その日の夜のうちに、キルアはククルーマウンテンにある自宅に到着した。
 キルアの突然の帰宅に驚く執事たちや母親が騒ぎ立てるが、キルアは周囲には目もくれずまっすぐに邸宅棟の奥にある別館へと向かった。
 通称「東塔」と呼んでおり、五階建てで各階ワンフロアの客間が用意されている。どうせ、訪れる「客」などいるはずも無いのに、何故客間など用意しているのかキルアは昔から不思議で仕方なかったが、今回キルアを出し抜く為にこの部屋は晴れて利用されたということだ。


 『塔』と言われれば確かに『塔』だ。建物自体はそこまで高くはないが、ゾルディック家の敷地自体が標高3000m以上の場所にある。
 まさか、こんなところにヒソカが隠れているなど、キルアは当然思いもよるはずもなく。


 考えてもみれば、ヒントは別のところから散々出されていたのだとキルアは後になって気づいた。イルミに電話を掛けた時にも「実家に帰ってこい」と言われ、お膳立てされた『ラプンツェルの塔』でも婚約者から「実家に戻ってくれ」と懇願され・・・


 ゴンの念能力についても、封じたのはイルミに間違いないとキルアは確信している。そんな能力を兄が持っていることなどキルアは知る由もないが、針を使って身体を巡るオーラの流れを乱すことくらい、きっとあの兄ならわけないだろうとキルアは推察した。


 ゴンを攫い、キルアとやり取りをしていたのはヒソカだが、この件に関してはおそらく主犯がイルミでヒソカは共犯者なのだという事も、ゴンの念が封じられたと聞き共犯者の存在の可能性を疑った時点で気付いたことだった。ヒソカの目的は本当に『ただ楽しみたいだけ』だったのだ。この『ゲーム』の本当の目的は別の人物――――イルミにあったのだ。


(イルミの目的って言ったら、オレを連れ戻すこと、ってわけか)


 自分を実家に連れ戻す為に、どうしてこんなにまどろっこしい真似を取ったのか、キルアには兄の考えが全く読めない。確かに、そのまま「実家に戻れ」と言われても素直に「はい、わかりました」とは答えられないキルアだが、例えばゴンを攫った時点で「返して欲しければ実家に帰ってこい」と要求すれば済む話なのだ。
 一体、何の用と目的があってこんなに面倒な『ゲーム』につき合わなければならなかったのか・・・


 キルアは渦巻く疑問と湧き起こる苛立ちを抱えながら、敷地内にある「東塔」のエレベーターに乗り込んだ。五階に着き、エレベーターから降り、すぐ目の前にある扉を開けた。


 ――――その瞬間。








「ハッピーメリークリスマス、キルアー!」








 パーーーン!!
 クラッカーの弾ける音と共にキルアの耳に届いた、ゴンの声。


 驚いて目を見開くと、サンタの衣装(誰の趣味なのか、足元はやはり短パンだ)を着たゴンがキルアに駆け寄る姿が真っ先に視界に飛び込んできた。


「良かったーー! キルア、たった3日で来てくれるなんてすごいや! さすが、キルアだね!」
 満面の笑みでキルアに飛びつくゴン。全く状況の呑めないキルアは「あ? ・・・あぁ?」と間の抜けた顔で間の抜けた声を上げている。


 よくよく部屋の中を見回せば、ヒソカとイルミもそこに居る。テーブルの上にはチキンやピザやケーキなど、いかにもクリスマスらしいご馳走が並べられている。ご丁寧にクリスマスツリーも用意されており、部屋の天井や壁にはリースやモールや電飾がキラキラと飾られていた。


「な・・・何なんだ、一体・・・?」
 キャッキャと喜ぶゴンを脇目に、キルアはたじろぎながら独り言のように呟く。それを拾って返すのはイルミ。
「俺のプロデュース。サプライズパーティー。どうだい、キルア、驚いた?」
 ドヤ顔で言ってのける兄に、呆然としてしまうキルア。


