翌日明け方に、それは発生した。
全身が総毛立つようなどす黒いオーラを感じ取り、ゴンは飛び上がる。
「ヒソカ!」
隣で寝ていたヒソカを起こすまでも無く、ヒソカも当然にオーラを感じ取ったようで、凶悪な笑みを浮かべ「行こうか、ゴン♥」と舌なめずりをしてみせた。
すぐに身支度を整え、ホテルのエントランスへ走る。
「車の方が速いかもね♠」
そう言うと、ヒソカはエントランスに待機していたハイヤーの運転手に「借りるよ♦」と一言告げて運転席へ乗り込んだ。
車の傍らで慌てうろたえる運転手に、ゴンも一応礼儀正しく「ごめんなさい、借ります!」と断りを入れてから助手席へ座る。
二人は強盗でもないので、一言声を掛ける礼節をわきまえているのだ。
高級車は急発進し、明け方の街を猛スピードで駆け抜ける。
オーラの出どころは距離にして十キロも離れていないだろう。
街を走る車の数も疎らなため、ヒソカはアクセルをベタ踏みしたまま目的地へと向かう。
すぐに、オーラを探る必要など無くなった。
一瞬何かが光ったように見え、少し遅れて轟音が鳴り響いた。爆発だ。
地面と空気の振動が車に乗っていても伝わってくる。
「派手にやっているねぇ♠ 『絶』を使わないどころか、一般人の巻き添えも意に介さないみたいだね♦」
どこか呑気なヒソカの言葉だが、ゴンは焦り「ヒソカ、もっと急いで!」と切羽詰まった様子で要求する。
キルアの身体で、無関係の人を殺させたくなんかない。ゴンの思いを感じ取ったのか否か、ヒソカはフッと笑んで「オーケイ♪」と返事をし、更に遠慮なくスピードを上げた。
徐々に空気が煙くなり視界が悪くなる。たどり着いた場所は、閑静な高級住宅街だった。車を乗り捨て外へ出ると、黒煙が立ち上っており、熱風が吹きつけている。
爆発からまだそう時間が経っていないため現場には近隣の詰所から駆け付けたと思しき数人の警察官や近隣の住人らしき人たちが居るだけで、消防や救急隊などはまだ来ていなかった。
昨日の今日だ。一見すればテロと断定されそうな様相だが、漂う凶悪なオーラが、この惨状が爆弾による仕業では無いと物語っている。
しかし、ゴンたちが知る真実は恐らく時間を掛けて説明したところで人々に理解してもらえるものでも無いだろう。
警官たちは、無線で必死に連絡を取り合っている。
「アブドゥーラ様の安否は!?」
「未だ確認取れません!」
「全力でお探ししろ! 近隣住人の避難も怠るな!」
少人数の警察官が口々に言い合いながら爆発の中心地を調べようとするが、煙と炎が酷く近づくことはできそうもない。
非常に心配そうに佇む近隣住民らしきタンクトップ姿の中年男性に、ゴンは「すみません」と声を掛ける。
「今、警察の人が言っていたアブドゥーラ様って誰ですか?」
普段よりも少し早口で尋ねるゴンに、男性は「ああっ!?」と怪訝な顔をするが、相手が観光客らしき外国人の少年であることを見てとり、渋々といった体で説明してくれた。
「今の国王の弟君だよ! 大変だこりゃ……カナン遺跡に続いて、アブドゥーラ様まで狙われるなんて……」
案の定、住民は目の前の惨状をナン人によるテロ行為だと信じ切っている。
都合が良い、と思うのは非常に不謹慎だと重々承知していたが、ゴンは男の誤解をそのままにして「アブドゥーラ様」の自宅と思しき爆発現場へ目を向けた。
大きな屋敷だ。国王の弟の屋敷なのだから当然だ。
キルアに憑りついた悪霊が「殺す」と言ったのは、彼を狙っていたのだろうか。
オーラはまだ、この場から動いていない。恐らく、炎の中にキルアは居る。
(キルア……待っててね、すぐ、助けるから)
サトツの言っていた悪霊封じの『マーラの銀鏡』もまだ手元には無いし、それ以外にどうやってキルアに憑りついた霊を祓えば良いのか、ゴンには何のアイデアも無い。それでも、気持と決意だけは確固たるものがあった。
でも、いつもならどうやって解決するかはキルアが考えてくれるのに。思わずそんな風に考えてしまったゴンは、無性に悲しくて寂しくて、胸にポッカリと穴が開いたような心地がした。
その時、建物の奥からヒラリと黒い影が躍り出た。
