グリードアイランドにて。
ソウフラビでのスポーツ対決に向けて特訓を重ねていたある日の夜。
その日は丁度、満月の夜だった。
雲ひとつ無い冴えた夜空に、大きな大きなまんまるのお月様がぽっかりと浮かんでいる。
ゴンは、夕飯を済ませて焚火を囲む仲間たちとは離れた場所で独り夜空を見上げていた。
木陰を抜けた岩場で、すぐ先は崖になっているが、その分視界を遮るものが何も無い。
キラキラ瞬く星たちを従わせて、煌々と光り輝きながら悠然と夜空の中心に佇む満月を、ゴンは地面に腰を下ろし、膝を抱えてぼんやりと眺めていた。
背後から近づいてくる男の気配もジトリと絡みつくような視線も、ゴンは随分前から気づいていた。
しかし、殺気が無いのを良いことに、特に気に留めることも振り返ることもなく、為すがままにさせていた。
そして男は、ゴンが自分に気づいていることを当然察しており、少年が自分の存在を認めながらも自然体を保っていることに幾分気をよくしていた。
「ゴン♪」
男――――ヒソカが、機嫌良くゴンの背後から呼び掛ける。
呼ばれて、ゴンは何の気もなしにふいっと振り返る。
ヒソカの顔にはいつも通りの嘘くさい笑みが貼り付いており、逆にそれがゴンを安心させて思わずふわりと微笑を浮かべる。
だが、すぐに振り向いた姿勢を元に戻して、ゴンは再びジッと月を見上げる。
そんなゴンの様子を興味深そうに目を細めて見つめながら、ヒソカはゴンの隣に腰を下ろした。
そして、口角を上げた形の唇をゴンの耳元に寄せるようにしてヒソカは愉しげに囁く。
「どうしたのかな、こんな満月の夜にひとりで♦ オオカミ男に襲われちゃうかもしれないよ?」
そう告げると、ヒソカは戯れに「ガオ♥」とゴンに噛み付くような素振りを見せて、とても愉しそうに笑う。
ゴンはヒソカの言動がいまいちよく理解できずキョトンと首を傾げるが、ヒソカが愉しそうなので何より、と言わんばかりのどこか大人びた微笑を浮かべた。
そして、ゴンは再び月に視線を戻す。
何がそこまで少年の心を捉えるのか――――隣に座る自分を置き去りにしてゴンの興味を引いていく美しい月に軽い嫉妬を覚えながら、ヒソカもゴンの視線の先を目で追った。
宵の口の月は、やや低い位置に在る。その分、大きく大きく、白い光を夜空に大地に注いでいる。
「綺麗だよねぇ、月・・・」
何の考えも無しに、ただ頭の中に在ったイメージをポロリと零してしまったような感じで、ぼんやりとゴンは呟く。
ヒソカは、ほんの僅かに眉を上げ、少し驚いたようにゴンの顔を横目で捉えてから、「そうだね♥」とニヤリと笑んで答えた。
「あのね・・・」
暫くして、ゴンが視線はそのままに口を開いた。
ヒソカは、その声に引き戻されるように視線をゴンのまっすぐな表情に向ける。
「このゲーム、ジンが・・・オレの親父が作ったゲームなんだよ」
ほんの僅かに誇らしげな色を含んだ声で、ゴンは独り言のようにも取れる口調で告げた。
その言葉を受け、ヒソカは白々しい笑みを表情から消して、どことなく真剣な様子でゴンの表情を見つめる。
ヒソカの珍しい真摯な眼差しに促されるように、ゴンは言葉を続けた。
「ゲームだからさ、街に居る人の言葉が変なのとかはしょうがないとしてもさ、月はこんなにも綺麗だから・・・ジンはどうしてこういうものは、こんなにリアルに再現したのかなって、ちょっと思ってただけなんだけどね」
ゴンは、美しい月の光をただただジッと見つめている。
その横顔から、ゴンがジンの意図に思いを馳せているのがヒソカにはなんとなく伝わってきた。
ジンは、何を考え何を思い何を意図してこのゲームを創ったのか。
