一枚ずつ、交互にカードを配るキルア。
椅子に座り、テーブルの上にカードを滑らせる。
キルアの右側にはゴン、左にはヒソカ。テーブルを挟んで椅子に座る二人。愉しそうにゴンの様子を眺めるヒソカと、そんな視線が気に入らないのか不満そうな表情でヒソカを睨みつけるゴン。
(・・・なんでこんなコトしてるんだろ・・・)
半ば呆れた気持で、キルアは突如始まった「ポーカー」対決のディーラーを務めているのであった。
天空闘技場。
ギドとの戦いで重傷を負い、約束を破った罰として師匠であるウイングから念の修行を禁じられたゴン。
既に怪我は完治していたが、ウイングとの約束は守るべく「点」と筋トレだけを繰り返していた日々に、突然訪れたのは青天の霹靂ならぬ赤毛の悪魔。
キルアと二人、ゴンの部屋で「点」を行っていた時に、訪問者を告げる部屋のチャイムが鳴った。ゴンとキルアは不思議そうに顔を見合わせ、ゴンは首を傾げながらもドアへと歩み寄りそっと扉を開けた。
「やあ、元気そうだね♣」
ドアの隙間から笑顔を覗かせたのは、ゴンにとって誰より憎き男だった。
「ヒソカっ・・・!」
驚いて思わず叫んだゴンの声にキルアが「何っ!?」と反応し、すかさずゴンに駆け寄り腕を引いて、ゴンの身体を自身の背に追いやろうとする。
病み上がりという事もあるが、ヒソカと対峙することでうっかり「念」を使ってしまっては、折角ここまで我慢してきた日々が台無しだと判断した上での、キルアの行動だった。
そんなキルアの様子を見て、微笑ましい、と言わんばかりの笑みを浮かべるヒソカ。
完全に二人を舐めきった態度に苛立つキルアだったが、実力差は歴然、ヒソカのそんな態度もある意味当然で、憎らしい男の鼻を明かしてやることが出来ぬ無力さにキルアは歯噛みする。
しかしゴンは――――ハンター4次試験にて既に一度、泣くほど悔しい思いを味わっている所為か、ヒソカのその程度の視線と嘲笑ではビクともしないようで「・・・何しにきたの?」と、どこか気の抜けたような声でキルアの背中越しに尋ねた。
その緊張感の無さに、キルアは思わずズルッとずっこけてしまう。
「おーまーえーなー!」
視線はヒソカに向けたまま、器用にゴンに対して説教しようとするキルアにゴンは「大丈夫だよ、キルア」と笑顔を向けた。
何の根拠があっての「大丈夫」なのか、キルアにはよくわからなかったが、確かにヒソカに害意は感じられずキルアはしぶしぶ警戒を緩めた。
ヒソカはそんなキルアをチラリと一瞥し、ゴンに視線を移すとニコリと微笑んで背を屈め、ゴンに顔を近づけた。
「別に、特に用事はないんだけど♣ まあ、お見舞いも兼ねてちょっと君と遊びたくなってね♥」
笑顔で言いながら、ヒソカはゴンに右手を差し出す。不思議そうにゴンがその手を見つめていると、ヒソカはひらいた右手を軽く握り、くるんと手首を回転させてもう一度開いた。
その手の中には、ガーベラの愛らしい小さな花束が握られていた。「おおっ」と純粋に驚いているゴンに対し、ヒソカは笑顔で「どうぞ♥」と花束を差し出す。
素直に「ありがとう」と花束をもらおうとするゴンに、キルアが「そんなモンもらってる場合かよ!」と呆れ顔でつっこむ。
するとヒソカはまた、嘲るようにキルアを一瞥し「キミにはコレね♦」と言い、またもやどこから取り出したものか、いくつかの紙の箱をバラバラとキルアの頭の上に落とした。
箱は軽く、大して痛くもないが頭に落ちてきたものに対し「痛って! てめー、何・・・!」と反射的に叫んだキルア。しかしそれが、お気に入りの玩菓の箱であることに気付いた瞬間、ネコがお気に入りのおもちゃを見つけた時のような反応を見せて、目を輝かせた。
が、うっかりモノにつられてしまった自分に気付き、キルアは軽く咳払いをして複雑そうな表情でゴンの顔を見る。ゴンは困ったように笑っており、その眼は「アハハ、仕方ないなぁキルアは」と語っている。キルアは唇を尖らせて拗ねたように「フン」とそっぽを向いた。
「折角、此処へ来たというのに闘えないんじゃ、さぞかし退屈しているだろうと思ってね♣ ゲームでもしないかい?」
言いながら、ヒソカはトランプを一揃い取り出し、手の中で鮮やかにシャッフルする。
「念も腕力も必要ない単純な勝負だ♦ ポーカーでもしようか?」
ヒソカのそんな他愛ない一言から、奇妙な『勝負』が始まったのだった。
5枚ずつカードを配り終えたところで、ゴンがテーブルに伏せられたカードに手を伸ばす。
カードを見た瞬間、思わず渋い表情をするゴン。
(・・・顔に出すなよ、カオに!)
