てくてくてくてく。
 イルミはゴンの小さな手を引いて、通り掛かった街のメインストリート、石畳の歩道を歩んでいた。
 柔らかい小さな手の温もりはイルミの心をじんわりと満たしてくれているが、それでも彼の心の片隅を占める苛々や不機嫌さまでは拭い去ってくれない。
 イルミの機嫌を悪くさせている、その原因とは。


「ゴォン〜〜〜♥ ボクとも手を繋ごうよぉ♥」
「ゴン、こんな変態なんかと手を繋いだら病気が伝染るぞ。俺にしておけ」
「失礼だなクロロ、ボク病気なんか持っていないよ♣ むしろクロロと手なんて繋いだら心の病に罹っちゃうよ、中二病ってヤツにさ♠」
「ゴンはまだ中二にもなっていないから罹患する心配はない。大丈夫だ、安心して俺と手を繋げ、ゴン」
「イヤ、そういう問題じゃなくて♠ ってかアナタ、自分が中二病患者だって自覚あったんだ・・・♣」
 イルミと手を繋いでいない方のゴンの手をどちらが繋ぐかで先ほどからずーーーっと言い争いをしているヒソカとクロロの存在が、イルミの機嫌を著しく損ねていたのだった。


 そもそもゴンと二人で旅をしていたはずなのに、どうしてこの二人がさも当たり前のような顔をしてついてくるのか。
 鬱陶しいし騒々しいし邪魔だし・・・とイルミは無表情ながらもイライラを募らせていた。
 そんなイルミの様子を察したのか、ゴンはチラリと心配そうにイルミを見上げてから、困ったような笑みを浮かべて後ろの二人を振り返った。


「ヒソカもクロロもさ、歩道は三人で横に並んで歩いたら他の人の邪魔になっちゃうよ。だから、両方の手は繋がない方が良いと思うんだ」
 ギャーギャー騒ぐ大人をなんとか宥めようとするゴン。
 しかし子供に気を遣わせるダメな大人たちは「流石ゴンは良い子だ!」「ますます好きになっちゃうよ♥」などと口々に囃し立てる。
 一方、邪魔な二人の戯言がゴンに要らぬ気を遣わせたことに益々機嫌を損ねたイルミは、後ろをついてくる二人をジトリと冷たい眼で睨みつけた。が、睨まれた当人たちはイルミのご機嫌など1mgも気にした様子もなく、特に赤髪の変態奇術師などは遠慮なくゴンのお尻をガン見している始末である。思わずその切れ長の眼にぷっすりと針を突き刺してやろうかとイルミが思った瞬間に、ゴンがイルミの手を引っ張って叫んだ。


「ねえねえイルミ、見て、あれ! すごい立派な建物!」
 興味津々といった様子でゴンが指差す先には見上げるほどに大きな大きな石造りの建物が聳え立っていた。
 至る所に天使や聖人の立派な彫刻が掲げられ、壁面にはステンドグラスが嵌められた非常に荘厳な佇まいである。


「あぁ、聖バレンチヌス教会だね」
「ばれんちぬす?」
 イルミに聞き返すゴンに、待ってましたと言わんばかりに得意げに答えたのはヒソカだった。


「いわゆる恋愛の神サマみたいなものだよ♥ あの教会は、この街の観光要所なのさ♦ 折角だから寄って行こうよ、ゴン♪」
 ヒソカはそう提案すると、ゴンの肩に両手を置いてグイグイ押してくる。
 目の前の教会に興味を引かれつつも、ゴンは戸惑いながら許可を求めるようにチラリとイルミを見上げる。
 自分の所為で更にイルミの機嫌が悪くなっては困るという、ゴンなりの配慮と判断だった。
 しかしイルミはいつも通りの無表情ながらも、眼だけは穏やかにゴンを見下ろして告げた。


「ゴンが行きたいなら行っていいよ。別に、俺にまで気を遣う必要ない」
 そう告げられ、ゴンはパアッと嬉しそうな笑顔を浮かべる。ひとつ大きく頷くとイルミと繋いでいた手を離し「ヒソカ、行こう!」と声を上げながら、ヒソカの腕を引っ張る。
 ゴンに腕を引かれる形になったヒソカは大変機嫌良くニコニコしながら、二人で教会へと小走りで向かって行った。


 そんな二人の後を追おうとクロロがイルミの横を通り過ぎようとするが、イルミはジト眼でクロロを捉えてボソリと告げた。
「クロロ、教会なんかに入って良いの? 罰当たりのくせに」
 普段背中に背負っており、今はバンダナで隠されている額に刻まれた逆十字のことを指している訳だが、指摘されたクロロはなぜか得意げにフフンと微笑んで言った。


