あおいいろは何の色?
 きらきらひかる海の色。
 とおくひろがる空の色。


 とてもきれいな瞳の色。



















「キルアが、手袋をしてくれないんだ」
「・・・何言ってんだ、お前?」


 ヨークシンにて買出しに出たゴンとレオリオ。
 冷たい風を受けながら、大きな荷物を抱えて歩いているゴンは、困ったように眉尻を下げ、口をへの字に曲げながら呟いた。しかし、前後の文脈の無い一言に、レオリオはとりあえず疑問の声を上げる。


 ゴンは顔を上げ、レオリオの顔を見つめる。
 しばし、無言でジッと見つめた後、ハァと残念そうに溜息を吐いた。


「あ゛!? なんだ、今の溜息は!? まるでオレに話しても無駄だと言わんばかりの態度じゃねーか!」
「・・・・・・」
 激昂するレオリオの言葉が、まんま自分の心境を捉えていたので、ゴンは逆に渋い表情になってしまう。
 ゴンはもう一度小さく溜息を吐いてから、ポツリポツリと話し出した。


「2週間くらい前にね、キルアに手袋を買ってあげたんだ」
「なんでだ? 誕生日か? クリスマスか?」
「・・・何でもない日だけどさ! 別にいいじゃん、あげたかったんだから」
 どうもレオリオ相手だと会話のリズムがおかしくなり、ゴンは苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。


 本当はクラピカの方が相談相手としては適しているのだろうが、残念ながら音信不通状態で、こんな世間話じみた相談をできるような状況でないのは明らかだ。
 ゴンは、本日何度目かの溜息を吐いてから、悩み相談を続けた。


「オレがひとりで勝手にあげたくなって、プレゼントしたんだけど、2週間経っても一度も着けてくれてないってことは、気に入らなかったのかなぁ・・・」


 たまたまゴンが通り掛った道沿いのショーウインドーに飾られていた、鮮やかなスカイブルーの手袋。
 目に飛び込んできた瞬間、キルアのために、と思ってゴンは半ば衝動的にその手袋を買ってしまったのだ。




 2人きりで居る時にだけ繋ぐキルアの手は、いつもとても冷たいから。
 せめて、少しでも寒さが和らぐようにと、ゴンが想いを込めて渡したプレゼントなのに。




(・・・迷惑、だったのかなぁ・・・)
 気分が重くなり、シュンと黙り込んでしまうゴン。


 この2週間、今年最大級の寒波が襲った日があり、粉雪が舞った日もあった。
 それなのに、キルアがその手袋をしている姿を、ゴンは一度も目にすることはなかった。


 落ち込むゴンの横で、レオリオが「ぶえぇ〜〜っくしょぉーーい!!」と盛大にくしゃみをする。
 つくづく、会話を成立させない男である。
 あー、だか、うー、だか、唸りながら鼻をすするレオリオは「まったく・・・」と忌々しげに呟いて、俯くゴンの頭を大きな手で鷲掴みにした。
 頭を持っていかれそうな感覚に、ゴンは思わず「わあぁぁ!」と叫んで視線を上げる。


 ゴンが顔を上げると、呆れたような表情のレオリオと目が合った。
 今度は、レオリオが溜息をひとつ吐く。


「おめーが何を気にしてるのか、さっぱりわかんねーけどよ。そんなモン、本人に聞けばいい話じゃねーか」
 な? といつもの笑顔を浮かべるレオリオ。


 何ひとつ解決などしていないのに、見ているだけで、どんなことでもなんとかなりそうな気になってしまう、レオリオ特有の笑顔。
 ゴンは、苦笑と安心が混ざった、複雑な笑みを浮かべた。


「・・・本人に聞くに聞けないから、こうして話してるのに・・・」
 そうこぼしながらも、気になるならやっぱり直接聞くしかないか、と腹を括るゴン。
 そんなゴンの決意に追い討ちをかけるように、レオリオが「んじゃ、お前が聞けないならオレから聞いてやろうか?」などとまんざらでもなさそうな様子で余計なことを言うものだから、ゴンは慌てて「いいよ、大丈夫だよ! 自分で聞くから!」と宣言してしまう。
 その言葉に、レオリオは『してやったり』の笑みをニッと浮かべる。


「まー、若いんだから正面からぶつかっていけばいいんだよ。ひとりで気にしてウジウジ悩んでるなんて、お前さんらしくねーよ?」


 レオリオも若いはずなのに・・・と、やたらオッサンくさいその言葉を聞きながら、ゴンは相談する前よりもずっと気分が浮上していることに気付いた。


「レオリオ・・・ありがと」
 少しはにかみ気味の笑顔で礼を言うゴンに、レオリオは再び盛大なくしゃみで返事をした。














 翌日。
 目を覚ますと、世界は一面の雪景色。夜のうちに降り積もった雪が、街を純白に覆い隠していた。


 その景色を見て、じっとしていられるゴンとキルアのはずもなく。
 朝食もそこそこに、ホテル近くの公園へと2人競うように駆け出していった。


 まだ誰にも踏まれていない新雪に、いち早く足跡をつけようと、2人無邪気に広場を駆け回る。
 悪戯心を刺激されたキルアが、ゴンを後ろから突き飛ばし、つんのめって転んだゴンの身体が白い大地に人型の跡を残す。
 キャハハ! と響くキルアの笑い声。
 してやられたゴンは顔の所々に雪の結晶をつけながら起き上がり、むうぅぅと不機嫌面を下げてキルアの腕を引っ張る。倒れ込むキルア。
 2人、雪まみれになりながらじゃれ合って、雪原を転がり合う。


