遺跡は巨大な都市の跡地で、外のスペースはほとんど自由に見学できるようになっていた。
当時の生活や住居、竈の跡などつぶさに眺めながら三人は奥へと進んで行く。
すると、ポールとチェーンで仕切られ、これ以上は進めなさそうな所まで来た。
サトツは構わずチェーンをまたいで奥へ進んで行き、近くに居た作業着姿の中年男性にハンター証を見せながら声を掛けていた。
何やらやり取りが済んだ後、サトツは振り返ってゴンたちを手招きする。
それに応じて、二人もサトツの元へ駆け寄ると、サトツは双方に説明をするように紹介した。
「ゴン君、キルア君、こちらは「カナン遺跡」を管理するNPO法人の職員のボルチモアさん、ボルチモアさん、こちらの二人は若いながらもライセンスを持つプロハンターです」
サトツの紹介を受けてゴンがフルネームを名乗ると、男はこれでもか、というくらいに驚いた表情を見せた。
「フリークス、ってキミ、まさか、ジンの子供かい?」
驚いて尋ねる職員に、ゴンは照れたように頭をかきながら「会ったことは無いんだけど……あ、えっと、父がいつもお世話になっています」と言ってから、ペコリと頭を下げた。
そんな礼儀正しい少年の態度に、男はしばし絶句する。
少しして、機能を回復した男は信じられないというように喚き出した。
「イヤ、嘘だろうキミ!? 確かに見た目の面影はあるが、ジンの息子がこんなに礼儀正しいはず無いじゃないか!」
いい年をした大人らしからぬワタワタと慌てた態度で喚く男に、ゴンは困ったように笑いかける。
「あの、だから……まだ会ったことは無くて……オレ、親戚のおばさんに育ててもらったから、ジンには会ったこと無いんだ」
その説明で、男はようやく落ち着きを取り戻す。
「ああ、そうか、そうだろうな、そりゃあそうだ……キミ、ラッキーだったね。もしジンに育てられていたら、きっと今のキミのようにマトモにはなれなかったと思うよ」
しみじみ語る男に対し、ゴンはなんと言ったら良いのかわからず、「アハハ」と愛想笑いを浮かべる。
横のキルアが「お前の親父、ジツは相当ヤバいヤツなのかな」と囁く声にも、ゴンは曖昧に苦笑する他ない。
文化的に偉大な発見をした上に、紛争を一時停戦状態にした男とは思えぬ言われようである。
気を取り直したように男が笑顔を浮かべて告げた。
「みなさんプロハンターのようですし、しかも一人はジンの息子だ。歓迎しないわけにはいかないよ。今回発見された神殿までご案内しますので、どうぞついて来てください」
快く案内を引き受けてくれた男に礼を言い、三人は言われた通り男に続いて遺跡の更に奥へと進んで行った。
しばらく歩くと石造りの地下への階段が現れた。
「神殿と言っても、地下に設けられたもののようです。洞窟のようになっていて、奥深く、下ったところから、例のカナン神話に出てくる弟を祀ったらしき祭壇と神像が発見されました。……まあ、祭壇と言うより、玄室のような様相でしたが」
ライトを灯し、階段を下りながら職員の男が説明する。
「ゲンシツ、って?」
疑問に思ったことは何でもすぐに口に出すゴンが素直に尋ねると、サトツが「ピラミッドなどが有名ですが、王の墓代わりの部屋のことですよ」と教えてくれた。
その説明に、ゴンもキルアも「ふぅん」と相槌を打つのみだったが、サトツはフムと考え込む。
「とすれば、神を祀ると言うより、鎮魂や慰霊のような意味合いが強かったのでしょうか」
独り言のように呟いたサトツの言葉に、職員の男が「そうかもしれません」と同意する。
「しかも、このまま奥に進めばお分かりいただけると思いますが、かなり地中深く、厳重に扉に閉ざされた部屋に祭壇はありました。崇め奉るのと同時に、外へは出て欲しくないと封印していたようにも見えます」
段々と暗くなっていく洞窟のような地下道を歩みながら、男が印象を口にすると、キルアがゲッという顔をした。
「だ、大丈夫なのかよ……呪われるとか無いの? オレ、外で待ってようかな……」
やや青ざめた表情で呟くキルアに、ゴンが「大丈夫だよキルア! オレがついてるよ!」と頼もしく告げる。
しかしキルアは渋い表情で「いやー……気持はありがたいけど、お前、そーゆー問題じゃねーから」とげんなり返した。
その時、奥からヒューと冷たい風が吹き抜けた。
その場に居た全員の背筋が、ゾクリとする。
しばしの沈黙の後、キルアが喚いた。
「ホラ! やっぱり神様が帰れって言ってるんじゃねぇの!? やっぱり、ヤバいんじゃ……!」
キルアの言葉は、突然起こった轟音でかき消された。
バーーン!! という強烈な爆発音。
同時に、地面が大きく揺れ、天井が崩れ落ちる。
「なんだ!? 何があった!?」
職員の男が叫ぶが、サトツが冷静に「危険です、外へ出ましょう」と全員に声を掛ける。
何が起こっているのか全く分からない中、崩れ落ちる天井の瓦礫から身を守るようにしながら全員で出口へと向かう。
地面が揺れ、足元が覚束ない。
サトツは職員を抱えるようにしながら走る。
その時、通路の奥で小さく、ガシャン、と何かが壊れる音が聞こえた気がした。
ゾワリ、と嫌な予感がしてゴンが振り返ると、どす黒い強烈なオーラの塊が背後からもの凄い速さで迫り来ていた――――!