「俺は別に神を信じていない訳じゃない。ただ、俺が信じているのは教会が崇めているのとは別物というだけだ。ゴンは俺の天使であり神でもあり俺の最愛の・・・」
「なにそれキモイ。ゴンを題材に中二ポエム詠むの止めてよね、それこそゴンへの冒涜だよ」
 クロロの滔々とした弁を途中でぴしゃりと遮ったイルミは、ぷんすと立腹しながらヒソカとゴンの後を追う。


「・・・・・・」
 残されたクロロはしょんぼりと佇んでいたが、やがて三人の後を追うようにとぼとぼと教会へ足を運ぶのだった。










 ぽかん、と口を開けて天井を見上げているゴン。大きな瞳は、驚きで更に大きく見開かれている。
 外から見る以上に教会の内部は荘厳な雰囲気で、空気がピンと張り詰めているようにさえ感じる。ステンドグラス越しに届く陽光は天国から降り注ぐ光のようで、まるで別世界にワープしてしまったのではないかと錯覚するくらい、ゴンにとって此処は不思議な空間だった。
 スン、とゴンが鼻を鳴らして匂いを嗅げば、古い建物独特の埃と黴の匂いがする。嫌いな匂いじゃない、とゴンは思う。


 ほええぇ〜と間抜けな顔で上を横をと見上げているゴンの傍らで、ヒソカは心底嬉しそうに笑みを浮かべている。
 ゴンが驚いたり喜んだり怒ったり泣いたり、とにかくゴンのくるくると変わる表情を見ているのが、ヒソカは好きなのだ。


 ギィっと入り口のドアの開く音がして、薄暗い教会内に細く光が差し込む。二人がドアの方に目線を送れば、イルミが入ってくるところだった。
 イルミは建物内部にぐるりと一周視線を泳がせ、ふぅん、という表情を見せた。


 観光名所、ということもあり教会内には何組かの観光客がめいめい写真を撮ったり、中央の像に祈ったりする姿があった。
 若い女性の姿もあったが、荘厳な空気を読んでか、あまり騒ぐことも無く会話はコソコソと小声で行われていた。


「思ってたより立派だね」
 こちらもきちんと空気を読んで、ゴンとヒソカに小声で話し掛けるイルミ。
 ゴンは、やや興奮した面持ちでブンブンと頭を上下に振った。イルミの言に頷いているつもりらしい。
 それを見て、大げさなゴンの身振りにヒソカはまたクスリと笑う。


「この教会で奉られているバレンチヌスという聖人は、貧しくて結婚式を挙げられない男女や、身分違いで駆け落ち同然のカップルを、積極的に祝福して無償で式を執り行ってやったそうだよ♦ そんな言い伝えから、この教会で愛を誓うと永遠を約束できるという迷信が広がったそうだ♣」
 迷信、という言葉を用いるのがいかにもヒソカらしいと感じたが、ゴンはその説明に再び「へえぇぇ〜」と興味深げな表情を浮かべて見せた。


 その時、バターーン! と大きな音を立てて再び入り口のドアが開いた。派手な音にゴンたちのみならず、他の観光客たち全員がドアに注目する。
 そこには、空気の読めぬ中二病患者が満面の笑みを浮かべて佇んでいた。「あっ、クロロ」と声を上げようとするゴンの口をヒソカが後ろから大きな手で塞ぎ、入り口に背を向ける。イルミも同様にそっぽを向いた。どうやら、他人の振りをすることに決め込んだらしい。


 しかしクロロには当然、ヒソカやイルミの思惑など通じるはずも無く。


「ゴン、これを見ろ!」
 と、嬉々として大声で話し掛けながらゴンに近づいてくる。他の観光客たちの怪訝で迷惑そうな視線を感じて、ヒソカもイルミもギロッとクロロを睨みつけるが、当人はまったく気にした様子も無く、ゴンの前にしゃがみこむとキラリと光る何かをゴンの眼前に差し出して見せた。
「なぁにこれ? 指輪?」
 優しいゴンは大人二人と違い、クロロを無視することも冷たく当たることもなく、ニコニコしながらクロロに問い掛ける。クロロはシンプルな銀の指輪を指でつまんでゴンに見せていた。
「今から千年以上前の指輪らしい。この教会で式を挙げた夫婦のものらしいぞ」
 クロロの説明にゴンは再び「へえぇぇ〜」と感心したような声を上げた。
「ほらゴン、手を出せ」
 言いながら、跪いたクロロはゴンの左手をそっと取る。そしてきょとんと不思議そうな表情のゴンに構うことなく、クロロは手にしていた指輪をゴンの左手の薬指に嵌めてやった。


「・・・!? クロロ、何して・・・♣」
 突然のクロロの行動に度肝を抜かれたヒソカが半ば怒りを滲ませてクロロを睨みつけるが、クロロは満面の笑みを浮かべて「ゴン、愛してるよ」と告げる。