ゴンのその表情を見て、思わず心の中でつっこみを入れるキルア。するとヒソカは「おや、良いカードが来なかったのかい?」と遠慮なくゴンに茶々入れをする。ホラ見ろ、とキルアはゴンのバカ正直さに胸の内で舌打ちしたが、ゴンはヒソカの揶揄にも反応することなくう〜んと唸っている。
「・・・ゴン、折角だから何か賭けをしようか♣」
そんなゴンの気を引く為か否か、不意にヒソカはそう切り出した。その言葉に、ゴンは難しい表情はそのままに顔を上げたが、「ん?」と事情のよく飲み込めていない様子で首を傾げる。
「例えば、そうだね・・・この『勝負』にキミが勝ったら、キミと僕が闘う時に僕のことを一発殴らせてあげるよ♥」
余裕たっぷり言い放つヒソカ。しかしゴンは、その言葉に「ダメだよ、そんなの、いらないよ!」と語気を強めて抗議する。
「そんなハンデなくったって、お前を殴るって決めてるんだ! 絶対、借りは返してやる!」
そもそもゼビル島での屈辱を晴らす為に、闘って強くなるべく此処へやって来たゴンだ。「僕の顔に一発ぶち込むことが出来たらプレートを受け取ろう」とヒソカに半ば強引に作られた借りを自らの力で返したいゴンなのに、こんな稚戯であっさりとなかったことにされては、屈辱と怒りのやり場もなくなってしまう。
そんなゴンの勢いを見て「おやおや♦」と嬉しそうに微笑むヒソカ。
「わかったよ、ゴン♥ それじゃ、キミが勝ったら一発蹴りを入れていいよ♦」
(それじゃ何も変わんねーだろうが!)
と、即座に心の中でつっこむキルアだが、ゴンはあっさり
「うん、じゃあそれでいーよ」
と答えた為、「いいのかよ!?」とこちらには思わず声に出してつっこみを入れてしまう。
「その代わり♣」
妖しい光をその眼に湛えて、ヒソカはニヤリと笑みを浮かべる。
「僕が勝ったら、この場でキミを一発殴るよ?」
勿論、殺さない程度にだけどね♪ と愉しそうに言い放つヒソカに、ゴンはグッと顎を引き、不敵な笑みを浮かべてヒソカを睨む。
「うん、いいよ、負けないから」
(・・・どっから出てくんだよ、その自信は)
半ば呆れながらも、キルアは安心したように息を吐いた。
キルアとは違い、ゴンの勝負強さや運の引きは神がかり的なものがある。本来、「ポーカー」はチップの掛け方に対する駆け引きが強く勝負に影響するが、今回は一発勝負。とにかく強い役を揃えれば勝ちなのだから、ツキのあるゴンには向いている。
よし、とキルアが心中でゴンを応援する一方、ヒソカはゴンのその挑戦的な眼差しに欲情を覚える。
(まったく・・・彼は何処でこんな眼を覚えてくるんだろうね♠)
嬉しそうに微笑みながら、ヒソカは静かにゴンの眼を見つめ返していた。
ディーラーの左側、ヒソカが先にカードを交換する。2枚、場に捨て、テーブルの中央に置かれたパイルから2枚引く。その表情は動かず、手の内の役がどれほどなのかまったく判断がつかない。
次いでゴン。最初にカードを手にした時から難しい表情をして随分悩んでいた様子だったが、グッと覚悟を決めたように4枚の札を場に捨てた。
(4枚って、お前・・・)
ややたじろぎながらゴンの様子を見守るキルア。
ゴンはゆっくり、1枚ずつ確かめるようにパイルからカードを引いていく。
そして、4枚目のカードを確認した瞬間――――
「やぁぁーーーったーー!」
と、その場で大声を上げて喜ぶゴン。
椅子から立ち上がり、ニッと笑ってテーブルの上にカードを出し、手の内を明かした。
「フラッシュ!」