「逃げて! 危ない!!」
誰にともなくゴンは叫んだが、オーラはあっけなくゴンたちを飲み込んでいく。
負の感情の塊のようなものに包まれ、身体の芯から凍えさせられるような悪寒に打ちのめされそうになったが、それはゴンにとって一瞬の出来事で、あっという間に過ぎ去ってしまった。
しかし、次の瞬間。
圧倒的な質量の真っ黒いオーラがキルアの身体に吸い込まれていくのを、ゴンは成す術もなくただ目の当たりにしていた。
ゴンたちがピスタを訪れる少し前のこと。
プルルルル……
馴染の仲間からの連絡に気づき、ヒソカはすぐに電話に出る。
「やあ♦ 元気かい?」
「うん、お前の声を聞く直前までは元気だった」
「……♣ キミから電話してきたんじゃないか♠」
「別に用は無いんだけど、一応ヒソカの耳に入れておいた方が良いだろうな、って案件があってね」
噛み合っているのかいないのか、独特のテンポでヒソカと話を進めるのはキルアの兄、イルミだ。
ホテルに滞在中のヒソカは自室のソファに腰を下ろし、「なんだい?」とイルミに話の続きを促す。
「ウチにゴン=フリークスの暗殺依頼が入った」
「……っ!」
唐突な話題に、ヒソカは一瞬息を呑む。
ヒソカの返事を待たず、イルミは続ける。
「依頼人はエニグマ。まぁ当然、偽名だよね。依頼の成功報酬は二十億ジェニー」
「……引き受けたのか?」
尋ねるヒソカの声に普段のおどけた響きは一切無く、低く殺気を帯びている。
イルミは、肩をすくめているのが見えるような調子で「まさか」と返した。
「引き受けてたらヒソカに教えてないよ。親父が断った。……ま、俺は引き受けても良かったんじゃないかと思うけどね」
恐らく本心であろう言葉をサラリと口に出すイルミに対し、ヒソカは「もしキミがその依頼を受けるなら、ボクはキミの家族全員と遊んであげなきゃいけないね♠」と、彼にしては珍しくやや苛立ったように告げた。
イルミは、呆れたように溜息を吐いて「ま、どうせ返り討ちだろうけど」と返してから本題を続ける。
「とにかく、親父はその依頼を断ったし、俺も気になるからミルキに調べさせた。メールでの依頼だったから、送信元のホストや経由したネットワークとか、そういったものから送信者を割り出すのはそんなに難しいことじゃない。まして、ウチの弟はそういう分野に関しては明るいからね。でも、依頼人には全くたどり着けなかった」
イルミの言葉に耳を傾けるヒソカは、何やら思考を巡らせるように黙り込んでいる。
「報酬の二十億についても、子供一人殺す依頼にしては法外な金額だ。よっぽど恨まれてるのか、例えば遺産絡みとかで生きてちゃ困る理由があるか、一般的にはそういうのが依頼理由なんだけど、心当たりは?」
殺人を依頼することがそもそも一般的ではないはずだが、殺し屋にとってはそれが日常なのだろう。
イルミの問い掛けに対し、ヒソカはしれっと「無いね♦」と答えた。ちなみにヒソカは、ゴンの保護者でも友達でもなんでもない。聞く方も聞く方だが、答えるヒソカもヒソカである。
イルミは淡々と続ける。
「ネット上での身元を完全に消すには、相当の専門知識やスキル、それと金が圧倒的に必要だ。依頼人は、裏の世界での身の振り方をわきまえたプロってことだ。そんな人間が、ゴンの暗殺依頼をウチにしてきて、断られて、その後どうする?」
一人の暗殺者に依頼を断られれば、別の暗殺者に再度同じ依頼をするのが、至極当然な流れだろう。
ヒソカは不機嫌さを顔に出しながら「気に入らないな♣」と呟いた。
「青い果実は、美味しく実るまで刈り取らないのが、ルールだ♦」
言い切るヒソカに、イルミは「そんなルール、知らないけど」と冷たく言い放った。
「とにかく、そういうことだから。俺はちゃんと伝えたからね」
後で何があっても文句言うなよ、と暗に言いたげなイルミに、ヒソカは「ありがとう、助かったよ♠」と礼を告げた。
