潮の香りと波の音。真っ青な空とサラサラの白い砂浜。
 明るい陽光が砂と海に反射してキラキラと輝いている。


 ゴンは日差しを遮るように手を額にかざして島の様子を見渡してみる。リゾート地のような穏やかで広々としたビーチだが、人の気配はゼロだ。


 此処はコリブ海に浮かぶ小さな島。一週間ほど前に、今日この日にこの島へ一人で来いとジンからゴンに連絡が入った。5月5日。今日という日が何の日なのか、流石にゴン自身も十分理解している。
 自分の誕生日だ。
 そんな記念日にジンが自分を呼んでくれたことがゴンは本当に嬉しくて、物心ついた時以来初めて父親と共に過ごせるかもしれない誕生日に、胸躍らせていた。


 近隣の港町から漁船を出してもらって辿り着いた砂浜に、ゴンは一人分の足跡をつけて歩いていく。
 眩しい日差しに目を細めながら陸地の小高い丘を見上げれば、コテージのような木造の一軒家らしきものが見える。
 あそこでジンが待っているのだろうかと、ゴンは期待に胸を高まらせ、自然と口元に笑みを浮かべながら、砂浜から岩場へ、森へ丘へと歩を進めて行く。


 建物の前に辿り着いてみると、砂浜から見上げていた印象より随分と大きく感じた。
 波の音はまだ高く響き、遠くカモメが鳴く声が聞こえる。
 初夏の日差しをめいっぱい全身に浴びながら、ゴンは玄関前に設けられた数段の階段を上り呼び鈴を押してみる。


 うーーい、とログハウス風の建物の中からゴンの耳に届いた声は聞き覚えのあるものだった。
 誰だったっけ? とゴンが記憶を掘り返している間に声の主はドアを開けて姿を現した。


「おー、来たか来たか、とりあえず中入れ!」
 もじゃもじゃの頭をかきむしりながら笑顔でゴンを手招きするのは。
「ドゥーンさん!?」
 グリードアイランドの製作者の一人で、ジンの仲間である男だ。何故ドゥーンが此処に居るのかとゴンは驚いて声を上げるが、ドゥーンはニヤニヤ笑みを浮かべたまま家の中へ戻って行ってしまう。
 困ったなぁといった風に首を傾げるが、ゴンは仕方なく「おじゃましまーす」と挨拶してからおずおずとログハウスの中へ足を踏み入れた。


 家の中でも波の音が聞こえてくる。
 ログハウスは窓が多い造りになっているようで、潮の香りやキラキラした陽光が板張りの廊下にふんだんに注ぎ込まれている。
 ゴンはこの家自体が持つ木特有の安心できる香りを、ひとつ大きく胸いっぱいに吸い込んだ。


 ドゥーンの背を追ってゴンが辿り着いたのはダイニングで、グリードアイランド城のような散乱した部屋を予想していたゴンにとっては意外にも、そこはきれいに片付けられていた。「適当に座って待ってな」とドゥーンに言われたゴンは、足をぶらぶらさせながら木製の椅子にちょこんと座って大人しく待つ。
 暫くして、ドゥーンはどこからか白い封筒を手にして戻ってきた。


「ほらよ」
 笑顔でその封筒をゴンに投げ渡すドゥーン。上手くそれをキャッチしたゴンは当然の疑問を口にする。
「・・・ジンは?」
 その質問には一瞬渋い表情を浮かべたドゥーンだが、いつもの通り大きな口を開けて「ガッハッハ」と笑ってから「残念だったな、ジンは居ないよ」と軽い口調で告げた。


「ったく、アイツも息子を呼びつけておいて自分はトンズラかますとか、良い度胸していやがるよなー! 俺はお前にそれを渡すように言われてるだけだから、とりあえず開けてみろや」
 ゴンの向かいの席に腰を下ろし、頬杖をついてニヤニヤとゴンの様子を観察するドゥーン。
 折角ジンに会えると思っていたのに肩透かしを食らったがっかりする気持と、ならば逆にジンは何をしたくてゴンを呼んだのだろうというワクワクした期待が、ない交ぜになった気分でゴンは受け取った封筒を開けた。