(サプライズパーティー!? ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て、そんなことの為にオレはこの3日間振り回されたってことか!?)
 怒りを通り越して呆れ果ててしまい、キルアは返す言葉も無い。


「家族団欒なんて歳でもないし、それは流石に鬱陶しいけど、たまには可愛い弟といっしょにイベント事を楽しんだって良いじゃないか」
 ね? と隣に佇むヒソカに同意を求めるイルミ。ヒソカは「さぁ♣」と大した興味もなさそうに首を傾げる。


「でも僕はゴンといっしょに居られて楽しかったからよしとするよ♥」
 ねぇ、ゴン? と再び同意を求めるようにヒソカはゴンに視線を送るが、ゴンはサッとキルアの後ろに隠れてしまう。キルアも思わず、ゴンを庇うように両手を広げてヒソカを睨みつけた。


 が、ふと思い出してキルアはゴンを振り返り、一発ゲンコツでゴツン! とゴンの頭を殴った。


「痛ったぁーー! なにすんのさ、キルア!」
 殴られた頭を押さえて、涙目で抗議するゴン。
「うっせ、さっき電話で言っただろ、一発ぶん殴るって」
 フン、と言い放つキルアは、どこか嬉しそうな表情で。
「だからってホントに殴ることないだろ! オレが何したって言うんだよ!」
「そもそもお前が呑気に寝てる間に、ヒソカなんかに攫われるのが悪いんだろ!」
「仕方ないだろ! 気が付かなかったんだから、っていうかキルアだって気付かなかったじゃないか!」
「攫われた当人のお前が気付かないレベルで、どうやってオレが気付くんだよ!?」
「気付いてよ、キルアなんだから!」
「おまっ、むちゃくちゃ言うな、バカ!」
「あー、どうせバカですよーーだ!」


 という具合に、延々続くのではないかと思われるような果てしなく子供じみた言い争いがギャーギャーとしばらく展開されて。
 ゼーゼーと怒鳴り疲れた二人に、「そろそろいいかな?」とイルミが声を掛けた。


「キルアもおなか空いてるだろ? 好きなもの食べなよ・・・と、その前に」
 言いかけて、イルミはクルッとゴンに向き直ってちょいちょいと手招きをした。
「ゴン、こっちおいで。念を元に戻してあげるから」
 言われて、あっ、と気付いた表情を浮かべるゴン。言われた通り、小さなサンタは素直にトテトテとイルミの方へ駆け寄った。
 イルミの目の前に立ち、見上げるゴン。見下ろすイルミは「よし、じゃあ・・・」と呟いて。




 ズボッ――――!


「に゛ゃっ!?」


「!!」
「♠」



 ゴンの短パンの中におもむろに右手を突っ込んだイルミと、変な声を上げたゴンと、その様子を見て衝撃を受けたキルアとヒソカ。
 何かしらのダメージを食らった三人を他所に、イルミは涼しい顔で「ホラ、取れたよ」と細い針を指に挟んで、ゴンの短パンから手を抜いた。


 最初に回復したキルアが思わず怒鳴る。
「てめぇ、このクソ兄貴! 変態! いきなりゴンに何すんだ!?」
 憤るキルアに、イルミは「ん?」と振り返る。
「何って、針抜いただけだよ」
 と、なんでもない風に言ってから、イルミは「ハハ、さては変なコト想像したなー」とわざとらしく笑う。


「気の流れは身体全体を巡っているけど、オーラを練るのに最も気を集中させる場所は丹田だろ? そこに針を打つことで、簡単にオーラの流れなんて狂わせられるのさ」
 ゴンの下腹を示しながら弟に説明するイルミ。
 ゴンは本当に念が元に戻ったのかを試すべく『練』を行い、いつも通りにオーラが身体を包む感覚を得て「あー良かった」と安心した笑顔を浮かべた。


「・・・ま、ゴンの念も復活したところで♦」
 複雑そうな表情を浮かべたヒソカが、場をまとめるように告げる。その言葉を受けて、イルミがシャンパンのボトルを手に取って続けた。
「そろそろ、始めようか?」
 ふたつのグラスにシャンパン、ふたつのグラスにはシャンメリーを注ぐイルミ。めいめいグラスを手に取り、ゴンとキルアの二人は目を合わせて「エヘヘ」と少し気恥ずかしそうに微笑み合った。