「ついでに教えておいてあげるけど、キルアたちは明日、アイジエンのピスタに着く予定だよ」
「それは知ってる♦」
「え?」
「え?」
不思議なテンポを刻んでいた会話が、一瞬途切れる。
しばしの沈黙を経て、ヒソカが安心させるようにイルミに言った。
「……別にキルアの居所を調べていたわけじゃないから、安心してくれて良いよ♦」
それは即ち、ゴンの居場所を調べていた、という意味だが、結局は同じことだ。
イルミは嫌悪感たっぷりに告げた。
「なんなのお前、ゴンのストーカーなの、キモチワルイ」
「キミだって似たようなものじゃないか♣」
「キルアは大事な弟だからね。お前と一緒にするなよ」
「ちょうど退屈していたから、遊び相手を探していただけさ♠ ……ま、キミのくれた情報のおかげで、退屈せずに済みそうだけど♦」
「ふぅん、それは良かった。それじゃ、勝手に遊んでてね」
最後はぶっきらぼうに切れた電話だったが、ヒソカは全く未練無く、通話終了と共に私用船の出航準備を整えさせる手配をしていたのだった。
真っ黒なオーラに飲まれたキルアは、突然倒れ込み、意識を失ってしまった。
呼び掛けても返事は無く、ゴンは降りしきる瓦礫の中、ぐったりと力を失ったキルアの身体を背負って、出口へと走った。
ゴンたちがなんとか地上へ這い出ると、先ほどまでの平穏な賑やかさは一転しており、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
逃げまどい、泣き叫ぶ人々の声。時折爆発音が鳴り響くのは、飲食物を提供していた露店のガスに引火しているのかもしれない。火薬と灰と血の匂いが充満し、粉塵と煙が立ち込める。
一体何が起こったのか全く分からなくとも、瞬時に判断し、最善の手を尽くすのがプロハンターだ。
サトツが肩を貸していた職員の男に呼び掛ける。
「ボルチモアさん、大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」
呆然としていた男は、サトツの声にハッと我に返る。
「は、ハイ……おかげさまで、わたしは無事ですが、しかし、他の皆は……観光客の方々は……」
わなわなと驚愕しうろたえる男を、サトツは叱咤する。
「まずは観光客の避難誘導が先決です。ここは危険です。自力で動ける方たちを安全な場所へ避難できるよう、誘導をお願いできますか。怪我人の救護は、我々が行います」
サトツがそう指示を出すのと同時に、他の職員らしき三、四人の男たちがボルチモアの姿を見つけて駆け寄ってくる。
仲間の姿を見て落ち着きを取り戻したらしく、ボルチモアはサトツに「わ、わかりました」と短く返事をして、他の職員たちの方へ向かった。
サトツが怪我人の救護にあたる、と言った「我々」とは、ゴンとキルアを含むはずだ。
しかし。
「サトツさん、キルアが目を覚まさないんだ!」
気を失ったキルアを背負ったままでは、救護活動もままならない。
困ったようにゴンは声を上げ、サトツも二人を見遣るように振り返ったが、次の瞬間、サトツはゴンが今まで見たことも無いような険しい顔をした。
「ゴン君! キルア君から離れなさい!」
「え?」
疑問の声を上げると同時に、ゴンは左肩がジワリと熱くなるのを感じた。
次いで、ゴンの背中からキルアの身体の重さがふわりと消える。
振り返ったゴンの目に映っていたのは、文字通り宙に浮くキルアの姿だった。
『凝』を使わずとも見えてしまうほどの真っ黒いオーラが、キルアの身体を地面から浮かせていた。
いつもは海のように静かで深い色の青い瞳は、今はまるでルビーのように真紅に輝いている。
「キ、キルア……?」
ゴンの問い掛ける声に、返事は無い。
真紅の瞳からは全く生気を感じられず、完全に別人になってしまったかのようだ。