 カサカサと音を立てて、ゴンは封筒の中から紙を取り出す。
 便箋ですらない、味気ないコピー用紙のような紙にはタイプされた文字でこう書かれていた。







『アナグマの巣を探せ』







「・・・? アナグマ?」
 眉をひそめ、唇を尖らせながら首を傾げるゴン。
 そんなゴンの顔を見て、ドゥーンがまたニヤニヤ笑う。
「探せ、って言ってんだから探しゃ良いんじゃねぇか?」
 何か裏を知っているような様子のドゥーンの態度にムッとしてゴンが口をへの字に曲げて睨みつけると、ドゥーンはまたカラカラと大声を上げて笑い出す。
「アッハッハ! 悪いが俺はアイツの企みなんか何も知らねぇよ! 俺はただ、お前にこの手紙を渡せってジンに頼まれただけだ」
 楽しそうなドゥーンの様子を見ていると、その言葉の真偽を疑わしく感じてしまうゴンだが、ドゥーンはそんなゴンに諭すように続けた。


「あのなゴン、此処はグリードアイランドと同じようにジンが所有してる島でな。ま、グリードアイランドに比べりゃ豆粒みたいな大きさだが。ジンや俺らがバカ騒ぎしたりのんびりするのに共同で利用してる別荘地みたいなもんなんだ」
 宥めるような口調のドゥーンの説明を、ゴンは興味深そうに「ふぅ〜ん」と聞き入っている。
 どうやらドゥーンへの疑いは晴れつつあるようだ。


「まぁジンの事だ、何か考えがあってのことなんだろ。バカな親を持っちまったと腹を括って、アイツの悪ふざけに付き合ってやったらどうだ?」
 言われるまでもなく、そうせざるを得ないのだろう。こんな所にまで呼び出されて何もせずに引き返せるほど、ゴンは臆病でも面倒くさがりでもない。
 ジンからの手紙を握り締めてゴンは椅子から立ち上がる。


「わかった! それじゃドゥーンさん、オレ、ちょっと行ってくるね!」
 手を振ってダイニングルームから出て行くゴン。ドゥーンは嬉しそうな笑顔を浮かべて「おお、行ってこーい」と手を振り返していた。














 島の直径は5kmほどしかなく、島全体を探索するにしてもそう時間は掛かりそうもなかった。
 アナグマ、というくらいだから流石に森の中を探せば良い筈と当たりをつけて、ゴンは静かに「纏」を行いながら探索を始める。
 木漏れ日が降り注ぐ森の中は心地良く、コンたちが暮らすくじら島の森を自然と思い出させる。
 ゴンは新緑の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら土の上を歩んでいくと、小動物の巣穴らしいものはすぐに見つかった。


(子供が居たらびっくりさせちゃうよね)
 巣穴の中の住人に気を遣い、ゴンはオーラを「纏」から「絶」に切り替えて、しゃがみ込んでそっと中を覗いてみる。
 幸いと言うべきか主はどうやら留守のようで、しかし留守を預かるように穴の中には白い紙切れが一枚置かれている。ワクワクした期待を膨らませながら、ゴンは巣穴の中に腕を伸ばして紙を手に取る。
 カサリと音を立てて再びそれを開いてみれば、先ほどと同じような味気ない文字。