警官たちは屋敷の捜索に必死でその存在には気付いていない。ゴンはヒソカと目を合わせて頷き合い、すぐさま影を追った。
現場へ向かおうとする救急隊員や野次馬たちの波に逆らいながら、ヒソカとゴンは全力で影を追う。その姿はキルアに間違いなかった。ヒソカは『バンジーガム』を発動し、キルアの背中目がけて飛ばしたが、ガムが身体にくっつく前に黒炎のようなオーラに溶かされてしまった。おそらく初めての体験に、ヒソカは「♠」と面食らった表情を浮かべる。
今度はゴンの番だ。昨日と同じく、キルアの進路を塞ぐべく『パー』でオーラを放出し、キルアの頭上にあった木の枝を撃ち落した。バサバサと大きな音を立てて落下した枝は、キルアの足をうまく止めた。
すると、妨害に苛立った様子のキルアが振り返り、二人をギロリと紅い眼で睨みつけた。その眼の色に、ゴンはゾッと恐怖心を覚えたが、ヒソカは薄気味悪いほどに口角をニィと上げ、歓喜に震えた。
「イイねぇ〜♥ まさかこんな形でキルアと闘れるとは、思いもしなかったな♥」
根っからの戦闘狂らしい発言に、ゴンはギョッとしてヒソカを見上げる。
「ヒソカ!」
咎めるように叫ぶと、ヒソカは舌なめずりをしながら「安心しなよ、殺しはしないさ♦」と凶悪な笑みを浮かべて返した。
「手加減は必要なさそうだし、無傷では済まないかもしれないけどね♣」
そう言い置いて、ヒソカは臨戦態勢を取る。
禍々しいオーラがヒソカの鍛え抜かれた身体の隅々まで充填され、獲物を狩る直前の野生の獣のような研ぎ澄まされた意識がキルアに対して向けられる。
音も無く地面を蹴り、キルアが飛び出す。高速で移動しながら例の黒い念弾をいくつも掌から出現させ、ヒソカへ放つ。ヒソカは敢えて避けずキルアへ向かっていくことで、いくつか被弾しながらダメージを最小限に抑えた。『硬』の拳を繰り出すヒソカ、キルアはそれを避けながらノーモーションで念弾を出し、至近距離でそれをヒソカへ打ち込む。しなやかに身を躱し、ヒソカは再びキルアへ拳を叩き込む。それを躱すキルア。
しかし突然、キルアが不自然に身体のバランスを崩した。いつの間に取り付けたのか、キルアの背には『バンジーガム』が貼られており、それを発動させたヒソカがグイと引き寄せたのだ。
「その念弾を打ち出す時は、身体を覆うオーラが消えるみたいだったからネ♠ こっそりつけさせてもらったよ♥」
そう告げるヒソカの手にはトランプが握られていた。キルアの動きを封じるために、どこかの腱を傷つけるつもりかもしれない。
ヒソカの意図に気づいたゴンが「止めろ!」と叫んだ次の瞬間、辺りは真っ赤に染まっていた。
吹き出した血は、ヒソカのものだった。
右上腕が途中で切断され、腕の先は衝撃で吹っ飛ばされ、トランプを掴んだままの形で地面に投げ出されていた。キルアの右手は、刃物のように鋭く研ぎ澄まされている。キルア自身が持つ肉体操作の技を、悪霊が使いこなしてみせたのだろう。紅く輝く瞳は忌々しげにヒソカを睨みつけている。その眼に射抜かれ、右腕を失ってなお、ヒソカは歓喜の笑みを見せた。
キルアは再び右手を滑らせ、ヒソカは左手にオーラを集中させ、それを受けようとする。
「キルア!!」
咄嗟にゴンが名を呼ぶと、今まで決して反応を見せなかったキルアの動きが一瞬、ピクリと止まった。
キルアの眼が、ゴンを捉える。
ゴンも今度は怯えず目を逸らさず、真っ直ぐにキルアを見つめた。
キルアの瞳の紅い色が、一瞬、揺らいだように見えた。
しかし、すぐにキルアは興味を失ったようにゴンから目を逸らし、大きく後ろに飛び退いた。ゴンたちにとっての『纏』のごとく、キルアは真っ黒いオーラを再び身に纏い、背中にくっついていた『バンジーガム』を再び溶かしてしまう。
そして右手を振ってヒソカの血を拭うように飛ばすと、これ以上用は無い、と言うように立ち去って行った。
ゴンは、追いかけることが出来なかった。
「……邪魔が入ったね♣」
フン、と気に入らなさそうにヒソカが零す。何のことを言っているのかとゴンが不思議そうにヒソカを見遣ると、ヒソカは身体に残っている右腕の上腕部分から細長い金属を抜き出した。
「イルミの針だ♠ どこかでキルアを見張っていた彼が邪魔をしたのさ♦」
