青い空と褐色の大地。乾いた空気は土の匂いがする。
四方を海に囲まれたくじら島で育ったゴンには馴染の薄い匂いだが、大陸から吹く悠々とした風は心地良い。
燦々と降り注ぐ強い日差しに手をかざしながら、ゴンは丘の上から壮大な景色を見下ろした。
「うわぁー! すごい広い、すごい大きい、人もいっぱい!」
大きな瞳を更に真ん丸くして、ゴンは嬉しそうに叫ぶ。
隣のキルアも「ホントだ、すっげー!」と声を上げて目を輝かせた。
明るい土色の大地には白いテントがいくつも広がり、行商人や観光客が多く行き交っている。屋台も出ているのか、ジュージューと物の焼ける音と美味しそうな匂いもどこからか漂ってくる。
グゥと鳴りそうなお腹と逸る気持を抑えて、「早く行こうよ、キルア!」とゴンはキルアを振り返る。
キルアも大きく頷き、二人は元気いっぱいに丘を駆け下りて行った。
此処はアイジエン大陸西部、ピスタ王国。東にカキン帝国、西側にはナンというアイジエン一、二の大国に挟まれた小国だが、豊富な資源で国庫は潤っており国民の生活水準は高い。
そんなピスタの西のはずれ、隣国であるナンとの国境近い辺境の小さな村は、今やテーマパークさながらの賑わいを見せていた。
ゴンとキルアが訪れているのは「カナン遺跡」と呼ばれている場所だ。この遺跡は三年ほど前に発掘されたもので、出土品を近隣の博物館へ積極的に展示したり、一般人が訪れやすいように道路の舗装や環境整備を推進した結果、世界的にも有名な観光地として脚光を浴びるようになった。
ちなみにこの遺跡を発掘した人物は、ゴンの父親ジン=フリークスである。
丘を下り、人波にもまれながら、ゴンとキルアは四方八方をキョロキョロと見回す。
郷土品らしい布やアクセサリーを並べている露店から飲食物の屋台まで、多くのテントが立ち並び、まるで祭りかイベント会場か何かのような様相だ。
ゴンは魅惑的な品々の誘惑と懸命に戦いつつも、お伺いを立てるようにそっとキルアの様子を見てみれば、なんとキルアの両手には食べ物がたくさん乗った紙皿や串がいつの間にか握られたいた。
「なんだよキルア! いつの間にそんなに買ったの!? オレ、キルアが怒るかと思って我慢してたのに!」
勝手な行動を取ってキルアに怒られるのが日常茶飯のゴンとしては、買い物をするのはせめてキルアの許可を得てから、などと珍しくお行儀の良いことを考えていたのだが、そんな時に限ってキルアに先を越されているのだ。
肩透かしを食らった感いっぱいのゴンは一人でプリプリと怒っている。が、怒られる筋合いの無いキルアは「はぁ?」と首を傾げ、口の中いっぱいに頬張った肉の串焼きをモグモグしながら「お前も買ってくりゃ良いじゃん」と唇を尖らせて告げた。
「言われなくったって買ってくるよ! キルアよりいっぱい食べてやる!」
妙な対抗意識を燃やしてゴンはいざ買い食い、と意気込むのだが、キルアは「ついでに焼き鳥あと二十本買ってきてー」とゴンの背中にのほほんと声を掛けた。
ゴンは、「嫌だ」とも「わかった」とも言えず、「むぅ」と変な唸り声を返した。
そんな他愛の無いやり取りをしている二人のことを呼ぶ人物が居た。
「ゴン君! キルア君!」
名を呼ばれて、二人は声のした方を振り返る。そこに在った懐かしい顔に、ゴンは笑顔を弾けさせた。
「サトツさん! 久しぶり!」
ゴンとキルアが初めて出会ったハンター試験の一次試験担当官だった人物である。試験の時と同じく飄々とした様子で表情はわかりにくいが、サトツはどことなく嬉しそうだとゴンたちは感じていた。
ちなみに、サトツの手にもよく焼けた肉の刺さった串が大量に握られており、ゴンは内心後れを取った感を更に強めていた。
「お二人とも元気そうで何よりです」
駆け寄ってきた二人の少年に、サトツは穏やかに声を掛けた。
すると次の瞬間、シュッと音がしたかと思うと、サトツの手にあった串の何本かが空になっており、サトツの口の辺りがモゴモゴと動いていた。
どこに口があるのかもよくわからないのに、目にも止まらぬ早業で肉を平らげたその所業に、ゴンもキルアも目を丸くした。
気を取り直すようにゴンはブンブンと頭を横に何度か振ってから、勢い込んでサトツに話し掛けた。
