サリバン『勇者イルマよ、今こそ旅に出るとき! 魔王を倒し、世界に平和を取り戻すのだ!』
王様らしいポジションのサリバンが『勇者イルマ』に訓示を述べる。冒険の始まりに、入間は少し高揚感を覚えた。
学校から帰って課題を終わらせ、ポータブルゲーム機で新しいゲームを始めた入間。これは買ったものではなく、師団の先輩、シネルからもらった物だ。常日頃から怪しげな実験を繰り返しているシネルである。実験結果のひとつとして出来上がったらしいゲームのサンプルを、入間、アスモデウス、クララの三人に渡してきた。
「我の最高の自信作である! 特別に体験させてやるので、商品化の際には是非レビューを頼むぞ!」
入間たちにゲームを配ったシネルは、それはそれは自信満々であった。商品化の際があるのかは謎だが、とりあえず話のネタにと思い、ソフトを入れゲームを立ち上げてみた次第である。
ゲームはRPGのようだ。王様に魔王退治を命じられ、冒険を進めていくタイプのものだ。しかし、魔王を退治する世界観で良いのだろうか……と、入間はそもそもの世界設定を疑問に思った。
入間は○ボタンを連打し、ゲームを進める。
サリバン『ではイルマよ、これで旅の準備を整えるが良い』
イルマは 666,666,666ビル を手に入れた!
「軍資金、多過ぎじゃない!?」
思わずツッコミを入れる入間。
いや、しかし、この世界はひょっとしてハイパーインフレーションを起こしているのかもしれない。
城の中の道具屋で商品を確認してみる。
やくそう 6ビル
うーん、と苦笑する入間。薬草を一億個以上買える軍資金を勇者に与える王様サリバン。その金でもっと有用な魔王対策が出来たのではないだろうかと、入間はどうでも良いことを思ってしまう。
まあ、とりあえずお金は大事に使おう。入間はそう決めて、城の外に出た。
そこで、勇者イルマの進路を阻み、怒鳴りつけてきた者があった。
アスモデウス『おい、貴様! 魔王退治は私の役目! 貴様が魔王を退治に行こうと言うなら、私より実力が上であることを証明して見せろ!』
アスモデウスがあらわれた!
初の戦闘、イベントバトルだ。その相手がアスモデウス、というのもよく出来ている。入間はワクワクしながら初戦闘でバトル画面を確認する。
イルマ コマンド どうする?
>ジャーマンスープレックス
「一択か!」
『たたかう』も『にげる』も無い。ジャーマンスープレックスを使う以外に、ゲームを先に進める方法は無いようだ。ゲームの中とは言え、心が痛む。ゴメン、アズくん、と心の中で謝りながら入間はジャーマンスープレックスを選択した。
イルマはジャーマンスープレックスを仕掛けた
かいしんのいちげき!
アスモデウスを倒した
イルマはレベルが上がった
イルマはレベル666になった!
「いや、レベル上がり過ぎでしょ! アズくんどれだけ経験値持ってたの!?」
ゲーム機を手にしたまま入間は叫ぶ。先ほどからツッコミが追いつかない。さすがシネルの作ったゲームだけある。
バトル画面のままメッセージが流れる。
なんと、倒したアスモデウスが起き上がり、仲間になりたそうにこちらを見ている
仲間にしますか?
>はい
いいえ
「あ、今度は選択肢があるんだ……でも、アズくん仲間にしないなんてあり得ないもんね」
入間は素直に『はい』を選択する。『アスモデウスは仲間になった!』と表示され、「わーい、やったー!」と入間は喜ぶ。
その画面のまま、次の選択肢が表示される。
装備しますか?
>はい
いいえ
「ん゛っ!?」
目を見開いて驚く入間。
「装備……しますか……だと?」
入間は首を傾げる。装備しますか? 何を? まさか、アズくんを?
文脈からはそうとしか読み取れない。このゲームは仲間を装備することが出来るのだろうか?
「うーん、装備したら仲間じゃなくなっちゃったら嫌だなぁ。でも、ちょっと気になるから装備してみよう!」
意を決して『はい』を選択する入間。すると、ゲーム機からファンファーレが鳴りだした。
イルマは、最強の矛、アスモデウス・アリスを装備した
イルマは、祝われてしまった!