『岩場の影から見えるカニ』







「・・・カニ?」
 お次は一体何のことやら。クスクス苦笑しながらゴンは次なる目的地へ向かう。岩場、というくらいだから海岸付近のはず。


 足取り軽く、ゴンは岩場を目指す。
 空気は緑の匂いから潮の匂いへと変化し、波の音が近づいてくる。太陽は頂上近く、そろそろ正午になろうかというところだろうか。


 10分と掛からずに岩場に辿り着いたゴンは、再び「纏」を行って注意深く辺りを観察する。
 浅瀬や潮溜まりに注意を払いながら『カニ』を探してみる。が、どれだけ探しても小さなカニはたくさん居るのだが肝心のヒントが見つからない。大して広くもない岩場だ。おかしいなぁ、と思いながらゴンはしゃがみ込んで空を仰いでみた。先ほどまでは雲ひとつない青空だったが、今は真っ白いわたあめのような雲がちらほらと浮かんでおり、大地に影を落としている。


(岩場の・・・影・・・)
 先ほどのヒントをよくよく思い出してみるゴン。岩場の『影』を探していたが、ヒントは『影から見える』とあった。見渡してみれば、比較的背の高い岩が密集している場所がある。そこへ身を隠すようにして陸地の方を覗いてみると、ようやくゴンは答えに辿り着いた。


 岩場の先にある潅木が、まるでカニのような形をしていたのだ。


 えへへっ、とゴンはジンの遊び心を楽しみながら潅木へ駆け寄る。
 再びしゃがみ込んで下を覗いて見れば、お目当てのものが見つかった。また、味気ないコピー用紙のような紙切れだ。
 ゴンはウキウキしながらそれを手に取り、開いてみる。







『シロツメクサが作る輪っか』







「シロツメクサってクローバーのことだよね」
 誰にともなくゴンは口に出してそう確認する。くじら島でノウコがよく花を摘んで花輪を作っていたのを思い出す。花輪を作れということなのだろうか。しかし、残念ながらゴンにはそんな技術も趣味も無い。うーむと首を傾げながら、ゴンはとりあえず海辺から遠ざかり、シロツメクサが生えていそうな陸地へと移動する。


 森の中に少し拓けた草原があった。そこに、シロツメクサは小さく群生している。花輪を作ることはできないが、四つ葉のクローバーくらいなら探せるかなと思いゴンは再び「纏」を行う。
 そうして注意深く辺りを観察すれば、シロツメクサが生えているのは此処だけではなく、少し離れた場所に点々と群生しているようだ。それらが生えている場所を繋ぐと、多少歪ではあるが円を描いているように見えなくもない。


(ひょっとして・・・)
 ゴンは、クローバーたちから遠ざかりそれらが描く円の中心に向けて歩を進める。
 朝露に濡れたのか、湿って乾いた後のような、しなしなになった紙がそこに落ちている。ビニールに入れるくらいの配慮をしてくれたって良いのに、などと思いながらゴンは苦笑を浮かべてそれを手に取った。
 次の指令はどうやら単純そうだ。







『テーブルの下を見ろ』







 テーブルがある場所など、先ほどドゥーンが居た家以外に考えられない。ゴンはフフフ、と楽しそうに笑いながら目的地へと走り出す。


 ゴンがログハウスへ戻ってみると、ドゥーンの姿は無かった。しかし、ダイニングルームにはその代わりとでも言うように、テーブルの下に象のぬいぐるみが置いてあった。
 先ほどはこんなものは無かったのだから、やっぱりドゥーンもグルだったんだとゴンは嬉しそうに悔しがる。
 随分可愛らしい丸々とした象のぬいぐるみで、腕の中には紙切れと、携帯電話が握り締められていた。
 再び紙を開いてゴンは内容を確認する。







『留守番電話を聞け』







 その言葉の下に4桁の番号が記されていた。
 ゴンはぬいぐるみが握り締めている携帯電話を手に取り、その番号に掛けてみる。
 留守番電話サービスの音声ガイダンスが流れ、案内に従って伝言メッセージを聞くというコマンドを選ぶ。