 乾杯の音頭を、とヒソカに目配せするイルミ。
「・・・聖なる夜に♦」
 わざと似合わない台詞を選んだヒソカに、ゴンとキルアは再び目を合わせて笑い合う。




「かんぱーーーい!!」




(笑顔のキミが、隣に居る)
 その事実が、嬉しくて、幸せで。
 キルアとゴンは、少し早めのクリスマスをめいっぱい楽しんだのだった。

















 夜更けのキルアの部屋で。
 はち切れんばかり、おなかいっぱいにご馳走を平らげたゴンとキルアの二人は流石に眠くなり、キルアの部屋でいっしょに寝ようか、というところであった。
 離れ離れの三日間、話したい事は山ほどあったが、話は明日でいいかと諦めて、キルアは重い瞼を擦りながらベッドにもぐりこんだ。いつも通りにゴンが隣に居る、希望に満ちた明日が来ることを、楽しみに思いながら。


 少しして、サンタの衣装を脱いだTシャツ姿のゴンがキルアの隣に滑り込んでくる。「ヘヘ」と嬉しそうに笑いながら眠りに就こうとするゴン。
 が、しかし。




「――――っっ!!?」




 信じられないものを見た、とばかりに飛び起きるキルア。眠気も吹っ飛んだ様子でゴンの肩をガシっと掴んだ。キルアの豹変ぶりに驚き、ゴンもまたまどろみから覚醒する。


「・・・ゴン・・・お前・・・・・・」
 わなわなと震えるキルア。ゴンは訳がわからず「え? え? キルア、なに、どうしたの?」とキョトンと問い掛ける。
 キルアは、ゾルディック家の敷地中に響き渡るのではないかというほどの大声で叫んだ。




「お前、なんつーモンつけてんだーーー!!」




 キルアが食い入るように見つめるのはゴンの首筋や鎖骨に残されたキスマーク。
 キルアの視線に気付き、ゴンはハッとして思わず首筋を手で押さえ、頬を赤らめた。
 その仕草が益々癇に障り、キルアは更に怒りを募らせてゴンに詰め寄る。




「あ? お前、ナニ? ヒソカに何されたわけ? ってゆーか、相手はヒソカだよな? まさかウチの兄貴じゃないよな?」
「あ・・・イヤ・・・ヒソカだけど・・・」
 益々顔を赤くして困った表情を浮かべるゴン。
 キルアはこれ以上ゴンを問い詰めても無駄と悟り、起き上がってベッドから抜け出し、部屋から出て行こうとする。


「どこ行くの、キルア!?」
 キルアの背に呼びかけるゴンに、キルアは静かに「ヒソカぶん殴りに」とだけ告げた。


「も〜いいじゃん! 寝ようよキルア! もう明日にしよう!」
「あ、てめぇ! ヒソカを庇うつもりかよ! お前ら、さては・・・」
「ち、違うって! 絶対! そんなんじゃないって!」
「なんでそこで顔赤くすんだよ! 余計に腹立つわ!」
「も〜、ゴメンってキルア!」
「謝るな! ゴン、頼むからそこで謝らないでくれ!」
 思わず号泣しそうになるキルアに「なんで泣くんだよぉ」と困ったように首を傾げるゴン。


(ああ・・・コイツは・・・本当に、コイツって・・・)
 天然で純粋のクセにタラシで、ついでに無自覚。一人にさせておくのは危険過ぎて、キルアはいつも冷や冷やしてしまう。
「・・・ゴン、とりあえず・・・」
 ハァ、と溜息を吐いてキルアはゴンに小指を差し出した。
「次から、ホテル泊まる時には必ずいっしょの部屋にしような」
 もう、誰にも奪われないように、いつも一緒に笑って朝を迎えられるように、と願いを込めて。
 ゴンは笑顔でキルアの小指に指を絡めた。