「い、祝われて……? 呪われた、訳ではない……?」
もう、めちゃくちゃである。BGMが輝かしいファンファーレに変わる中、アスモデウスが眩い笑顔で『さあ、イルマ様、参りましょう!』と急かすので、とりあえず入間はキャラクターを操作して街から出た。
フィールドを移動していると、通常の敵とエンカウントする。先ほどのアスモデウス戦とは違い、今度は通常の行動選択ができる。入間は順当に『たたかう』を選択した。
イルマのこうげき
最強の矛 アスモデウス・アリスが炎を放った
かいしんのいちげき!
魔獣の群れを倒した
「ぼ、僕の攻撃……」
それは即ち、アスモデウスの攻撃、ということらしい。しかも強い。
その後、何度モンスターと戦ってもイルマ(というかアスモデウス)の攻撃はことごとく『かいしんのいちげき』で、すべての敵をワンパンで一掃してしまうのだ。
ゲーム序盤から、多額の軍資金と、最強の矛。ゲームバランスが崩壊し切っている。
RPGとしては、はっきり言ってまったく面白くない。
だが、隣の村でクララを仲間にし、三人旅になると、ちょっと移動するごとにキャラクターたちが他愛もない会話を始めるのだ。
クララ『イルマち、あの岩まで競争しよう!』
アスモデウス『バカ者、イルマ様に敵うはずなかろう』
イルマ『よーし、それじゃあ三人で競争だ!』
イベントや戦闘が無くとも、ランダムな会話が何度も発生する。その様子を眺めているのは、かなり楽しい。
このゲームはRPGではなく、友情育成シミュレーションゲームなのだろうか……と、進めながら、入間は疑問に思う。
しかし、フィールドマップでは相変わらずモンスターが現れ、アスモデウスがワンパンで敵を屠る挙動は続く。洞窟、廃墟の村、山、などのダンジョン攻略のイベントも一応存在する。ヌルゲーながらも、いちいちRPGであることを主張してくる。その要素はいらなかったのでは……? と思う入間は、明日、シネルにそのことを伝えれば良いかと思いながら、サクサクとゲームを進めていった。
戦闘が一瞬で終わるので、ゲームの進行はものすごく早い。しばらく進めると、勇者イルマは伝説の武器『かなきりの弓』を手に入れた。弓は、現実世界での入間の愛器である。これはちょっと装備してみたいかも、と入間は思う。
しかし、イルマはアスモデウスに『祝われて』いるので、メニュー画面からは装備を変えることが出来ない。
(うーん、一応この『祝い』? って状態もステータス異常っぽいから、教会に行けば治してもらえて、装備変えられるようになるのかな?)
そう思い、入間は近くの街に入り、教会を訪れた。
神父のモチーフはシネルだった。
話し掛けると、シネル神父は問い掛けてきた。
シネル『新郎アスモデウス・アリス、あなたはイルマを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?』
アスモデウス『誓います』
「ファッ!?」
突如、強制的にイベントが始まった! しかも、なんと、結婚式っぽい!