見れば、キルアの左手が赤く濡れている。なんだろうと目を凝らせば、それが血であることがわかる。同時に、ゴンの左肩がズキンと痛んだ。先ほど熱を感じたのは、キルアに刺された所為だったのだ。
ゴンの肩から血が溢れ出し、緑色の服がどす黒く染まっていく。
しかし、痛みに構うことなく、ゴンは叫んだ。
「キルア……キルア! どうしちゃったの!? キルア、目を覚ましてよ!」
必死の呼び掛けも虚しく、キルアは全く表情を変えず紅い瞳は爛々と輝きを増すばかりだ。
悲壮感さえ漂わせて叫ぶゴンの後ろで、悔しそうな表情のサトツが苦々しく呟いた。
「おそらく……遺跡に封印されていた怨霊が、先ほどの爆発で解放され、キルア君に憑りついてしまったのかもしれません……」
「……! なんで!? サトツさん、そんなに危険は無いって言ってたのに……!」
視線はキルアに向けたままゴンが叫ぶと、サトツは絞り出すような声で返す。
「神像そのものが害をなすものでも無いため、怨霊が神像に封印されている状態ならば、特に危険は無いのです。近年、紛争も小康状態が続いていたので早急な危険は無いと判断していましたが、まさかこのタイミングで、こんな爆発が起こるとは……」
己の判断を悔やむようにサトツは零すが、常に後悔は先に立たない。
「どうしたらキルアは元に戻る!?」と切羽詰まって叫ぶゴンの問い掛けに、サトツは事前に用意していた護符を胸ポケットから取り出し、キルアに向かって飛ばしてみせた。
しかし、『周』でオーラを纏った護符は、キルアの体を覆う真っ黒いオーラに飲まれ、ジュッと音を立てて消えてしまう。
サトツは焦りの表情を見せて呟く。
「やはり、この程度の護符では焼け石に水です……もっと強力なアイテムか、除念師を連れてくるか、あるいは……」
その時、キルアの紅い眼が更に輝き、地の底から響くような低いうめき声が聞こえた。
『……コ、ロ、ス』
その言葉が発せられると同時に、漆黒のオーラの密度がぐんと上がる。
そこに居るのはキルアではなく、純然たる殺意と憎悪の塊でしかなかった。
それが発するオーラは最早「神」と呼ばれる者の領域だ。
ゴンは、目の前の存在にただ恐れ戦き、ひれ伏して許しを請いたい気持にすら陥った。
それでも懸命に己を奮い立たせていられたのは、姿形はキルアそのもので、なんとしても親友を取り戻さなければという使命感ゆえだった。
「キルア!」
ゴンは、ありったけの声と想いで叫ぶ。
「キルアお願い、元に戻って! キルア!」
しかし、必死のゴンの呼び掛けはキルアに届くこと無く、どす黒いオーラがあっけなく吸い込んでいく。
キルアの紅い瞳は、まるで虫けらでも眺めるようにゴンのことをチラリと一瞥してから、ゆっくりと首を巡らせた。遠くをじっと見つめている。方角は、東だ。
すると次の瞬間、キルアは視線の方向へと走り去って行った。反射的に、ゴンはその背を追う。
「ゴン君!」
ゴンの背後で咎めるようなサトツの声が上がる。相手にするには危険過ぎる存在だ、という警告だろう。それは、ゴン自身も十分に感じていた。だからこそ、放ってはおけない。
かけがえのない大切なものを取り戻すため、ゴンはひたむきに駆け出していた。
距離にして五キロメートルほど遺跡から離れただろうか。
乾燥した岩壁地帯に入り、ゴンは時々岩陰に隠れてしまうキルアの姿を追うことが難しくなりつつあった。
(こうなったら……!)
ゴンは足を止め、拳にオーラを集中させた。呼吸を整え、全神経を研ぎ澄ます。
「さいしょは、グー」
グン、とゴンのオーラが跳ね上がる――――!
「ジャンケン、パーーー!!」
掛け声と同時に、ゴンの掌からオーラが放出される。
ゴンの技は狙い通りキルアの進行方向にある岩を砕いた。視界が開け、同時に岩の破片がキルアの足止めになる。
(よし!)