 その間に、ゴンの右手を掴んだ、キルアの手。
 相変わらずの素手で、その温度はきっと、真っ白い雪よりも冷たかった。
 ゴンは、その冷たい手をギュッと握り返す。


「・・・ゴン?」
 掴まれた手の力に戸惑い、キルアは声を上げる。
 雪の上に座ったまま、ゴンは一度俯いて、再び顔を上げキルアの眼を見つめる。


 とてもきれいな青い色。
 あの手袋の鮮やかな青色を見た瞬間、真っ先にゴンが思い出したのは、このきれいな眼だったから――――キルアに着けて欲しいと思ったのに。


「ねぇ、キルア・・・」
 ゴンは言いかけて、また、言いよどむ。
 自分が傷付かないように、最悪の答えを想定してから言い出そうと思うが、答えを予想する段階で苦しくなって言葉が詰まってしまう。


 気に入らなかったんだろうか。
 迷惑だったのだろうか。
 手袋なんてチープな贈り物、キルアには子供だまし程度で嬉しくもなんともなかったんだろうか。


 仮定の答えなのに、想像するだけで胸に苦い気持が込み上げて、ゴンは思わずギュッと目をつぶる。
 口の中がカラカラに乾いて、グッと唾を飲み込んでからゴンはひとつ、大きく息を吐いて目を開けた。


 そこにあるのは、心配そうにゴンの表情を覗き込む、キルアの顔。
 ゴンは静かに言った。




「ねぇ・・・どうして、手袋、してくれないの?」




 ゴンが、その言葉を発した瞬間。




 一瞬、驚いたような表情を浮かべたキルアの顔が、ボッと真っ赤に染まった。




 キルアは、ゴンの手を振り払うように解き、立ち上がってゴンに背を向けた。
 右手で顔を隠すように覆い、冷えた手で火照った頬を冷ましているようにも見える。
 その、想定外の反応に、ゴンは面食らって言葉を失う。


(え・・・? キルア、なに・・・?)
 戸惑い、呆然としているゴンに、キルアは背を向けたまま、ボソボソと呟いた。


「・・・ひとりの、時は・・・してる・・・」
「・・・え?」
 キルアの言葉を聞き返すゴン。
 背中を向けたままのキルアは、耳まで真っ赤にしている。


「ねぇ、キルア、それってどういう・・・?」
 首を傾げて尋ねるゴンを、顔を真っ赤にしたままのキルアが振り返って叫んだ。


「あーーー! だから、お前、察しろよ!!」
 言い捨てると、キルアはゴンの手を掴んで引っ張り上げて、座ったままだったゴンの身体を立たせてやった。
 そして、ゴンの手を掴んだまま、キルアはコートのポケットに、自身とゴンの手を突っ込んでそっぽを向く。


「お前と居る時は・・・手を、つないで、いたいから・・・」


 体温を、直接感じていたいから。
 とまでは言えなかったキルアだが、耳まで真っ赤にして目も合わせずになんとかそれだけをゴンに伝える。


 一方、言われたゴンは、気の抜けたような表情。
 ネガティブな答えばかり用意していただけに、予想外の答えに安堵というより拍子抜けしてしまった心地だ。


「・・・なんだよ、それぇ・・・」
 と、思わず不満げな声を上げてしまうゴン。
 物凄い恥ずかしい思いをしながら、なんとか本心を伝えたキルアにとってその反応は心に痛く、「何ってなんだよ!?」と照れ隠しとばかりに声を荒げる。


「オレ、キルアに迷惑だったのかな、とか、気に入らなかったのかな、とかすっごい悩んでたのに!」
「ばっ・・・お前からモノもらって、嬉しくないはずなっ・・・!」
 と、途中まで言いかけて、その内容の恥ずかしさに気付き言葉を詰まらせるキルア。
 何も言えずに顔を真っ赤にさせているキルアの様子を見て、ゴンはようやくクスクスと笑い出した。


(なぁんだ・・・よかった・・・)
 ゴンの心いっぱいに満ちるのは、安堵の気持と嬉しい気持。
 気に入ってもらえているなら良かったと、自分の想いをきちんと受け取ってもらえていることにゴンは安堵する。


「ねー、キルア、オレにも手袋買ってよ?」
 キルアのコートのポケットの中、手をつなぎながらゴンが言う。
 まだ、頬を赤く染めたままのキルアは「あぁ?」と照れ隠しのように凄んだ様子で聞き返す。


「オレも、キルアからもらった手袋欲しい。そうしたら、ひとりでいる時でもキルアのあったかさを感じていられるでしょ?」
 臆面もなく、そう言い放つゴンにキルアは言葉を失う。


(・・・コイツっ)


 今、ゴンが言った言葉がまさに、キルアがひとりでいる時にだけゴンからもらった手袋を身に着けている理由だというのに、同じことを考え、尚且つそれを恥ずかしげもなくしゃあしゃあと言ってのけるゴンの純粋さに、キルアは思わず呆れてしまう。




 それと同時に、憧れと愛しさを、この上もなくキルアは感じてしまう。




 キルアは、ひとつ溜息を吐いてから、諦めたように力無く言った。


「・・・じゃ、行くか・・・」
 キルアの言葉に、ゴンは笑顔で「うん!」と元気よく返事をする。


(きっとコイツには、ずっと敵わないんだろうな・・・)


 嘆息しながら、キルアは空を仰ぎ見る。
 キルアの瞳に映るヨークシンの四角い空は、雲ひとつなく真っ青で、まるで誰かの純粋な心のように、とてもきれいに晴れわたっていた。