「サトツさん、この遺跡のこと、教えてくれてありがとう! すごい賑わっているんだね。オレ、遺跡発掘現場なんて、もっと地味でガクジュツ的な場所なんだと思ってた」
子供らしい意見に、サトツは「フフッ」と目を細める。
「勿論、ゴン君がイメージしているような発掘現場も世界にはたくさんありますよ。ただ、此処はジンが環境を整備したことと、商才豊かなピスタ人の気質が相まってこのような賑わいに発展したのでしょうね」
サトツの説明を受けて、ゴンたちはなるほどと何度も頷く。こんなお祭りのような状況が遺跡発掘のスタンダードな姿ではないと判明して、腑に落ちたといった表情をしている。そもそも、二人は遺跡についての知識は皆無に等しい。
そんな二人の様子を見て、サトツが申し出た。
「肝心の遺跡を見学する前に、私でよろしければ、この「カナン遺跡」についてレクチャーいたしましょうか?」
それを断る理由など、二人には何一つ無い。
「お願いします!」
声を揃えて二人が言うと、サトツは、今度は二人の目から見ても明らかに笑った顔で「喜んで」と答えた。
が、次の瞬間ついにゴンのお腹がグゥと鳴ってしまい、ゴンは頬を赤らめ、サトツはクスクス笑いながら「腹ごしらえをしながらお話ししましょう」と、露店の前にいくつか設けられた椅子とテーブルを示した。
その間に、サトツの手の中にあった串は再び何本かが空になっていて、一体サトツの口はどのような仕組みになっているのか、ゴンもキルアも不思議に思うばかりだった。
ゴンとキルアがこの遺跡を訪れたきっかけは、ゴンのホームコードに残されていたサトツのメッセージだった。
曰く「三年前ジンが発掘した「カナン遺跡」で、つい最近大発見がありました。ジンの功績を知る意味でも、この機会に訪れてみてはいかがですか? 私も近日中に訪れるつもりですので、もし予定が合えば現地でお会いしましょう」。
ゴンがそれを聞いたのは三日前。メッセージに入っていたサトツのホームコードにゴンが連絡を入れると、すぐに折り返しで電話が掛かってきた。
ジンに関する手掛かりを探す意味でも、ジンが発掘した遺跡を一度は訪れてみたいと常々思っていたゴンだ。
折角の機会だからと、サトツとも予定を合わせ、キルアと二人でこのピスタ国にある「カナン遺跡」を訪れた、という次第である。
屋台の目ぼしい食べ物を食べ尽し、すっかり満腹になったゴンとキルアは、食後にヨーグルト味の冷たいドリンクを飲みながらサトツの話に耳を傾けていた。
「そうですね、まずはこの地域に伝わる神話について、お話ししましょうか」
そう切り出したサトツは、語り部のように朗々と物語を紡ぎ出した。
昔々、楽園のごとく栄えた王国がありました。
国王は神のように崇められ、父のように慕われる人格者で、王国を繁栄に導きました。
王には二人の息子がありました。
兄は非常に頭が良く努力家でしたが、猜疑心が強く嫉妬深い性格でした。
一方弟は、優しく穏やかな性格で、周囲の力を上手に借りながら物事を成し遂げていく人物でした。
王宮に仕える人々は皆、明るくいつも笑顔で接してくれる弟を慕い、いつしか彼が次期国王になってくれたら良いと密かに望むようになりました。
当然、兄がそれを面白く思うはずはありません。
兄は国王である父に認めてもらいたくて、学業も武芸も必死に鍛錬しました。
その甲斐あってか、知識の量でも腕っぷしでも、兄は弟を凌駕していました。
それでも民衆は弟を慕い、父は弟に対してのみ優しく笑いかけ、逆に兄には冷たく厳しく当たりました。
どんなに努力をしても、父は兄を認めてくれません。
やがて兄は、弟への激しい嫉妬と憎しみから、弟を殺してしまいます。
それを知った父は激怒し、王国の東の果てに兄を追放しました。
追放された兄は、己の罪深さを嘆き悔い改め、血と汗と涙を流しながらひたむきに大地を開墾し、やがてカナンを建国したのでした。
「その後、兄はカナンの国を隆盛させ、繁栄を築きます。兄の建国したカナンが現在のピスタの元となったと伝えられてきましたが、楽園のような王国も兄弟についても、おとぎ話として語り継がれてきたに過ぎませんでした。しかし……」