なんだこれは、と呆然と画面を見つめる入間。
そんな入間の戸惑いを置き去りにして、イベントはどんどん進行していく。『誓いますか?』と問う神父シネルに、勇者イルマは元気よく『誓います!』と答えている。
「ここは、選択肢無いんだ!」
突然の展開に衝撃を受けながら、入間は○ボタンを押し続ける。
ゲームの中のクララが花びらを撒き散らし、ドット絵のイルマとアスモデウスが一マスに納まって抱き合っている。
感動的なBGMが流れる中、画面が徐々に暗転してスタッフロールが流れ出した。
原作 エリゴス・シネル
企画 エリゴス・シネル
キャラクターデザイン エリゴス・シネル
美術監督 エリゴス・シネル
音楽 エリゴス・シネル
…………
……
「全部シネル先輩だよね! 知ってたけど!」
果たして、スタッフロールを入れる必要などあったのだろうか。
約五分間、ひたすらシネルの名前が下から上へ流れていく様を、入間は呆れながらも、大人しく見守っていた。
「え? ていうか、さっきのがエンディング? これで、このゲーム終わり?」
とんでも展開について行けず、ただただ呆然としている入間。
やがて、シネルの名前が羅列されているだけのエンディングロールが終わり、画面が先ほどの街の風景に戻った。クリア後の世界、という扱いだろうか。操作可能なので、入間は動かしてみたが……
「僕とアズくん、一マスでくっついたまんまだ!」
先ほどのイベント前までは、キャラクター一人に対し一マスのデザインだった。しかし今は、イルマとアスモデウスは一マスに納まったまま動いているのである。
「……。ま、いいか」
深く考えることは止め、とりあえず入間はゲームを先に進めてみた。
メニュー画面から装備を確認してみると、最強の矛を外すことは出来ないままだが、左手に弓を装備できるようになっていた。入間は、素直に先ほど手に入れた『かなきりの弓』を装備する。
また、四人目、五人目の仲間を加えることも出来るようになった。それまでは、街の酒場でサブノックやリードを見かけて話し掛けても、アスモデウスが『イルマ様! こやつらを相手にしてはいけません!』と、必ず会話を妨害してきたのだ。それが無くなり、彼らを仲間にすることも出来るようになっていた。
どうやら、『結婚式』というイベントを経て、アスモデウスの心に余裕が生まれたようだ。
戦闘は、引き続きアスモデウスのワンパンで終了する。サクサク進行のままイベントをこなしていくと、やがて魔王の城にたどり着いた。城の最奥で、竜の形をした魔王がイルマたちの前に立ちはだかる。
魔王『世界の半分をくれてやろう』
アスモデウス『うるさい、全部寄越せ』
かいしんのいちげき!
アスモデウスは魔王を倒した
アスモデウスは世界のすべてを勇者イルマに捧げた
イルマは魔王として 世界に君臨した
世界に 平和が訪れた
完
「……」
とにかく、よくわからないゲームだった。終始、アスモデウスやクララと一緒に旅が出来たのは良かった。ランダムで発生する会話も楽しかった。
だが、RPGとしてはクソゲーとしか言いようがない。
変なゲームだったなぁ、と入間が首を傾げているところで、オペラが食事の準備ができたと入間を呼ぶ。
その瞬間に、入間の心は美味しいごはんへの期待で満たされ、ゲームに対する戸惑いはすっかり消えてしまっていた。
◆
翌日。
朝一番で、アスモデウスから入間とクララ宛にマインで連絡が入った。
『お早う御座います。申し訳ありませんが、本日は先に学校へ向かいます。登校をご一緒できず、残念です』
珍しいこともあるものだと、入間は驚く。修行などで登校できない時以外は、必ずクララと二人で入間を迎えに来ていたアスモデウスである。理由が気になるところではあるが、どうせ学校に行けば会えるのだ。詳細を尋ねることはせず、『わかった、また後で教室でね!』と、入間は短く返信を送った。
やがてクララが迎えに来て、入間は二人で学校に向かう。「アズアズ、どうしたんだろうね」と不思議そうなクララに、入間も「ね」と首を傾げて同意する。
「ねえねえ入間ち、ネルネル先輩のゲーム、面白かったけど変だったね。みんなで「んじゃらか」出来たの楽しかったけど、五分以内にクリアしないとみんな消えちゃうなんて、変だよね」
ゲームの体験談を語るクララ。入間は、それを聞いて「え?」と驚く。
