「えいっ♠」
「うわあぁぁぁ!?」


 ドジな魔女っ子による魔法の合図のような、気の抜けた掛け声と共に『バンジーガム』をゴンの背中に投げて引っ付けたヒソカ。収縮と共に、小さな身体が宙に浮いてヒソカの腕の中にストンと納まる。
 毎度の悪戯に辟易しながら、ゴンはムーーーっとしてヒソカを睨む。
「何すんだよ!?」
 悪態をついてジタバタするも、小さな子供のようにすっぽりとヒソカに抱きかかえられているゴンの様子は、まるで駄々っ子のようだ。
 そんないつも通りの愛くるしい反応に、ヒソカは大いに満足してニッコリ笑んだ。
「ゴン、明日はバレンタインだよ? 僕へのチョコは?」
「そんなの、あるわけないだろ! 早く降ろしてよ!」
「そうか・・・残念だなぁ・・・♣」
 大げさに落胆した様子を見せながら、ヒソカはすんなりとゴンを降ろしてやる。
 まったくもう、とプンプンしながらゴンはヒソカに背を向けて遠ざかろうと歩み出す。


 すると。


「えいっ♦」
「わああぁぁぁっ!?」


 魔法少女が戸惑いながら初めて攻撃を繰り出す時のような、間の抜けた掛け声と共に、ヒソカは再び『バンジーガム』をゴンの背中に投げ付ける。
 先ほどとまったく同じ光景がリピート再生され、ゴンはヒソカの腕の中、更にイライラとむくれていく。
 一方、まんまと同じ手を喰らってくれたゴンに、ヒソカは大変ご満悦。
「ほらゴン、僕の『バンジーガム』って便利だろう? いつでもキミをこうして抱き締めることができるんだから♥」
「そんなくだらないコトの為に能力使うのやめなよ! いいから早く離して!」
「良いけど♣ でも、『バンジーガム』がある限り、キミは僕から逃げられないよ?」
「う・・・」
「そんなゴンに、良いことを教えてあげよう♥」
 ゴンを抱きかかえたまま、満面の笑みで告げるヒソカ。やたら顔が近く、ゴンはウッと顎を引いて顔を遠ざける。
「僕はね、チョコレートを食べると大体1時間くらい、『バンジーガム』を使えなくなるんだ♠」
「えっ!?」
 あっさり暴露されたヒソカの秘密に、ゴンは大げさなくらいに驚く。
 そんなオーバーリアクション気味のゴンの反応にも大変満足した様子で、ヒソカは楽しそうに続ける。
「ほら、キミ、ガムとチョコレートを一緒に食べたことあるかい?」
「あっ・・・!」
 ヒソカに言われて、幼少時代の経験を思い出すゴン。
 確かに、そうなのだ。ガムとチョコレートを一緒に食べると、口の中でガムが溶けてなくなってしまう。
「僕の能力、チョコレートと食べ合わせが悪いみたいなんだ♣ チョコを食べると、『バンジーガム』も溶けて消えてしまうんだよ♠ でも、こんな大事なこと、キミが相手だからこそ教えてあげたんだよ? 能力が使えなくなっても、それでも僕は、キミからのチョコが欲しいんだから♦」
 ニッコリ笑顔のままゴンに語るヒソカ。ゴンは複雑な思いに陥る。弱点を晒してでも、ゴンからのチョコが欲しいと言うヒソカ。
(でも・・・チョコ食べたら『バンジーガム』使えなくなるなら、その間に逃げちゃえばいいし)
「わかったよヒソカ。じゃあ、明日、チョコあげるね」
「本当かい!? 嬉しいな♦ 楽しみにしているよ♠」
 ゴン自身、納得した様子でヒソカへのチョコを用意することを決めたようだ。どんなチョコにしようかな、など考えながらその場を去っていく。
 が、不穏な気配を感じてバッと振り返ったゴン。
 ヒソカが再び、『バンジーガム』を投げ付けようとしているのを見てとって、ゴンは子供に「メっ!」するような表情でヒソカを睨みつけ、悪戯がバレたヒソカは肩をすくめて苦笑を浮かべていた。





