴンの心を占める割合は、自分とヒソカ、どちらが大きいのだろう、など不毛なことを考えながら。
そのすぐ後に、突然事件が発生した。
「こちらサウスストリート署! 五番街付近で『ジョーカー』の姿が目撃されました!!」
突然入った無線連絡に、ブラウンとホワイトは身を起こして「何っ!?」と声を上げる。彼らがおとり捜査を行っている場所とは警察本庁を挟んでまったくの反対方向だ。どんなに車で飛ばしても30分以上は間違いなく掛かってしまう。
「被害者は!? 被害者の容態は!?」
ブラウンがマイクに齧りつくように状況を確認する。しかし、無線機からは意外な言葉が返ってきた。
「被害者はまだ発見されておりません! ピエロの面を被った男の姿だけが、街路やビルの屋上で次々と目撃されています!」
事件発生、と言っても犯人だけが自らのこのこと現れた状況のようだ。捜査の目を嘲笑うような登場の仕方に、刑事たちは悔しそうに歯噛みする。
「本庁から増援をまわす! なんとしても捕らえろ! これ以上、『ジョーカー』の犠牲者を増やすな!」
その言葉の直後、ホワイトは車を急発進させ、猛スピードで走らせる。
(・・・なんか、すげータイミングだな)
キルアは、刑事たちのやり取りを聞きながら、何か胸に引っかかるようなものを感じる。ゴンとキルアがリンドンを訪れたその日に現れた『ジョーカー』。おとりになったゴンを狙って現れたのならともかく、別の場所に現れたというのだから、存在を誇示したいが為の登場のようにも感じる。
キルアは、なんとなくスッキリしないものを感じながらも、まずはゴンに連絡を入れる。無線機には次々と警察官たちの連絡が入ってきているため、個人の携帯電話を使った。
3コール目でゴンは電話に出る。
「あーもしもし、オレ。なんかさー、別の場所に『ジョーカー』が出たんだって」
キルアの言葉に、ゴンは「えっ!?」と驚きの声を上げる。
「だからさ、とりあえずオレたち車で『ジョーカー』の目撃現場に向かうから、お前もそっち向かえよ。走って行っても、車と大差ないだろ?」
街中を猛スピードで走り抜けるロリータ少女、というのも、なんだか都市伝説にでもなりそうで怖いかも、と思いながらもキルアはのんびりと告げる。ゴンも、まるで遊びの待ち合わせ場所でも尋ねるかのような調子で「わかったー、場所どこー?」とキルアに問い掛ける。先ほどのやり取りから「サウスストリートの五番街、だってさ」とキルアはゴンに答えた。
電話を切って、さて、とキルアはひとつ伸びをしてから、車のドアを開けた。
突然のキルアの行動に、ブラウンは「なっ!?」と驚きの声を上げる。
「オレ、車より自分で走った方が全然速いから、先行くねー」
それだけ言い置いて、キルアは猛スピードで走る車から飛び降り、オーラを電気に変えて地面を蹴り、あっという間に二人の刑事から見えなくなるほどの距離まで走り去ってしまっていた。
キルアが見えなくなってしまった先を、呆然と見つめるブラウンとホワイト。しばらく無言で車を走らせながらも、ブラウンはポツリと相方に言った。
「・・・安全運転で、行こうか」
ホワイトは、口を半開きにしながらも、気を取り直すように眼鏡の位置を直して、コクンとひとつ、頷いた。
キルアからの電話を切ったゴンは、指示された場所へ向かうべく念を練る。
脚にオーラを集中させ、いざ駆け出さんとしたその瞬間――――突然感じた気配にギョッとして、警戒しながらゴンは周囲を見回した。
何者か、念能力者が近くに、居る。相当な使い手、オーラの量もとてつもなく大きく、しかも禍々しい。どうやら『絶』を使っていたのを、ゴンが念を使うと同時に解除したようだ。
「・・・誰だ!? どこに居るんだ、出てこい!」
心持ち視線を上に向けて、見えない敵に向かって叫ぶゴン。警戒しながら、いつでも初激を繰り出せるように「最初はグー」と小声で言いながら、『練』を行う。
こんな時、『円』を使えたらとゴンは歯噛みする。今度ビスケに会うことがあれば、次の修行では『円』のやり方を教わろうと、ゴンは胸の内で考える。
次の瞬間――――突如、黒い影が頭上から降ってきた。目で追い切れぬスピード。ゴンは咄嗟に後ろに跳んで、相手との間合いを取る。『凝』を行いながら、攻撃を仕掛けるタイミングを計る。
すると敵は、まっすぐにゴンの方へと向かってきた。その間、コンマ数秒の出来事で、敵の攻撃を防ごうと両腕を『堅』でガードしながら防御の構えを取ったゴンだが、敵は突如、布のようなものを広げてゴンの視界を封じた。『凝』のおかげで、その布がオーラを帯びており、具現化されたものか何かだと即座に判断できたゴンは、マズイと感じて布に触れぬよう後ろに跳んだ。
その判断が、いけなかった。
直後、ゴンの後頭部に重く鋭い一撃が加えられた。『堅』を行っていたが、オーラの防御を突き破る、鋭い一打。
「っ・・・・ガッ・・・!」
苦鳴を零し、目を見開くゴン。足元がふらつき、意識が遠のく。
平衡感覚を失い、ゴンはドサッと前のめりに倒れ込んだ。虚ろな意識の中、敵の黒い靴と足元だけが視界に入る。
(・・・誰、なんだ・・・?)