「クララのゲームはそんなのだったの? 僕は、なんかね、アズくんとクララと旅をして、魔王になるRPGゲームだったよ」
RPGと呼んでいい代物かは微妙だが、入間は自身が体験したゲームの内容をかいつまんで説明する。クララは「え! 楽しそう!」と入間の説明に目を輝かせるが、入間は「いやぁ……」と首を傾げて曖昧に苦笑した。
クララの言葉を鑑みるに、シネルはそれぞれ別のゲームを渡したのかもしれない。後で、アスモデウスにもどんなゲームだったか聞いてみよう、と入間とクララは話し合った。
学校に着くと、生徒たちがザワザワと騒いでいる。
「一年首席のアスモデウスが二年生にケンカ売ってるらしいぞ!」
「マジか! 楽しそう! 見に行かなきゃ!」
生徒たちが口々に言い立てている。それを聞いて、入間とクララは顔を見合わせ、慌てて二年塔へ向かった。
アスモデウスの居場所はすぐにわかった。怒号と炎が飛び交っていたからだ。アスモデウスが敵意を向けている相手は、シネルだ。
「先輩と言えども、絶対に許さん! ゲームの中とは言え、入間様にあのような辱めを……!」
「ち、違う、違うぞぉ、アスモデウス氏! それは我の関するところでは……!」
「問答無用! 入間様の貞操を蹂躙した罪、死をもって贖え!」
「誤解である!」
わーわー喚き合う二人。シネルに向けてアスモデウスの火球がほとばしる。あわや炎上、というところで、入間がシネルを突き飛ばして、なんとか事なきを得た。
入間の姿を目にして、大いに慌てるアスモデウス。
「い、い、入間様……! お、お早う御座います……! あの、その……」
不自然に視線を泳がせ、真っ赤な顔でアスモデウスは入間に挨拶する。
「おはよう、アズくん。どうしたの、一体……? 朝、一緒に学校行けなかったと思ったら、シネル先輩とケンカなんかして……」
不思議そうな顔で問い掛ける入間に、アスモデウスは「ケンカなどではありません! これは制裁です!」と真剣に訴える。
が、入間が見上げてくる顔を正面からまともに捉え、アスモデウスは再び顔を真っ赤にして目を背けた。
目を合わせぬまま、アスモデウスは「それより」と切羽詰まった様子で言い出す。
「入間様、昨日シネル先輩から渡されたゲームは、絶対に起動してはいけません! あれは呪いのゲームです、穢れています。あのような、破廉恥な……学生の身でありながら、成年向けのゲームを制作するなど、不届き千万! よって、シネル先輩は私が粛清致します!」
怒りの炎を轟々と燃え上がらせ、アスモデウスは再びシネルに向き合う。怯えるシネルと、首を傾げる入間。
「え? 僕、昨日ゲームやったけど、RPGだったよ?」
ちょっと変だったけど……と入間は付け加える。隣でクララが手を挙げて「私のは「んじゃらか」と「おにごっこ」と「魔々ごと」と「ギュっぱゲーム」と……」と内容を披露する。
二人の発言に、アスモデウスは「ん?」と動きを止める。そこでシネルが、「だから誤解だと言っている!」と慌てて主張した。
「我が作ったゲームはズバリ、プレイヤーの潜在願望を表し、叶えるゲームである! 三人とも、まったくタイプの違うゲームを体験できたようで、実験は上手くいったと言える!」
活き活きと嬉しそうに宣言するシネル。
だが、クララはジト目で「上手くいってないよ、変だったもん」と文句を言う。入間も苦笑して「ゲームバランス、めちゃくちゃでしたよ」と呈す。
そして、アスモデウスは。
シネルの説明を聞き、サッと青ざめ、愕然としていた。くるりと入間に背を向け、フラフラと歩き出す。
「アズくん? どこ行くの? そろそろ教室に戻ろうよ」
声を掛ける入間に、ガックリと項垂れたアスモデウスは、生気のない声で返した。
「すみません、ちょっと死んできます」
「!? なんで!? 死んじゃダメだよ!?」
ロープで首をくくろうとするアスモデウスを、入間とクララで必死に止める。それでもアスモデウスに表情は無く、「入間様を汚した罪、死を以って償います」と頑なだ。
そこを、たまたまバラムが通り掛かった。助けを求める入間に応じ、バラムが半強制的にアスモデウスを宥め落ち着かせ、その場の騒動は落着したのだった。
その日の授業中、入間は顔を真っ赤にして、突然奇声を上げた。
潜在願望を表す、というシネルのゲーム内で、アスモデウスと結婚式を挙げたことを思い出したからだ。
そんなゲームの結末を、入間はアスモデウスに伝える?
>はい
いいえ