「神話の世界と思われてきた話が、実は史実だったってオチね」
頭の回転の速いキルアがサトツに先んじて言葉の続きを告げると、サトツは満足そうに頷いて「その通りです」と返した。
「三年前、ジンによって「カナン遺跡」が発見され、今まで架空の物語と思われてきたカナンの伝説が、約二千年前に栄えた実際の王国だったと証明されました。これは世界的、歴史的に見ても大きな発見でした。その後もジンが出資しているNPO法人によって調査が進められ、今回、この神像が遺跡の地下深くから発見されたのです」
言いながら、サトツは一枚の写真を差し出した。そこには、土を焼いて作られたらしき像のようなものが写っている。
その像の表情は穏やかだ。
しかし。
「……オーラが見えるね」
神妙な顔つきで呟いたゴン。『凝』を用いて写真を見ているのだ。
サトツは、再び満足そうに頷いた。
「そうなのです。しかも、どちらかと言うとどす黒いオーラです。……まぁ、死後念が強まった形のいわゆる『怨念』であるならば、清浄なもので無いのが一般的ですが」
フム、とやや困ったようにサトツが告げる。
ゴンは、首を傾げてサトツに尋ねた。
「死後の怨念、って、このオーラが誰のものなのかもうわかっているの?」
ゴンの素朴な質問に、サトツは「勿論、推測の域を出ない話ですが」と前置きをして答える。
「この「カナン遺跡」自体は直径十キロメートルほどもある巨大な古代都市の跡ですが、神像が出土したのは恐らく神殿として利用されていた施設ではないかと目されています」
神殿、とゴンは小さく呟き、サトツは頷く。
「カナンでは何者を祀っていたのか。土着の宗教の神々の可能性も考えられましたが、この地域の他のどの場所からも同じような様式や形状の像は見つかっていません。カナン建国の後に建てられ、祀られた神に違いないのです。そこで、先ほどの神話の登場人物についてですが、父親はカナン建国の祖である兄を追放した人物です。しかも怨念を残して死んだとも考えられにくい。とすれば、兄か弟のどちらかになりますが……」
「だったら、兄貴に殺された弟の方の怨念である可能性が高い、って訳か」
難しい顔で続けたキルアに、サトツは「そういうことです」と返す。
「兄はカナン建国後、弟を殺してしまったことへの罪の意識から、贖罪の為にも弟を神格化し、国を挙げて祀り上げ供養しようとしたのではないでしょうか。発掘された神像も――――高さ三十センチメートルほどの大きさらしいですが――――弟の容姿に似せて作らせたものではないかと考えられています。しかし、その行為が仇となったと言うべきなのか、神像には実際に弟の霊が宿ってしまった訳です。自分を殺した兄への恨みや憎しみと共に」
サトツは苦々しく語るが、何度その写真の中の像を『凝』で見てみても、ゴンにはそれほど禍々しいオーラには見えない。
ただ、どことなく哀しんでいるような、泣いているような雰囲気が感じられた。
「ていうかさー、そんな危ねーもん、掘り起こしちゃって大丈夫だったのかよ? 二千年も前の怨念なんか、どんな除念師だって祓えないだろ」
呆れたようにぼやくキルアに、サトツはとぼけた様子で「そうなんですよ」とのんきに答えた。
サトツの態度の軽さとその言葉の内容のギャップに、キルアは思わずずっこける。
「そうなんです、って、それってヤバいんじゃ……」
「ご心配なく。そういった霊障を引き起こす類のアイテムの保管もハンター協会の任務のひとつです」
言いながら、サトツはスーツの胸ポケットから数枚の紙切れのようなものを取り出した。
「それなぁに? お札?」
覗き込むようにしながらゴンが尋ねる。サトツは「そのようなものです」と返した。
「私本来の仕事とは違うのですが、遺跡発掘の過程でいわくつきの品物が出てきてしまうこともままありますので、時々こういったものを使います。文化的な大発見も勿論大切ですが、最優先すべきは人々の安全ですので」
サトツの言葉にへぇぇ〜と感心する子供たちだが、サトツは首を傾げて「そうは言っても」と続ける。
「余程差し迫った危険性が無い限り、発掘者であるジンの許可無く神像を持ち去ることなどできません。この遺跡を管理しているNPO法人の方々もプロですから、こういった事態も想定内でしょう。彼らの見解を調査し、危険性を見極めて神像の処遇を決めるのが今回私が此処を訪れた目的でもあります」
