アスモデウス家、ある日の晩餐。
その日は珍しく頭首アムリリスが早めに帰宅しており、最高品質の材木で作られた巨大なテーブルを挟んで、頭首とその嫡男は向き合って夕食の席についていた。
卓上に並べられた上品な料理を美しい所作で口に運んでいく親子の姿はとても優雅で、屋敷の使用人たちはその様子をそっと盗み見てはウットリと溜息を漏らす。
しかし、筆頭執事のダヴィデは知っていた。
一人息子のアリスが悪魔学校バビルスに通うようになって以降、この晩餐は以前とは全く異なる様相を呈するようになってしまったことを。
「聞いてください、母上!」
ウキウキと花を飛ばしながら、アスモデウス・アリスは母に一日の報告をする。
「本日の入間様もご機嫌麗しく、且つお優しく! ウァラクが追い回していた猫を保護し、ブラッシングまでして差し上げたのです! 優しく微笑みかける入間様のお優しさに、猫さえも感銘を受けて服従しておりました……!」
その様子を瞼の裏側に思い浮かべて悦に浸っているらしく、アリスは目を閉じウットリしながら母に『入間様』の様子を報告する。
母アムリリスは「まぁ」と嬉しそうに笑って、アリスに言葉を返す。
「入間くんからネコのポーズでえっちのお誘いを受けたの? 良かったわね、アリスちゃん?」
「一体何の話を聞いていらしたのですか、母上ーー!?」
ガターン! と派手な音を立て、アリスは顔を真っ赤にしながら席を立つ。
一方、アムリリスはキョトンと首を傾げて「あら、違った?」と人差し指を唇に当てる。
「入間くんはアリスちゃんの子猫ちゃんっていう話だったかしら?」
「全然違います!!」
両掌をテーブルに叩きつけ、アリスは勢い込んで母に説く。
「入間様が、素晴らしく、お優しく、日々私の心を癒してくださるという話です!!」
ゼイゼイと肩で息をしながら主張するアリス。
アムリリスは尚、キョトンとした表情のまま「身体も?」と尋ね、アリスは食い気味に「心です!」と言い返す。
「え〜、でもぉ〜」
母は納得がいかないように身体をくねらせながら小さく反論する。
「アリスちゃんは、子猫の入間くんとエッチなことをして癒されたいと思っているんでしょ〜?」
「思っていません!!!!!」
首まで真っ赤にして、火を吹くようにアリスは叫ぶ。
……が、猫耳を付けた入間がベッドの上で四つん這いになり、「アズくん♥」と手招きをしている姿をうっかり想像してしまい、即座に妄想を振り払うように頭上で両手をブンブンと振り回す。
その様子を見つめて「あら」と嬉しそうに微笑むアムリリスを、アリスはギッと睨みつけて怒鳴る。
「母上! 貴女はいつもそうやって……! 貴女の妄想で私の大切な入間様を汚さないでください……!」
半分涙目のアリスを見て、アムリリスは自分のおでこにげんこつを当て、小さく舌を出して「ごめんなさ〜い」と軽く謝罪の言葉を口にする。
「アリスちゃんの反応が可愛いから、つい、ね♪」
許して頂戴ね、アリスちゃんの可愛い入間くんにヨロシク、とハートを飛ばしながら謝る母に、アリスは赤い顔のまま「よろしくしません、絶対母上に入間様は会わせません」と憮然と言い返して、ドサッと席に腰を下ろし食事を再開した。
そんな、優雅さとはかけ離れてしまった食卓の様子を菩薩の表情で見守りながら、執事ダヴィデは日々思う。
毎回、アムリリス様の色話に絡めとられてしまうのが目に見えているのに、何故アリス様は熱心に入間様のお話をされるのか、と。
やはり肉親、大切な母上様に好きな人の話を聞いて欲しい故なのか、或いは……
ぐるぐる巡る考えを、そこでピタリと止めるダヴィデ。
執事は執事。ダヴィデは心を平穏に保ちながら親子の賑やかな食卓の側に控えていた。