あ〜あ、とつまらなそうに嘆息してヒソカは天を仰ぐ。
折角良いところだったのに、とヒソカは不満そうだが、イルミのおかげでキルアが傷つかずに済んだのなら、複雑な思いはあれどひとまず良かったとゴンは胸を撫で下ろす。
ゴンはトコトコと走り、地面に転がったままの血塗れのヒソカの右腕を拾い上げた。
それを大事そうに抱えながらヒソカの元へ戻る。
「……腕、どうしよう」
逞しい腕を抱き締めているゴンの姿を見て、ヒソカは「今度、ボクの腕が元通りに戻った時にもそうやっておくれよ」などと場違いに言ってのけたのだった。
消防や警察、救急が往来し周囲が騒がしくなる。
徐々にマスコミも集まり始め、ヒソカとゴンは一旦身を隠すように近隣の宿に部屋を取った。
フロントではヒソカの腕はひとまず『バンジーガム』と『ドッキリテクスチャー』で細工をすることで見た目をごまかした。
ヒソカの腕の傷はオーラによって止血されていたが、部屋に入ると不器用ながらゴンが包帯を巻いてやり、切断された先はヒソカの指示で備え付けの冷凍庫に押し込んだ。
「腕が無いと何かと不便だからね♠ ちょっと知り合いにくっつけてもらってくるよ♦」
まるで壊れた玩具を直してもらう程度のことのように言いながら、ヒソカは器用に左手でスマートフォンを操作し、誰かにメールを送っている。
そんな知り合いが居るのかとゴンは不思議そうにヒソカを眺めていたが、その時ゴンの携帯電話も鳴りだした。誰だろうかと見てみれば相手はサトツだ。
キルアが再び現れた件をゴンも報告したかったので丁度良いタイミングだった。
「もしもし、サトツさん!」
「ゴン君、大変なことが起こりました」
ゴン以上に切迫した調子のサトツの声に気圧され、ゴンは「え?」と思わず聞き返す。
「結論から言います、『マーラの銀鏡』は盗まれていました」
「ええっ!?」
ゴンは目を丸くして驚きの声を上げる。
サトツが戻るまで、キルアに無用の人殺しをさせないように凌げれば大丈夫のはず。
ゴンは心のどこかでそう信じていた為、ショックは大きかった。
サトツは苦々しく続ける。
「協会所有の宝物庫のセキュリティは勿論万全です。最新のシステムを導入した建物で、それぞれの宝物ごとに違うIDコードを設定して別々の部屋に保管しています。ですが、『マーラの銀鏡』を含むいくつかのアイテムが跡形も無く消えていました。セキュリティの万全さを信頼し過ぎ、チェックが甘くなっていたのかもしれません」
しかも、とサトツは声を落とす。
「宝物庫にはあるメッセージが書かれたメモが残されていました。『我々は何ものも拒まない だから我々から何も奪うな』」
「我々から……なにも……奪うな?」
奪ったのはそっちの方じゃないか、という非難を込めてゴンがサトツの言葉を声に出して繰り返すと、それを聞きつけたヒソカが「旅団か♠」と短く呟いた。
「旅団!?」
ヒソカに尋ね返すようにゴンが声を上げると、電話口の向こうでサトツが「その通りです」と返してきた。
「これは、流星街出身者が我々に対して発するメッセージです。幻影旅団が盗みを働く際にも彼らは好んでこのメッセージを残すことが多いようです。……まったく、情けない話です。ハンター協会所有の倉庫が、まさか盗賊の侵入を許してしまうなど」
サトツの口調には、自嘲と非難が混ざり合っていた。
宝物の管理などは協会内のいわゆる『副会長派』が担っている部分であり、親会長派のサトツは管理体制を咎めたい気持がどこかにあるのかもしれない。
「とにかく、今ここに無いものはどうしようもありません。私は他の手立てを考えます。ゴン君、そちらはいかがですか?」
『マーラの銀鏡』が幻影旅団に盗まれた、という話題を持ち出されて混乱で頭がいっぱいだったゴンだが、サトツに問われてハッとする。
「そうなんだよサトツさん! キルアが現れてね、アブドゥーラ様って人を狙ってその人の屋敷を爆発させたんだ! 国王の弟だって!」
「国王の……弟ですか……」
ゴンがキルアの件を話題に出したのを受けて、ヒソカがテレビを付けた。
ニュースでは先ほどゴンたちが駆けつけた住宅地で、レポーターが必死に中継している様子が映し出されている。