 翌日。
「ハイ、どうぞ」
 ゴンが選んだものは、高級チョコレート専門店のボンボンショコラのギフトセット。
 別に何でもよかったのだが、相手がヒソカであれば自分も一個くらいもらって食べても良いだろうと判断して、自分が食べてみたいものを選んだ結果であった。
 そんな素敵なプレゼントを差し出されたヒソカは大仰に喜んで見せる。
「ありがとう、ゴン♥ すごく嬉しいよ♦」
 言いながら、ヒソカはまるでキスをねだるように、目を閉じて唇に人差し指を当てる。
「折角だから、食べさせてよ?」
「ええぇぇっ?」
 と渋る声を上げるゴンだが、実際にヒソカにチョコを食べさせなければ、『バンジーガム』の効果は消えない。嫌々ながら、ゴンは自ら包みを開き、その中のひとつを指でつまんだ。
 真っ白い色をしたシャンパントリュフ。まんまるで可愛らしい形のショコラを、ゴンはヒソカの口元へと運ぶ。
 口を薄く開いたヒソカは、舌で掬い取るようにショコラを口に入れ、当然のようにそのままゴンの指まで口に含む。
「〜〜〜〜〜っ!」
 人差し指の腹を舌で撫でられる感覚にゾワッとして、ゴンは力を込めて、半ば無理矢理ヒソカの口腔から指を引き抜く。
 してやったり笑みのヒソカは、唇を舌で舐めながら「ごちそうさま、美味しかったよ♥」と満足そうに告げる。
 ヒソカの仕打ちに、ゴンはうぅぅっと怯んだが、ヒソカが確かにチョコを食べたことを確認できた為、とりあえず目的は果たせたと軽く達成感を噛み締める。
「・・・いっこ、食べていい?」
 おずおずとゴンがヒソカに尋ねると、ヒソカは嬉しそうに「勿論♪」と答える。ゴンもその言葉を受けて、どれにしようかな、とご機嫌な様子でチョコを選ぶ。
 やがて選んだアーモンドがのったプラリネチョコを口に含み、「美味しい!」と満面の笑みで感想を述べるゴン。ヒソカも「それはよかったね♥」と、ゴンの笑顔を微笑ましく見守る。
 これでもうひとつの目標も達成できた、とゴンは大変満足して「じゃーね、ヒソカ!」と手を振りながら小走りで走り去る。
 ヒソカもまた、笑顔で手を振りながら、ゴンの様子を見送っていた。


 が。



「えいっ♥」
「なあぁぁぁぁ!?」



 妖精さんが魔法の粉を振り掛ける時のような、きらめいた掛け声と共にヒソカは『バンジーガム』をゴンの背中に投げ付けて引き寄せる。
 満面の笑みでゴンを抱き締めるヒソカ。
「チョコで念が使えなくなるなんて・・・嘘に決まってるだろ?」
 完全勝利の誇らしげな笑み。それを見て、ゴンは呆然としながらわなわなと悔しそうに唇を噛み締める。
「うーーそーーつーーきーーー!!!」
 キーーっと悔しそうに、手足をジタバタさせて叫ぶゴン。暴れるゴンを器用に抱きかかえながら、ヒソカは「何を今更♣」と呟いて微笑う。
「まぁまぁ、落ち着きなよゴン♦ とりあえず、チョコでも食べて♠」
 『バンジーガム』を上手く使いながら片手でゴンを抱きかかえ、もう片方の手でハート型のプラリネチョコをつまんでゴンの口元に持っていく。
 先ほど食べたチョコの美味しさが口の中に残っているゴンは、そう躊躇することもなく口を開けて、素直にヒソカの差し出したチョコを口に入れた。
 その瞬間に、ヒソカはゴンの口元に喰らいつくようにくちづける。
 突然のヒソカの行動に、驚き目を見開くゴン。驚きで固まってしまったゴンに構うことなく、ヒソカはゴンの口腔で溶けていくショコラの甘さを、舌を挿し入れてゆっくりと味わう。
 しばらくして唇を離し、ヒソカは再び満面の笑みでニッコリと告げた。
「ごちそうさま♥ また、来年も頼むよ♦」
 硬直したままのゴンは、ハッと我に帰って、両拳を天に突き上げて叫ぶ。
「ヒソカのバカーーー!! もう二度とチョコなんてやるもんか!!」
 完敗のゴンが悔し紛れに放った悪態も、ヒソカにとっては愛らしさのひとつでしかなく、ヒソカは愉快そうに「ハハッ♦」と笑う。
 ぷんすかと完全に機嫌を損ねてしまったゴンだったが、結局ヒソカにあげた残りのショコラを、全部ゴンがいただく形で和解が成立したのだった。