ゴンは、ゲームのプレイ中に何度も何度もそれらをイメージしては、ワクワクとした興奮やじんわりとした温かい優しさを感じてきた。
ジンについての手掛かりが掴めたら。
当初はその思いを胸にゴンはグリードアイランドを追いかけ、プレイするに至った。
そしていざプレイしてみると、戸惑うことや上手くいかないことも沢山あったが、通り過ぎていくすべての事柄にジンの思惑が含まれているのではないかと、意味の無いことなど何ひとつ無いのではないかと、そんな風にゴンに思わせる瞬間の連続だった。
見えないジンの欠片を追いかけて、残り香を掴むような、もどかしくてじれったくてくすぐったくて、でも幸せで温かい気持が少しずつ心に積もっていくような、そんな時間。
ゴンにとって、グリードアイランドを攻略するということは、そんな意味合いが含まれているように感じられた。
だからこそゴンは、今目の前に大きな美しい月が在ることも、そこにはどんなジンの思いが込められているのだろうかと想像を巡らせないでは居られないのであった。
ヒソカは、ゴンの横顔を眺めて嬉しそうに微笑う。
其処に在る月は、本物のただの月に過ぎず、此処は現実世界だという事実は既にヒソカも認識していた。
それを教えてやった挙句のゴンの拍子抜けしたような驚き顔を見てみたいという好奇心はヒソカの胸の内をじわじわと侵食していくが、今このタイミングでそれを告げるのは流石に無粋というものだろう。
父の意図に思いを馳せる少年の横顔を、ヒソカはただ愉しそうに眺めていた。
やがてヒソカは、真実を告げる代わり、という訳でもないだろうが、一枚のカードを何処からともなく取り出して、ピッとゴンの目の前にかざして見せた。
普段使うトランプより、僅かに大きめのカード。
白く明るい月光に照らされた色鮮やかなカードを、ゴンは驚いた表情で見つめる。
黄色と水色、鮮やかなコントラストの色彩で描かれたカードの上部にはローマ数字で][と書かれており、下部にはその絵を示すアルファベットが記されていた。

「THE MOON. ・・・月?」
ゴンが読み上げると、ヒソカは「そう♪」と嬉しそうに答えた。
「僕の好きなトランプの前身がこのタロットカードだっていうコトは、ひょっとしたらゴンも知ってるかもしれないけど♣ これは大アルカナの十九番目、まさに『月』のカード♥」
女性の横顔のような表情が刻まれた黄色い月を中心に掲げるカードをゴンに示しながら、ヒソカは得意げに説明する。
どうしてこんなものを? と言わんばかりの不思議そうな表情を浮かべているゴンに対して、ヒソカは嬉しそうに言葉を続ける。
「このカードの意味は『嘘』や『疑い』といったものでね♠ 『月』はその時々によって姿形を変化させる♦ だからこそ、人を惑わす象徴として選ばれたんだろうね♣」
愉しそうに言ってのけると、ヒソカはカードを挟んでいた指をパッと開き、次の瞬間には手の中からカードは消えていた。
眼前で突然手品を見せられ、ゴンは呆気にとられたような表情を見せる。
しかし、ヒソカの言葉の内容をよくよく吟味してみれば、ゴンは先ほどまでの温かな気持もなんとなく冷めてしまい、思わず渋い表情になってしまう。
今、目の前に在る美しい月。その意味が『嘘』だなんて。
まるでヒソカの代名詞ではないか。
「ん、どうしたのかな? 変なカオをして♦」
ゴンの様子を見てとって、ヒソカがニヤリと笑んで意地悪く尋ねる。
自分の不機嫌さえも愉しむ目の前の男を腹立たしく思い、ゴンはぶーーっと唇を尖らせて呟いた。
「オレ、月は綺麗だと思うけど、ヒソカみたいな嘘吐きはキライだよ」
物思いに浸ってた折角の気分を害されたせめてもの仕返しとばかりにゴンがぶつけた言葉ではあったが、強がりを混ぜた口調はヒソカを更に愉快にさせる。