 すると。


 突然、ゴンの指に嵌められた指輪がパアアァァッと物凄い光を放ちだした。
 指輪のみならず、ゴンの身体からも光が放たれる。


「う、うわあぁぁぁ!? な、なんなのっ?」
 戸惑いの声を上げるゴン。


 クロロは突然浴びた光の眩しさに眼がくらんだらしく、尻餅をついて眼をこすっている。
 そのあまりに間抜けな姿に、役立たず、とイルミはクロロに心の中で悪態を吐いて『凝』を行った。
 ヒソカも同様で、ゴンの左手を掴むと耳元で告げた。


「ゴン、精孔を閉じるんだ♦ このままでは身体中のオーラが出尽くしてしまう♣」
 どうやら指輪を嵌めた影響のようだが、ゴンは強制的な『練』の状態にあるようだ。
 しかしヒソカの言に、ゴンは困ったように声を上げる。


「やろうとしてもダメなんだ! 勝手にオーラが出ちゃう!」
 眉をひそめ、苦しそうな表情を浮かべるゴン。
 ヒソカはゴンの指から指輪を抜こうと力を込めるが、指にしっかりと食い込んでしまっており、どんなに引っ張っても指輪は抜けない。
 その様子を見て、イルミが冷たくクロロに尋ねる。


「ちょっと。あの指輪、どこから持ってきたの?」
 無表情ながらも激しく怒っている様子のイルミにビクッとしつつ、クロロはおずおずと問いに答えた。
「ち、地下の宝物庫から・・・」
「盗ったの?」
「ハイ」


 スパーーン!
 イルミは無言でクロロの頭を叩いた。


「なんでこんなところで本業の仕事始めるの♣」
 ヒソカもゴンに寄り添いながら、呆れたようにクロロに突っ込みを入れる。
「だ、だって・・・きれいだったから・・・ゴンにあげたいなって思って・・・」
「盗品なんかゴンは受け取らないよ」
 いじけたように呟くクロロに、イルミがぴしゃりと言い捨てる。クロロは肩身狭くしゅんと縮こまった。


 イルミはキョロキョロと周囲に視線を巡らせ、やがてゴンの様子を心配そうに見守っている観光客の女二人組が手にしている、この教会のパンフレットらしきものを視界に捉えた。
「ちょっとそれ貸して」
 二人組に近寄り、手を差し出しながら話し掛けるイルミ。冷たい美貌の持ち主に話し掛けられ、女二人は驚きで一瞬固まってしまったが、手にしていたパンフレットをなんとか恐る恐るイルミに手渡した。
 イルミはパラパラとページをめくり、やがて目的の項目にたどり着いたようで、そこに書かれている文章を声に出して読み上げた。


「当教会の宝物庫に眠る指輪は別名『嘆きの指輪』とも呼ばれ、当教会で式を挙げようとした女が直前に男に裏切られ、自殺した際に嵌めていた指輪だと言い伝えられている。女の死後、指輪のみが転々と持ち主を変え、その度に持ち主が不業の死を遂げている為、いわくつきの品として当宝物庫に保管されることとなった」
「・・・・・・」
「・・・・・・♣」
 イルミの説明を受けて、青ざめるクロロとそれを睨みつけるヒソカと。


「うわああぁぁぁ!! どうしよう! 俺の所為でゴンが死んでしまうのか!? そうなのか!?」
 頭を抱えて喚き出したクロロに、イルミが再び「うるさいクロロ、黙ってて」と冷たく言い放つ。


 ゴンのオーラはいまだ衰えることなく、普段よりも更に激しい勢いで放出し続けている。しかしオーラの勢いとは裏腹に、ゴンはヒソカの腕の中でぐったりと力なく苦しそうな表情で呻いている。
 イルミもゴンの傍らに膝をつき、指輪を抜いてみようと力を込めるがやはり抜くことはできない。


 その間にも、ゴンのオーラはどんどん流れ出ている。心なしか、最初よりも放出されるオーラの量も少なくなっている。ゴンに残されたオーラは僅かなのかもしれない。


 なんとか指輪を抜くことができれば。そう考えたクロロが声を上げた。


「そうだ、石鹸だ! おばあちゃんの知恵袋だ! 指輪が抜けない時は石鹸を使えば抜けるって言うじゃないか!」
「どう見てもそういう問題じゃないでしょ。だからクロロはちょっと黙っててよ」
「ヌルヌルした液で指輪が抜けるなら、ボクがとっくにやってるよ♦ 自前のミルクを使ってね♥」
「・・・ヒソカもちょっと黙っててくれる」
 うんうん苦しむゴンを前に、めいめい好き勝手ほざくクロロとヒソカ。
 だからコイツらと一緒に居るのは嫌だったんだとイルミは渋面を浮かべる。