 ほんの僅かな沈黙の後に、くぐもっているが温かい優しい声が流れ出した。


「よぉゴン、元気かー? お前にとっちゃ簡単過ぎたとは思うが、宝探しは楽しかったか?」


 そこには居ないはずなのに、まるで目の前に居るかのように語り掛けてくるジンの口調が、初めてジンの声を聞いたあのテープのように感じられて、ゴンは懐かしさを感じる。
 ジンの声は少し照れくさそうな調子で「まーアレだ、うん、なんだ」と、もごもご言いながら大事な言葉を告げた。


「誕生日おめでとう、ゴン。今まで、ちゃんと祝ってやれなかったが・・・まー、今回も全然祝ってねぇか」


 ハハ、と自ら乾いた笑い声を上げるジンに、ゴンも思わず苦笑を零す。
 ゴンにとっては、ジンが自分の誕生日をきちんと覚えてくれていたことだけでも十分に嬉しかったりするのだ。
 再び短い沈黙を置いてから、ジンは少しだけ真面目な口調で語り出した。


「でもなー、こんな俺でもお前の誕生日を心から祝った時だってあったんだぜ? いつだかわかるか? ・・・まさに、お前が生まれたその日だよ」


 電話の向こうで、ジンがその日に思いを馳せているかのように再び少しの間を置いてから、ゆっくりと語り出す。


「俺は俺のためにお前を捨てたロクでもない親だ。イヤ、お前に対して親らしいことなんか何一つしてねぇ。それでも・・・お前がハンターになったって聞いた時は、俺は嬉しかった」


 しみじみ噛み締めるように語るジンの口調が、突然自棄になったように「良いか、一度しか言わねえからよく聞けよ!」とぞんざいになる。
 一度、深呼吸でもするようにジンの息を吸い込む音が聞こえてから、静かに、優しくジンが告げた。









「ゴン、俺みたいなロクでもねーヤツを親に選ぶなんて、お前もまぁ物好きなヤツだなーと俺は昔から思っているんだが・・・12年前のあの日、俺のところに来てくれて、ありがとう」









 それだけだ、とぶっきらぼうにジンが付け加える。
 きっと自分の言葉に照れているに違いないとゴンはジンの様子を想像して、クスクス笑いながら唇を噛み締めて、涙が零れないように必死に堪えていた。


 するとその時、窓の向こう、海辺の方から聞き慣れた声が響き渡る。


「親子水入らずのところ邪魔するのなんてやっぱマズイだろ!」
「呼ばれたんだから堂々と行きゃ良いんだよ、此処まで来て引き返すわけにもいかんだろうが!」
「だからと言って堂々と手ぶらで来るとは流石だなレオリオ」


 キルア、レオリオ、クラピカ三人の声。
 どうして、とゴンが思っていると電話の向こうでジンがゴホンと咳払いをした。


「お前も、親と誕生日過ごすような年でもねーだろ。ダチと一緒に楽しくやんな。この島は、好きに使って良いから」


 じゃーな、とジンが短く告げて、留守番電話の再生が終わる。
 波の音、カモメの声に混じって、ゴンの大好きな三人の騒ぎ立てる声が次第に大きくなってくる。もう、砂浜に上陸したのだろうか。


 ゴンは、温かい気持と象のぬいぐるみを抱いて家の外へ走り出す。
 ぬいぐるみは、まるでジンの照れ隠しをそのまま形に表したようで、ゴンはこの上なく愛しさが込み上げてしまう。









ナグマの巣を探せ』
ワバの影から見えるカニ』
ロツメクサが作る輪っか』
ーブルの下を見ろ』
スバン電話を聞け』










「・・・ゾウ?」
 留守番電話越しという手段を取った時点で既に素直でないのはよくわかるが、語尾にそんな照れ隠しの単語をつけなくても良いのにと、ゴンはクスクス笑ってしまう。


 大丈夫だよ、とゴンは心の中でジンに語り掛ける。
 自分はジンに心から愛してもらえていること、ゴンはそれを十分に実感できているから。


 愛されている喜びと安心感を胸いっぱいに満たして、ゴンはキルアたちを迎えに笑顔で駆け出して行った。