ククッと短く笑って「おや、キラわれちゃった♣」とおどけて嘯く。
「だが、ひとつ忠告しておこうかゴン♦ 『月が綺麗だ』なんて、そう簡単に言うものじゃない♠ 少なくとも、僕以外のヤツの前では、絶対にそんなこと言うなよ?」
企み笑顔で言ってのけるヒソカ。
こういう表情の時は絶対に何か裏があることを十分に理解しているゴンは、不機嫌な顔はそのままに「なんで?」と訝しそうに上目遣いで問う。
しかしヒソカは機嫌良さそうな笑みをニッコリ返しただけで、ゴンの問いかけには答えずコロリと話を変えた。
「さて、折角だからゴンの為にもう少しタロットカードについての講釈を続けようか♥」
そう言って、ヒソカは再びカードを一枚取り出した。
今度はゴンが両手で抱えた太腿の横、地面に滑らせるようにパサリと置いてその絵を示す。

黄色を主とした色調のカードだった。
片手に白い花、もう片方の手に荷物をくくりつけた長い棒を持った少年が、陽の光を浴びて軽やかな足取りで歩んでいる。
足元には白い犬が嬉しそうに飛び跳ねているが、少年が立つ足場は不安定な崖だ。
希望や未来を感じさせる半面、一歩間違えば足を滑らせ転落する可能性を孕んでいるように見える。
カードの上部には0の数字、下部にはTHE FOOL.と記されていた。
「タロットカードは大アルカナ22枚と、小アルカナ56枚の計78枚で形成されている♠ さっきの『月』や、この『愚者』は大アルカナに属している。小アルカナはワンド、カップ、ソード、ペンタクル四つのスートそれぞれ14枚ずつで形成され、これら小アルカナのカードがトランプの原型だ♦ そして大アルカナ22枚は0、つまり一番目であるこの『愚者』のカードから始まるんだ♣」
ここまでは良いかな? とヒソカが言葉を区切ってゴンに尋ねると、ゴンは親指を顎にあて、眉をひそめて非常に渋い顔をしながらも「う、うん・・・」と自信無さそうになんとか頷いた。
「大アルカナ22枚のカードは『愚者』から始まる壮大な物語のようなものだと思えば良い♥ 万物の始まり、大いなる可能性の象徴であるこのカードはタロットの中でも非常に重要な意味を持つ♠」
そこまで言うと、ヒソカはいつもながらのニヤリとした笑みを口元に浮かべた。
「この『愚者』のカードは、自由、未知、冒険や秘められた可能性といった意味を持つ♥ そこでゴン、僕がこのカードを見るたびに思い浮かべる人物は、誰だと思う?」
ゴンをまっすぐに見つめながらニコニコと嬉しそうに尋ねるヒソカ。
しかし対照的に、ゴンは考え込むように顔をしかめて、首を横に傾げるばかりだ。その様子を見て、ヒソカは更にフフと笑う。
そして、ゴンの鼻先に長い指をツンと突きつけて言った。
「わからない? キミのコトじゃないか、ゴン♪」
「え、ええっ!? な、なんでっ!?」
ヒソカの答えに目を丸くしながらゴンは答えるが、突きつけられた指にふと苛立ち、ムッとしながらヒソカの手をパシッと払う。
ヒソカはククッと肩を揺らし笑って続ける。
「なんでって、今説明しただろう? この『愚者』のモチーフはキミそのものじゃないか♣ 未知や冒険、大いなる可能性、その反面併せ持つ危うさも含めて、このカードを見るたびに僕は可愛らしいキミのことをいつも思い出すよ♥」
フフッと嬉しそうに笑ってゴンの顔を覗き込むヒソカ。
ゴンはヒソカの言葉も行動もなんだか妙に気持ち悪く感じて、自分の顔を見られないようにプイッと横を向く。
しかし、ヒソカはゴンの態度に更に気を良くしたように愉しげに微笑みながら「それじゃ、次ね♥」と告げて、もう一枚のカードを『愚者』の隣に並べた。