 だんだんと、ゴンの身体から放たれるオーラの輝きが弱々しくなっていく。心配そうにゴンの手を握るイルミ。ゴンの額に浮かんだ汗を、ヒソカは指で拭ってやる。


 そして、クロロは。


「わかった! マチを呼ぼう! 一旦、ゴンの指を切り落としてマチに治してもらえば良いんだ!」


 なんとかこの状況を打開しようと、最善の策を提案したつもりのクロロであったが。


 次の瞬間、彼の目の前には、つい先ほどまでとは別の二人が佇んでいた。


「ゴンの指を・・・切り落とす・・・? こんなに可愛い指を・・・?」
 淵が尋ねる。


「むしろお前の指を切り落としてやろうか? お前の粗末な一物も含めて、全部」
 貞子が呪う。


 目の前の二人の化物に気圧され、クロロは再び尻餅をついて「ス、スミマセンでした・・・」と小声ながらも心からの謝罪を述べた。


 やがて気が済んだように化物は人間に戻ったが、ゴンの表情は険しくなる一方だ。ハァハァと呼吸も荒く、苦しそうに眉を寄せている。
「ゴン・・・♣」
 ヒソカが切実に呼び掛ける。
「ゴン」
 イルミもゴンの手をぎゅっと握って、苦しそうな表情を覗き込む。
「ゴン・・・ゴンっ・・・!」
 クロロも心配そうにゴンの顔を覗き込もうとするが、イルミとヒソカが揃ってクロロの顔を足蹴にして遠ざけた為、残念ながらクロロはゴンの顔を見ることすら叶わなかった。


 その時、三人の呼び掛けに応えるように、ゴンがうっすらと眼を開けた。
「ゴン・・・!」
 イルミが声を上げる。
 ゴンは苦しそうに呼吸をしながら、微かな声を絞り出した。
「イルミ・・・みんな・・・仲良く、してね・・・」
 それだけなんとか告げると。
 ゴンは開いていた眼をフッと閉じ、意識を失った。同時に、ゴンの身体を覆っていたオーラも消え去ってしまう。
 キーーンと乾いた音が教会の高い天井に響いた。どんなに力を入れても抜けなかった指輪が、ゴンが意識を失うと同時にするっと抜けたのだった。
 それを見て、クロロが突っ伏して叫び出す。


「うわあぁぁ! ゴン、俺の所為で死んでしまったのか!? そんなバカな、もう一度、目を開けてくれ!」
 慟哭するクロロをイルミが一蹴する。
「死ぬわけないだろ」
 言いながらイルミは立ち上がり、ゴンをお姫様抱っこの形で抱きかかえる。
 イルミの言葉に、クロロは顔を上げて「へ?」と間抜け面でぽかんと尋ねる。
 よくよく見れば、ゴンの胸は規則正しく上下しており、ただ眠っているだけのようだ。
「全てのオーラを搾り出せば、全身疲労で気を失う♠ でも、流石に死にはしないよ♦」
 ハァと溜息を吐きながら、ヒソカもやれやれと立ち上がる。
 それを聞いて、クロロはパアッと表情を明るくする。


「そうか! そうだよな、流石に死なないよな! いやー、良かった良かった」
 先ほどまでの慌てふためきぶりはどこへやら、一転して能天気に笑顔を浮かべるクロロ。


 その様子に、再び二体の化物が顔を覗かせた。


「でも、クロロの所為でゴンがこんなに苦しい思いをさせられたんだよね・・・♠」
 淵が呟く。
「お前が余計なことしてくれたおかげで・・・」
 貞子が呪いをかける。
 ヒイイィと怯えたクロロはその場を慌てて立ち去ろうとしたが、時既に遅し。


 ヒソカが能力を発動させ、バンジーガムをクロロの足に投げ付ける。絡め取った両足を引きずり、教会の前方へクロロの身体を吹っ飛ばす。
「えええぇぇぇ!?」
 ビターーーンと逆さ吊りの状態で十字架に貼り付けられたクロロ。イルミは針を投げ付け、クロロの服を更に十字架に貼り付ける。
「良かったね、これでお前の逆十字も正しい位置に直っただろ」
 イルミが冷たくそう告げると。
 ヒソカが拾い上げた先ほどの指輪を、今度はクロロの指に嵌めてやった。


「ぎいぃやああああぁぁぁ!!」
 全身からオーラが垂れ流し状態になり、クロロは苦痛の叫びを上げる。


「ゴンと同じ苦しみを味わえば良いさ♣」
 ふん、とヒソカもそっぽを向いて、ゴンを抱えたイルミの後に続く。
 二人が教会から出て行き、パタン、ドアが閉ざされた後も、クロロの悲鳴はその後暫く響き渡っていたのだった。