「ねぇサトツさん。キルアの……キルアに憑りついた悪霊の狙いって何なんだろう? その、アブドゥーラ様って人を殺すことだったのかな?」
ゴンが疑問を口にすると、サトツは「推測に過ぎませんが」と前置きを入れて説明する。
「キルア君に憑りついた怨霊……即ち、カナンの弟神は自分を殺した兄を憎み、殺したいと思っているのかもしれません」
悪霊がカナン神話の弟神ならば、それは自然な推測だとゴンも思う。しかし。
「でも、それは二千年も前の話でしょ? もうお兄さんは死んじゃってるんだし、復讐なんて果たせないよ」
まさか兄神の生まれ変わりがアブドゥーラなる人物だったなどという都合の良い話もあろうはずも無く、サトツの推測は今回の場合には当てはまらないのではないかとゴンは意見を述べる。
しかしサトツは言い含めるようにゆっくり説明を語り出した。
「ゴン君、先日も言ったとおり、カナン神話に出てくる兄は嫉妬心から弟を殺した後、東に追われ現在のピスタの元となる国を建国しています。歴史上ではその名をパンジャーブ一世と伝えられており、盛衰を繰り返しながらも王朝は現在も続いています。つまり、現国王は神話の兄神の子孫なのです」
「それって……」
つまり、国王の弟であるアブドゥーラは、兄神の子孫だから狙われた、ということなのだろうか。
ゴンの意を汲み取るようにサトツは「そうです」と力強く返す。
「ひょっとしたら、という仮定は元々自分の中にもありましたが、国王の弟が狙われたという事実で可能性がかなり高くなりました。おそらくキルア君に憑りついた弟神は、兄の子孫の命を狙っています。次のターゲットは国王である確率が非常に高いです」
「そんな……」
国王だから命が重い、ということではないが、カナン遺跡でのテロの件もあり、ピスタ国内は緊張状態にある。
国王の弟に次いで王まで命を狙われようものなら、ピスタとナンの全面戦争は到底避けられない。
サトツは重苦しい口調で続ける。
「しかしゴン君、もしかしたら国王の命と引き換えに、キルア君は元に戻るかもしれません。兄神の子孫の根絶が悪霊の目的であるなら、それを果たせば成仏するかもしれませんので」
「そんな! そんなこと、キルアにさせられないよ! そんなことして元に戻ったって、キルアが苦しむだけだ!」
「勿論、それはそうでしょう。私もそれ以外の方法をなんとしても探します。ですが、万一他に方法が無かった場合、それしかキルア君を取り戻す術が無いとしたら、ゴン君、君はどうしますか?」
残酷な問い掛けに、ゴンは言葉を詰まらせる。
長い沈黙の後、ゴンは小さく「……わからない」と告げた。
「それは、本当にその方法しか無い時に考える。今は他の方法を探すか、盗まれた『マーラの銀鏡』を取り戻すか、とにかくできることをやる。オレは、キルアを傷つけずに助けたいんだ」
ゴンの答えに、電話口の向こうでサトツは満足したように「わかりました」と返した。
ゴンの試験官だった経緯もあり、ひょっとしたらゴンの心意気を試したい気持があっての質問だったのかもしれない。
「しかし、ゴン君も対峙して十分実感しているでしょうが、キルア君に憑りついた霊のオーラは非常に邪悪で強力です。あまり長いこと憑依されていると、キルア君自身の肉体や精神にも影響が出かねません。短期戦で決着をつけるのが望ましいかと」
サトツの忠告に、ゴンは「うん、わかった」と力強く返事をする。
「そうしたらオレは、国王の周辺に近づけないか、なんとかやってみる。国王を見張っていれば、キルアも現れるかもしれないし。サトツさんも……」
「はい、私はキルア君を助ける方法を探し出します。直接ゴン君を手助け出来ないのが心苦しいですが……」
「何言ってるんだよ! サトツさんはすごく良くしてくれてるよ。……キルアが元に戻ったら、また遺跡のこと、いっぱい教えてね」
「……勿論です。ジンが発掘した他の遺跡も、ご案内しますよ」
「ありがとう、約束だよ」
噛み締めるように微笑んで、ゴンはサトツとの電話を切った。
キルアと一緒に他の遺跡も見に行くというサトツとの約束が、ゴンに力を与えてくれた気がした。