「それじゃあ、サトツさんは仕事で此処に来たの?」
完全に観光目的で訪れた自分たちが一緒では、むしろ邪魔になってしまうのではないかと不安になって発したゴンの質問だったが、今度ははっきりとニッコリ笑ってサトツは言った。
「ご心配なく。仕事と言うより、そういった口実をつけてハンターとして訪問すれば、遺跡の奥深くまで立ち入ることが出来るはず、という目論見を持っているだけですから。あくまで趣味と言いますか、憧れのハンターが発掘した遺跡への表敬訪問といったところですよ」
そう言われて、「そっか」とゴンは顔を綻ばせる。安堵したのと、自分の父親のことを言われて嬉しいのとが混ざった、くすぐったい気持だった。
しかし傍らで、キルアは何やら難しい顔をして言った。
「いや、でも、やっぱり危ないんじゃないの? その神像って。祟りとか……」
キルアの心配にサトツはフム、と頷いてから安心させるように言い含める。
「勿論、危険が無いとは言えませんが、そもそも絶対的に危ないものでしたら、観光地化された時点で何らかの影響が出ているはずですからね。ところがこの三年間、特に大きな事故も無く、今までこの地域で続いていた紛争も遺跡の発見のおかげで一時休戦となっているくらいですから、むしろ平和なものですよ」
サトツはそう言うが、キルアは「でもさぁ」と何か言いたげに難しい顔をしたままだ。
その様子に、ゴンは「あっ」と気付いた。
「サトツさん、キルアはね、こう見えておばけとかが怖いんだよ」
「バッ……! おまっ、何言って……!」
顔を赤らめてキルアはバツ悪そうにゴンを睨みつけるが、対照的にゴンはウキウキと嬉しそうにサトツに話す。
「この間もね、テレビでやってたジャポン製のホラー映画をホテルで一緒に見たんだけど、見終わった後、キルア一人で寝られなくなっちゃったんだよ。だからオレ、一緒に寝てあげたんだ」
「うーーるせぇなああぁ! 余計なこと喋ってんじゃねぇよ、お前はよぉーー!!」
顔を真っ赤にしたキルアは、己の恥を晒された仕返しとばかりに、ゴンをヘッドロックしてこめかみに拳をギリギリと当てた。「痛いイタイいたい!」とゴンは笑いながら悲鳴を上げる。
そんな二人の様子を、サトツは微笑ましげに眺めながら、彼らと出会ったハンター試験の時の様子を思い出す。
実の兄に怯えながら「ゴンと友達になりたい」と切実な思いを吐露したキルア。今のキルアからは、あの頃の怯えや引け目のようなものはほとんど感じられない。
願うでも望むでもなく、二人が自然と今の状態に落ち着いたのだと思うと、今、此処へ至るまでに数々の苦難や冒険を乗り越えてきたことは容易に伺える。
傷つき、時に挫折し、励まし合いながら、きっと二人はこうして成長してきたのだろう。
その入口で二人を迎えた立場の者として、一回りも二回りも成長した二人の姿に親心にも似たものをサトツが感じてしまうのは、至極当然のことだろう。
などと感慨深い気持に浸るサトツのことはいざ知らず、二人はギャーギャー喚きながら追いかけっこを始めたのだった。
テントが立ち並ぶ遺跡への通りを歩みながら、キルアは周囲の様子を見渡す。
「……さっきも言ってたけど、本当に平和になったんだな、この辺」
観光客への声掛けに勤しむピスタ人たちを横目に捉えてどこか感慨深げに呟くキルアに、サトツは少し不思議そうに「以前も訪れたことがおありですか?」と尋ねる。
「うん。二、三年前までは半年に一回くらい来てたかも。暗殺の仕事で」
なんでもないことのようにケロッと答えたキルアだが、尋ねたサトツの方は気まずそうに表情を曇らせた。
それに気づいたキルアは「あ、大丈夫だいじょうぶ。別に触れてほしくない過去とか、全然そんなんじゃないから」とあっけらかんと笑って手を振った。
「そうですか……」とサトツは複雑そうな顔を見せるが、キルアは気に留めず、視線を上に向けながら過去の話を語る。
「ピスタの銀行家だったり、ナンの最新科学技術者だったり。政治絡みの仕事より、国力の増強に必要な人材を始末して欲しいって依頼が多かった気がするな」