カード上部にはTの数字。
先ほどの『愚者』と同じく背景は黄色だが、中心に居る男は白いワンドを持った右手を高々と掲げ、真っ赤なローブを纏い、頭上には無限記号を戴いている。
外見は若いにも関わらず、男はまるでこの世の真理を見てきたような、総てを悟り切ったような表情をしている。
「大アルカナは『愚者』が冒険を始めて成長し、二十二番目のカード『世界』へ辿り着く物語のようなものだってことはさっきも説明したね♦ これは二番目のカード。つまり『愚者』が冒険に出掛けて成長した姿、とも取れるわけ♥」
やけに嬉しそうな笑顔と口調で説明するヒソカ。
しかしその理由は、ゴンには悔しいくらい、よく理解できた。
何故なら、ヒソカが示した二番目のカードのタイトルは。
『THE MAGICIAN.』
「『愚者』は成長して『魔術師』に為り、世界の真理を識るわけだ♥」
得意げに語るヒソカに、ゴンは苛立ちと不愉快さを感じざるを得ない。
しかし、それ以上にゴンはこの上ない居心地の悪さを感じる。
『愚者』のカードは、まるでゴンのようだとヒソカは言った。
その『愚者』が成長すると『魔術師』に為る、だなんて。
まるで自分がヒソカにこうして出会い挑むことで、ゴンが成長していけることが予め決められていたかのような筋書に、ゴンはゾッとする不快感を覚えずにはいられない。
「・・・だったら、何?」
そんな偶然を「気にしてないよ」と言いたげな、強がりを滲ませた眼差しと口調でゴンは返すが、即ちその態度は、結局「動揺しています」とヒソカに伝えているようなものだ。
期待通りのゴンの反応にヒソカは大変満足して、ニッコリ微笑む。
「何、ってコトもないんだけど♣ そうだなぁ、それじゃ、最後に♥」
すこぶる機嫌の良さそうな笑みを浮かべたまま、そう告げたヒソカ。
ヒュ、と空気を切るような音が鳴り。
ひとつの殺気も無く、ヒソカは指に挟んだ一枚のカードを、ゴンの首筋、頚動脈に充てた。
突然の出来事に、ゴンは驚き目を見開く。
ヒソカの行動にまったく反応できなかったどころか、喉元にカードを充てられるまで気付くことすら出来なかった悔しさは、後から遅れてやってきた。
「動くなよ、ゴン♦」
目の前の小さな命は、指先の力加減次第。
その状況を愉しみながら、まるでゴンを慈しむようにヒソカは柔らかく笑んだ。
そしてヒソカは、カードを持っていない方の手で強張るゴンの頬を包み、ゆっくりと顔を近づけ、そっと唇を重ねた。
生死を相手の手に委ねさせられたままでのくちづけは、妙にスリルに満ちていて、それはゴンの中に湧いた戸惑いや驚きや不快感をも上回る、上質な刺激のように感じられた。
柔らかく唇を食み、角度を変えて舌で撫でる、じれったいようなキスが永く続き、だんだんと息苦しくなってゴンがキスの合間に切なげに吐息を漏らすと、ようやくヒソカは満足したように、近づいた時と同じくらいゆっくりと顔を離した。
至近距離でジッとゴンの顔を見つめるヒソカ。
ゴンは悔しそうに眉間に皺を寄せ、強い眼差しでヒソカを睨みつけてはいるが、僅かに紅潮した頬は嫌悪感以外のモノを感じたことを如実に示しており、それを目にしたヒソカの胸の内は愉悦で満たされる。
再びニッコリと微笑んでから、ヒソカはようやくゴンの喉元からカードを離した。
そして、ピッとゴンの眼前にカードをかざす。
それは、いつでもゴンにヒソカをイメージさせる、見慣れた道化のカードだった。
ヒソカが最も好んで使う、トランプのジョーカー。