通話を終えた後、ゴンはヒソカに今の電話の内容を伝えた。旅団に『マーラの銀鏡』を奪われたらしいこと、悪霊の狙いは国王の命ではないか、ということ。
ゴンの話を聞き終わると、ふむ、と考え込むようにしてからヒソカは電話を掛け出した。
「……ボクの電話に出てくれるかな♣」
電話を耳に当てながらそう独り言を呟いたヒソカだが、どうやら相手が電話に出たようで「やあ♪」と嬉しそうに声を上げた。
「最近、『マーラの銀鏡』ってお宝をハンター協会から盗み出したかい? ……ああ、そう、それだ♦ ちょっと待っておくれ、キミと話をしたい子が居るんだ♥」
そう言って会話を切ると、ヒソカはウインクをしながらゴンに電話を手渡す。
話の内容から、おそらく相手は旅団の誰かなのだろう。意を決してゴンは電話を受け取る。
何を言ったら良いものか、ゴンは少し緊張しながらまずは下手に出る。
「こんにちは、ゴン=フリークスです」
礼儀正しく挨拶してみせると、電話口の向こうでは困惑したような沈黙が続き、少ししてから「こんにちは、クロロ=ルシルフルです」とゴンの口調を真似た自己紹介が返ってきた。
「クロロ!?」
まさか相手が旅団のリーダーだとは思いもよらず、ゴンは思わず素っ頓狂な声を上げる。
「ゴン? ……誰だったかな? ああ、ヨークシンの時の子供か。元気か?」
元気か、と問われ、ゴンはまるで苦手な親戚の相手でもするように、渋々「元気です」と答える。
「あの……お願いがあるんだ。『マーラの銀鏡』を返してください」
思い切って告げた言葉に、クロロは「ん?」と不思議そうに声を上げる。
「返す? おかしなことを言う。これは既に『俺のもの』だぜ? 返してくれ、というのは適切な表現じゃないな」
皮肉な言い方にムッとして、ゴンは思わず「じゃあ頂戴!」と言い換える。
クロロは楽しそうにクスクス笑いながら「あげないよ」と答えた。
するとゴンは、クロロの態度についカッとなり、思わずムキになって電話口で叫んでしまう。
「オレの親友を助ける為にそれがどうしても必要なんだ! っていうか、なんでこんなタイミングで盗むんだよ!」
頭に血が上って相手を責めるように怒鳴るが、クロロは余裕を崩さず楽しそうに「ゴン」と短く名を呼んだ。
「知っているか? お宝っていうのは、盗むためにあるんだぜ?」
その言葉にムキーッとなってしまったゴンは、思わずブチッと電話を切ってしまった。
直後に、しまった、というようにゴンは切れた(もとい、切った)電話をジッと見つめるが、後の祭りだ。
その一部始終を見ていたヒソカが「交渉決裂だね♠」と肩をすくめた。
「……それにしてもキミ、本当に駆け引きとか苦手なんだねぇ♦」
呆れ半分、可愛さ半分、というように眺めるヒソカに、ゴンは少々赤面して「う、うるさいな」とバツ悪そうに呟く。
「こういうのはキルアが得意だから良いの!」
そう言ってから、今、此処にキルアが居ない事実を実感してしまい、ゴンはとても悲しくなってしまう。
シュンとしょげてしまったゴンをやれやれというように見遣ってから、ヒソカは腰掛けていたベッドから立ち上がる。
「それじゃ、ボクもそろそろ行くよ♦ 腕を治したらすぐにまた戻ってくるけど」
ヒソカの言に、ゴンはハッと顔を上げて「うん」と頷く。
その様子を見てヒソカが悪戯笑みを浮かべ「寂しい?」と尋ねると、ゴンはなぜかムキになって答えていた。
「寂しくなんかないよ! オレはヒソカと違って一人で寝れるもん!」
必死に主張するゴンに、ヒソカはクスクス笑って「そうかい♦」と愉しそうに返す。
だが、笑みを消すと「ゴン」と低く名を呼んだ。
「イルミは、キミとは違う。キルアの憑依が解けるなら、喜んで国王の命を差し出すさ♠ 急いだ方が、良いかもしれないよ」
言われたゴンは、あっ、という表情を見せる。ヒソカの言う通りだ。
キルアを元通りにしたい、という目的は同じでも、イルミとはおそらく採るべき手段が異なるのだ。
神妙な顔つきで、ゴンはしっかりと頷く。
そして部屋から出て行こうとするが、少し心配そうに振り返りヒソカに告げる。
「ヒソカ、お大事にね」
「……ありがとう♥」
嬉しそうに目を細め、ヒソカはゴンを見送った。