当時の緊迫した国際状況を思い出しながら、キルアは俯いて呟いた。
平和な世の中であれば、人々の生活をより良いものにする為に己の能力を存分に発揮することができたはずの才能ある人材を、キルアは何人も闇に葬り去った。
軍拡に深く携わっていたというのが命を狙われた大きな理由だが、それらの研究や投資が果たして被害者たちの本意だったのか、今のキルアには知る由は無い。
何となく沈んでしまった空気を、ゴンがのほほんと掻き消した。
「そんなに紛争が多かったの? この辺って」
小首を傾げてのんきに尋ねるゴンを、一瞬無言で見遣ってから、キルアはハァ、と溜息を吐いた。
その態度で、流石のゴンも明らかにバカにされたと理解できたのか「なんだよ! オレ、何か変なこと聞いた!?」とプリプリ怒り出す。
「いや……そうだよな、お前、ニュースとか見ないもんな」
呆れたように零すキルアだが、ゴンは毅然としてキリッと反論する。
「だって必要ないもん! 風とか空を見れば、その日の天気なんてわかるじゃん!」
「バカかお前は! ニュースってのはお天気コーナーだけじゃねぇんだよ! 政治・経済・国際情勢、そういう報道がむしろメインだろが!」
真っ直ぐでとんちんかんなゴンの主張をキルアがバッサリ両断すれば、ゴンは思わず「うぐっ」と口ごもってしまうが、「でも、そういう難しい話、オレには関係ないもん」と拗ねたように付け足した。
「……まぁ、そりゃ、オレにも関係ないけどさ……」
どうしてニュースの話題ごときで言い合いになるのか、いまいち釈然としない表情でキルアもブツブツ呟く。
その様子を、ホッホッと笑いながら眺めていたサトツが「関係ないとも言いきれないかもしれませんよ」と言葉を挟む。
「先ほども申し上げた通り、この地域の紛争の沈静化には「カナン遺跡」の発見が大きく寄与しています。ピスタの隣国であるナンとの国境付近で発見された文化的財産を、争いの為に破壊するわけにはいかないという意識が両国にあった訳です。何度も統廃合を繰り返してきましたが古くはナンとピスタは一つの国であり、カナンの伝説も両国に伝わるものでしたし、そもそも「カナン」の名前はこの地域の古い言葉で「ナンの東側」という意味ですから」
再び始まったサトツの講義を、二人の子供はへぇぇと目を丸くして聞いている。
そんな二人に、サトツは諭すように言い含める。
「勿論、「カナン遺跡」発見による紛争の沈静は付随的な結果に過ぎませんが、ハンターとしての活動や業績は、良くも悪くもこういった国際問題にまで影響を及ぼすこともある訳です。遠くの国で起こっている戦争や飢饉についても、ハンターである以上、いつ何時身近な問題として降りかかってくるかわかりません。情報収集について、アンテナ感度を高めておいた方が後々便利かもしれませんよ」
最終的にハンターとしての心構えのように教え諭され、二人は大人しく「はぁい」と返事をした。
「それで、このピスタと隣の国のナンがずっと争ってきた、ってことで良いの?」
先ほどのキルアとサトツの話を総合して考ればゴンでも導き出せる答えを確かめると、二人はその通りと頷く。
「でも、さっきサトツさん、二つの国は元々ひとつだったって言ってたよね。どうして分裂しちゃったの? さっきの神話の……二千年も前のことがきっかけなの?」
生徒が教師にものを尋ねるがごとく質問するゴンに、キルアが横から「オレ知ってるぜ」と言わんばかりに「人種問題が原因なんでしょ?」とサトツに確認する。
サトツは微笑ましげに目を細めて「それも勿論ありますが」と前置きした。
「ナン人は褐色の肌を持ち、ピスタ人はご覧の通りアイジエン大陸に多い黄色人種です。しかし、彼らは元来、肌の色で他者を区別するようなことはありませんでした。その区分を決めたのは先の大戦でこの地域を植民地支配していた当時の列強諸国――――今でいうV5の代表国です」
サトツの言う「先の大戦」とは、今から七十年近く前に起こった世界大戦のことだ。ゴンもキルアも、当然教科書に書いてある程度の知識しか持っていない。