なんとか視線だけでも上へ動かし、相手が誰なのかを確認したかったが、ゴンは途中で力尽き、意識を失った。最後にゴンの目に映ったものは、本のようなものを持った、相手の右手だった。
一方、サウスストリート。
パトカーや消防隊の出動で、サイレンの音と怒号が飛び交い、辺りは騒然としている。
「居たぞ! コムインストアの屋上だ!」
『ジョーカー』らしき犯人の姿を目撃した警官が大声で叫び、辺りに居た警官たちは一斉に頭上を見上げる。
一足先に到着していたキルアも例外でなく、大手IT会社直営店の看板に目をやると、五階建ての建物の屋上に男のシルエットが月光で映し出されていた。サーチライトが男を照らし、ピエロの面を被っていることが判明する。
消防のはしご車を駆使してビルの屋上へ上ろうと、次々と列を成す警官隊。そんな彼らを出し抜くように、キルアは地面と壁を蹴り上げながら瞬時に屋上へと到達する。
20mほどの距離を置いて『ジョーカー』は佇む。面の所為で当然表情は伺えないが、突然のキルアの登場にたじろいだような様子が伺える。また、刑事たちからは道化の衣装を身に着けているとキルアは聞いていたが、実際に対峙する目の前の男はスーツ姿だった。
(・・・これが、連続殺人犯なのか?)
面を被った男が現れた、という情報だけでこれだけの警察官が集まったが、果たしてこれが本当に犯人なのだろうかとキルアは訝しく思う。こいつはただの撹乱役で、実行犯はまた別に居る可能性が高いのではないかと、どうにも素人くさい雰囲気の男を目の前にしてキルアは勘ぐる。
次の瞬間、男は踵を返して全速力でキルアから逃げ出した。その動きはまるで常人離れしており、一度の跳躍で10m以上の距離を進んで行く。予想外の男の動きに、キルアは一瞬油断し、スタートが遅れた。
相手の動きがどんなに超人的であっても、スピードにおいてはキルアに勝る者は居ない。すぐに追いついてひっ捕らえてみせる――――はずだった。
しかし、一瞬の遅れが招いた致命的なミスは、結果的に取り返しのつかぬものとなった。
あっという間に、男はビルの隙間に落ちて行き、数瞬後に"グシャッ"という厭な音が響いた。その光景に、キルアは露骨に「しまった!」という表情を浮かべる。
キルアがビルの下を覗き込むと、案の定、そこは血の海と化していた。頭から落ちたようで、下半身は原型を留めているが上半身はグチャグチャで、特に頭は粉々に砕けていた。警官たちが慌てて『ジョーカー』の遺体の周囲を取り囲み、大声で何事か叫び合いながら、現場検証や遺体の収容に取り掛かろうとしている。その様子を見て、キルアは悔しそうに歯噛みする。
(アレが本物の『ジョーカー』なのか、別物なのか、生きてりゃ手掛かりも掴めたかもしれないのに・・・)
面で顔を隠すのは、やはり複数犯だからなのか。無論、今後『ジョーカー』による犯行が止めば、今しがた死んだのが本物の『ジョーカー』だったという結論に至るのだろうが、キルアにはどうしてもそうは思えなかった。
目の前でビルの隙間に落ちた男は、足を滑らせたなどではなく、自ら落ちに行ったとしか見えなかったからだ。
(ヒソカが絡んでるのかどうかはともかく・・・思ってたより、裏がありそうな事件だな、こりゃ・・・)
嘆息しながら、キルアは肩をすくめて夜空を見上げた。
そこには、キルアの徒労を嘲笑うような三日月が、毒々しい色で鮮やかに浮かんでいた。
人気のない通りで、携帯電話の鳴る音が響いた。男は、コートのポケットから電話を取り出して応じる。
「・・・もしもし?」
「あ、俺だけど。ごめんごめん、『ジョーカー』壊れちゃったんだけど、まだ使う? まだ必要なら、次の標的を使うけど」
「ああ・・・大丈夫だ、もう必要ない」
男は、足元に横たわる、まるで少女にしか見えないゴンの姿を見下ろした。
「必要なものは、もう手に入った」
言いながら、男はゴンの身体を抱きかかえた。「ふぅん」と興味のなさそうな声が携帯電話から零れる。
「あっそー、わかったー。じゃ、金は約束の口座に振り込んでおいてね」
じゃーねー、とまるで友達との会話のような調子で、通話が終わる。
電話をポケットにしまい、男はゴンの身体を大事に抱え直して夜空を見上げる。
妖しく光る月が、男の額に刻まれた逆十字を鮮やかに照らし出していた。