「さてゴン、最後に問題だ♥ トランプの起源は、タロットの小アルカナのカードだと説明したね? 数字と記号のカードは全て小アルカナが元になっているが、仲間外れのこのカードだけは例外だ♠ ジョーカーは、大アルカナ・・・しかも、さっきキミに見せた三枚のカードのどれかが原型とされている♦ さて、どのカードでしょうか?」
キスの余韻に浸ることも無く発せられた唐突な問い掛けに、ゴンも気を取り直してチラリと地面を見下ろす。
隣り合わせに並べられた『愚者』と『魔術師』と、最初に示された『月』のカード。
考えるまでも無い、とゴンは眉をひそめてぶっきらぼうに告げた。
「そんなの・・・『魔術師』に決まってるじゃん!」
マジシャン、と言われればヒソカを思い出す。
道化の絵柄のジョーカーを見ても、ヒソカを連想する。
だからジョーカーの起源は『魔術師』のカードに決まっている、というゴンらしい単純な発想だった。
しかし。
「ぶーーー、残念♥」
と、ヒソカは嬉しそうに告げる。
「えっ、なんで!?」
絶対の自信を持っていただけに、ヒソカの答えが信じられない、とばかりに食って掛かるゴン。
ヒソカは、笑みを絶やさぬまま指に挟んだジョーカーをピッと投げて、正解のカードの上に重ねた。
「答えは『愚者』でした♦」
「・・・っ!?」
その答えに、ゴンは驚き言葉に詰まる。
ジョーカーの原型が、ヒソカにとって自分をイメージさせるらしい『愚者』のカードだという事実は、ゴンにはにわかに信じがたい。
不可解そうな顔をしているゴンに対して、ヒソカは再び得意げに説明を始める。
「『愚者』には未知や秘めた可能性、という意味があるって言っただろ? つまりは、オールマイティな、何にでも為れる可能性を持っているってコトなのさ♠」
言いながら、ヒソカは地面から再び『愚者』のカードを拾い上げた。
指に挟み、口元でゴンの目の前に絵柄をかざしながら、ヒソカは「ゴン」と短く名を呼んだ。
「以上の解説から理解るコト・・・それは、つまりね♣」
言葉を切るヒソカ。
ゴンは、続きを聞きたいような聞きたくないような、好奇心と不安が入り混じった気持でゴクリと唾を呑む。
ヒソカは、妙に真剣な眼差しをゴンに向けて告げた。
「キミは僕で、僕はキミだ、というコトさ♥」
そして、指で挟んだカードを裏返しにすると、チュッと音を立ててヒソカは『愚者』の絵柄にキスをした。
「ゴン、早く僕に為って、僕を愉しませておくれよ♥」
想いを告げるように、何故か切実な口調でヒソカはそう告げると、たった今くちづけを施したカードをゴンに手渡した。
『愚者』だったはずのそれは、いつの間にかジョーカーに化けている。
ゴンは、認めたくないような、悔しいような表情を浮かべ、しばらく逡巡した様子を見せたが、やがてヒソカからそのカードをひったくるように奪い取った。
「オレはオレだよ! ヒソカなんかみたいにならないし、なりたくもない!」
鋭い口調で言い放ち、ギッとヒソカの憎たらしい顔をにらみつけるゴンの強い眼を、ヒソカは嬉々として見つめ返し「そうかい?」と答える。
そうしてゴンの眼差しをゆったりと愉しげに受け止めていたヒソカだったが、しばらくして満足そうにひとつ頷き、地面から腰を上げた。
月を背にして、歩み出す。
しかし。
「あ♪」
何事か、思い出したように声を上げ、ヒソカは立ち止まってゴンを振り返った。
その声に驚いて、ゴンも思わず首を巡らせる。
「ゴン、さっきキミ、ジンがどうしてこんなにも月を綺麗に再現させたのかな、って言っていたよね?」
話の急激な変化と展開についていけず、ゴンは変な顔をしながら「う、うん・・・」とおずおず頷く。
ヒソカが何を言わんとしているのか、ゴンにはまったく予測もつかない。
「僕はねぇ、キミのお父さんはきっと、こんな夜に愛を告げるために、月をリアルに再現してくれたんじゃないかと思うんだ♥」