ハートのスートが4枚と、ジョーカー1枚。
おそらく交換の際に残した1枚がジョーカーだったと見受けられ、交換した4枚のスートが揃うなど、中々起こらぬ幸運であることは間違いない。
オッ、と目を見張るヒソカ。キルアは内心、勝ったと思ってニッと笑みが零れる。
ヒソカは、ふぅとひとつ、ゆっくり息を吐いてから、パサとカードを明かした。
「・・・フルハウス♥」
キングが3枚、ハートとスペードの4で紛うことなきフルハウスが完成していた。
ぬか喜びも良い所だ、瞬間的にゴンは笑みを凍らせて、酷く悲しそうな、悔しそうな表情を浮かべた。
しかも憎らしいことに、揃った2枚の数字は4。並んだ44は、ゴンが持つヒソカのプレートの番号だ。こんな、たかが『ゲーム』で、再びこの番号を突きつけられるのかと、ゴンは悔しさを噛み締める。
「残念だったね、ゴン♣ という訳で僕の勝ちだから、約束は守ってもらうよ♦」
ヒソカは立ち上がり、ゴンの目の前へとゆっくり歩み寄る。
見上げるゴンは悔しさを滲ませるが、仕方ないと諦め、グッと奥歯を噛み締めて、迫り来る衝撃に備えてギュッと目を閉じた。
「・・・良い子だ、ゴン♥ それじゃあ・・・」
言いながら、ヒソカは拳を握り締め、右手を振り上げ――――
殴りかけた拳は途中で止まり、ヒソカは顔を寄せ、チュッとゴンの頬にキスをした。
一瞬、何が起こったのか理解できないゴン。傍らで見ていたキルアも同様だ。
恐る恐る目を開けたゴンのすぐ近くにヒソカの顔があり、頬に触れた感触からキスをされたのだとゴンが理解できたのは数瞬後のことだった。
「〜〜〜〜〜っ!? ヒ、ヒソカっ!? な、何すんの!?」
思わず真っ赤になり、キスされた頬を押さえながら抗議するゴン。
ご機嫌なヒソカはゴンの問いには答えず、「楽しかったかい? いい退屈しのぎになっただろう♣」と言いながら、唖然とする二人を置いて部屋を去ろうとする。
何事か罵声を浴びせかけたかったキルアだが、何と言ったものかと思案していると、部屋を出て行こうとするヒソカが「あ、そういえば♠」と何事か思い出したように呟いて、クルリと振り向いた。
「ゴン、キミが引いた4枚のカード♦」
テーブルの上に並べられたままのカードを指差し、ヒソカはゴンを見つめてにっこり微笑む。
「僕からの、メッセージだから♥」
それだけ笑顔で言い残して、ヒソカはパタンとドアを閉じて部屋を後にした。
顔を真っ赤にしたゴンと、不愉快極まりないキルアは目を合わせて、複雑な表情を浮かべる。
(4枚のカードがメッセージ・・・?)
ヒソカが最後に言った言葉が気になり、キルアはテーブルの上を覗き込む。
全てハートのカード。数字は7と10とエースと3。
「・・・あっ!」
先に気付いたのはゴンだった。
声を上げ、両手で口を押さえて顔を真っ赤にしている。
「えっ、何? 何に気付いたんだよ?」
訝しげに尋ねるキルアに、ゴンは非常に困ったような表情を浮かべ、しぶしぶ、というように並んだカードの下部を指差した。
「・・・げ」
それを見て、キルアはむしろ青ざめる。
しばらく、無言の二人。
ハァ、と溜息を吐いて、キルアがゴンに問い掛けた。
「・・・それでも、お前はヒソカと闘いたいんだよな?」
確認するように尋ねると、ゴンは両拳を頭上に掲げ、キーーっと喚くように叫んだ。
「絶っっっ対! 絶対、ぶん殴る!!」
誓い新たに、ゴンは今日からの「点」は「ヒソカを殴る!」ことを目標にして取り組もうと決心した。