「当時ひとつの国だったナンの人々は勿論独立を強く望んでいましたが、今後の発展と成長の為にV5の管理を一時的に受け入れることは止む無し、というのが大半の考え方でした。しかし、民族独立を強く主張したのが現在のピスタ人です。ナン側は統一国家を目指しましたが、ピスタの主張は強硬で歩み寄りを見せず、結果、元々はひとつだった国土に国境線が刻まれました。西側をナン、東側をピスタとして、人種によって住む地域を限定したのです」
これが学校の歴史の授業だったらゴンもキルアも既に眠くなっているところかもしれないが、今現在訪れている国の成り立ちに関する話でもあるし、サトツの語り口は柔らかく解りやすい為、二人は興味津々といった様子で耳を傾けている。
サトツは、少し声を落として続ける。
「住む地域を限定された、ということは、現在のナンの国土に住んでいたピスタ人、逆の立場のナン人は先祖代々住んでいた家を捨て、強制的に移住させられることになりました。その際、両国で大勢の難民が生まれ、大きな混乱が起こりました。抗議活動やテロ行為も多く行われ、その度に紛争が起こり、犠牲者の数は両国合わせて五十万人とも言われています」
「五十……万人……」
ゴンは目を丸くして固唾を飲む。五十万と言えば、ちょっとした都市の人口と同じだ。
サトツは、神妙な顔つきで頷く。
「一連の紛争は「ナン・ピスタ戦争」として歴史の教科書にも載るほどの凄惨な争いになってしまいました。その時の禍根が両国にいまだ根強く残っているのです。その結果、近年に至るまで、特にこの国境近い区域では紛争が絶えず繰り返されてきましたが、何度も申し上げている通り、ジンによる「カナン遺跡」の発見により、直接的な武力衝突はこの二、三年はほとんど起こっていません」
ご覧なさい、とサトツは周囲の様子を見てみるよう促す。
「露店を開いているのはピスタ人ですが、観光客の半数はナン人です。国境が近いこともありナンからも観光客が訪れるようになりましたが、このような光景が見られるようになったのはこの一年程度です。勿論、国同士の関係は修復しておらず、兵器の実験も競うように繰り返されていますが、こうした小さな歩み寄りが少しずつ見られるようになったのも事実です」
ナン人と見られる家族連れが露店に立ち寄り、ピスタ人の店主から子供が砂糖菓子を受け取っている。店主は笑顔で見送り、子供ははにかみながら小さく手を振った。
そんな光景を、ゴンは感慨深い気持で見ていた。
「……ハンターには、そんな力もあるんだね」
「そうですね」
サトツは穏やかに返すが、釘を刺すように「ですが」と付け加えた。
「これは結果に過ぎません。ハンターとしての本来の目的は、あくまで「未知の探求」です。戦争の無い平和な世界の実現が目的ならば、政治家にでもなれば良いのです。お二人はそのようなことは無いとは思いますが、目的を履き違えることの無いようお気を付けください」
その言葉に、ゴンとキルアは一旦顔を見合わせてからサトツに向き直り、元気に「ハイ!」と返事をした。
それを受けて、サトツは満足そうに頷く。
「さあ、講釈が長くなってしまいましたが、肝心の遺跡の中に入りましょうか。二千年前のロマンを、存分に味わいましょう」
号令を掛けるようにサトツがそう言い放つと、ゴンは元気良く「オー!」と拳を掲げてサトツについて行く。
キルアも遺跡散策を楽しみに後に続くが、胸の奥には先ほどの話が小さく燻っていた。
ゴンの父親はハンターとして偉業を成し遂げ、ピスタとナンの停戦に一役を買った。それに対し自分たちゾルディック家は、紛争を泥沼化させるような暗殺を繰り返してきた。
父や兄、そして過去のキルア自身の所業を卑下するつもりは全くない。職業に貴賎なし、などと自らが言うのはおこがましいかもしれないが、プロとして誇りを持って要人たちを暗殺する家族――――特に父親のことは尊敬しているし、格好良いとも思っている。
それでも、自分たちの所為で戦争が長引き、自分が殺した標的の上に罪も無い人々の屍が無数に積み重なっていったのだと思うと、キルアの胸にはやるせない気持がこみ上げてしまう。
血に濡れたこの両手でも、いつかハンターとして何かを掴むことが許されるのだろうか。
キルアは眩しそうに目を細めながら、ゴンの背中を見つめていた。