勝ち誇ったように、ニッコリと笑顔を浮かべるヒソカ。
すると、その時。
ボフン、と音を立てて、ゴンの手の中に在ったカードが変化した。
突然の出来事に、ゴンは「わっ!」と声を上げて驚く。
どうやら、ヒソカが先ほどゴンに手渡したジョーカーはドッキリテクスチャーで加工したアイテムカードだったようで、バインダーから出されて一分経ったところで元のアイテムに戻ったようだった。
カード化が解除され、ゴンの手の中に残されたのは、大きく美しい、七色に光り輝くダイヤモンドだった。
「ソレ、指定カードのアイテムらしいよ♦ レアアイテムみたいだし、折角だからキミにあげる♥」
クスクス笑いながらヒソカは告げる。ゴンは、不思議に思いながらも「あ、ありがとう」と一応礼を言う。
どういたしまして、と返事をしてからヒソカはまたもや得意げな表情を浮かべて言い出した。
「ゴン、知っているかい? 東洋では昔、ある大文豪が『貴方を愛しています』という言葉を『月が綺麗ですね』と表現したそうだよ♥」
「はぁっ!?」
いきなりヒソカは何を言い出すのかと、ゴンは素っ頓狂な声を上げるが、ヒソカは相変わらずのクスクス笑顔。
そんな憎たらしい笑顔を見て、ゴンはハッと思い出す。「『月が綺麗だ』なんて、僕以外のヤツの前では絶対に言ってはいけない」と告げた、ヒソカの言葉を。
その言葉の真意をようやく理解し、ゴンはプンスと腹を立てながら思わず立ち上がり叫ぶ。
「ヒソカっ!!」
顔を真っ赤にして怒るゴンに、ヒソカはただただ笑うばかりだ。
「照れ屋さんのゴンには、東洋的な婉曲表現がちょうど良かったのかな?」
乾いた笑い声を上げるヒソカに対して、ゴンは「ち、違うよ! オレ、そんな意味があるなんて知らなかったんだもん!!」とムキになって怒鳴る。
それでも憎たらしい笑い声を収めないヒソカに苛立って、ゴンはヒソカからもらったダイヤを握り締め、ムキーーーっと拳を振り上げて駆け寄っていく。
そうして懐に飛び込んできたゴンの拳を、大きな手で包み込みながら、ヒソカはこれでもかと言うほどの満面の笑みを浮かべて、ゴンの耳元に囁いた。
「愛してるよ、ゴン♥」
「〜〜〜〜っ!!」
いつもよりグッと低い艶やかな声で囁かれた言葉に、ゴンは再び顔を真っ赤にして口をパクパクとさせてしまう。
「僕はゴンと違って、直接的な言い回しの方が好きだからさ♥」
呆然と慌てふためくゴンに向かって、ヒソカはニッコリと微笑む。
そしてヒソカは、最早何も言えなくなってしまったゴンに対して、畳み掛けるように続けた。
「これで僕たち、お互いに愛を確かめ合えたね♪ これからも、仲良くしようね、ゴン♥」
「なっ、仲良くなんかしないよ! ヒソカのバカーー!!」
ぷりぷり怒るゴンと、カラカラと愉しそうに笑うヒソカ。
その時、遠くから「何騒いでんだよ、ゴンーー!?」と、ゴンを呼ぶキルアの声が響く。
ヒソカに対する抗議の大声が、仲間たちの耳にも届いたのかもしれない。
「なんでもないよ、キルアー! 今、戻るからー!!」
キルアの声に負けじと大声で叫び、ゴンはヒソカに対してプンとわざとらしく顔を逸らして横をすり抜けていった。
通り過ぎた背後から、クックック、と愉しそうな笑い声が聞こえたが、ゴンはもう振り返らない。
ゴンの手の中で、虹色に光るダイヤが更に輝きを増したような気がしたが、それは美しい月の光が反射した所為だろうと、ゴンは気づかぬ振りをして仲間の元へと足早に戻る。その小さな背を、ヒソカはゆっくりと追う。
そして二人の姿が見えなくなり、大きなまんまるい満月だけが、ただただ美しく其処に輝き続けていた。