キルアの背中とはまだ百メートルほど距離が開いている。ゴンは再びキルアに追いつかんと全力で前に駆け出す。
その時、キルアが振り返り、ギロリ、と紅い眼でゴンを睨みつけた。
射すくめられ、ゴンは恐怖で内腑の縮む心地がする。
次の瞬間、ギュン、と猛スピードで真っ黒い塊がゴンに向かってきた。
「!?」
咄嗟に右手を『硬』で覆い、ゴンは飛んできた塊を防ぐ。
それは、ソフトボールほどの大きさの真っ黒い念弾だった。弾と言うより大砲のような威力で、『硬』を使ったにも関わらず、それを受けたゴンの右手は痛みを伴いジンと痺れてしまっている。レイザーの球を小振りにしたようなものだ。
その驚異的なパワーの念弾を受けて、ゴンは思う。そもそもキルアは変化系でオーラを身体から離すのが苦手だ。それなのにこれ程の威力の念弾を放てるということは、意識のみならず能力までもサトツの言う『怨念』に乗っ取られてしまっているのだ。
悔しさと焦りを噛み締めるゴンに、更なる黒球が襲い掛かってきた。しかも今度は十個以上の念弾が同時にゴンを襲う――――!
「くっ!」
たまらずゴンは地面を蹴って宙に逃れた。念弾はゴンが元居た場所の後方の岩山を粉々に砕き、ゴンの眼下に粉塵が上がる。
しかしすぐさま砂煙の中から、更に追撃の念弾がゴンに向かって飛んできた。空中では避けられない。ゴンはダメージを覚悟で『堅』で身体を覆う。
すると突然、ゴンの背中がもの凄い力でグンと引っ張られた。まるで逆バンジージャンプのように、ゴンの身体はグーンと宙を舞う。
(……あれ? バンジー?)
身に覚えのある感覚に戸惑いつつ、ゴンは引っ張られるまま宙を舞い、やがて大きな手にガシッと首根っこを掴まれた。
「おやおや♥ 楽しそうだね、鬼ごっこかい?」
頭上から降ってきた聞き覚えのある声に、ゴンは思わず顔を上げる。
「ヒソカ!?」
ゴンが驚きの声を上げると、ヒソカはニッコリ笑んで「やあ♥」と愉しそうに挨拶してみせた。
ゴンの背を引っ張ったのはヒソカの能力『バンジーガム』で、それによって自分は助かったのだとゴンは瞬時に理解できたが、挨拶よりも謝辞よりも、今のゴンにとってはキルアを追うことが先決だった。
「離してヒソカ! キルアを追わなきゃ!!」
ヒソカに首根っこを掴まれたまま、ゴンはジタバタと暴れる。その様子は、飼い主に掴まれた子犬か子猫がもがいているようだ。
しかしゴンの抵抗虚しく、ヒソカに手を離す気配は無い。
「慌てるなよゴン♠ キルアを追うなら、もっと適任者が居るさ♦」
「え?」
ヒソカの言葉にゴンがキョトンと返事をすると、岩山の上に立つヒソカは促すように眼下に視線を落とした。
それに従いゴンも視線を下に向ければ、先ほどキルアの念弾が砕いた岩の粉塵の向こうから、長い髪を持つ長身のシルエットが浮かび上がってきた。
その姿を見て、ゴンはにわかに緊張する。
「……イルミ」
やや苦々しく、その名を呟いたゴン。
ハンター試験の際に一度会ったきりだが、ゴンはイルミのことが苦手だった。嫌いと言ってもいい。
「家族だから」「愛情だから」と自分都合の理由を押し付けて、キルアに望んでもいない人殺しをさせ続けてきた人物だ。彼はそれらの行為を残酷なことだとは全く認識していないから、性質が悪い。
イルミはヒソカとゴンの姿を見つけると音も無くスッと跳び、ヒソカたちと同じ岩山の上に降り立った。
「おや、もう良いのかい? 鬼ごっこは終わり?」
意外そうに尋ねるヒソカに、イルミは短く「ああ」と答える。
「発信器はつけたから、動きは把握できる。それより……」
言いながら、イルミは冷ややかにゴンを見つめた。
「一体何が起こっているのか、説明してもらおうか、ゴン」
見下す視線と口調はとても高圧的で、やっぱりイルミのことは嫌いだとゴンは再認識した。