「ねぇ、知ってる?」
「知らないし知りたくないから何も言うなクソ兄貴」
「違うよキル、俺はゴンに話し掛けているし、クソ兄貴じゃなくてお兄ちゃんだろ」
「ゴン、コイツの言うことなんか聞く必要ないぜ。どうせロクな話じゃねーし」
「それはキルが決めることじゃないだろ。ゴン、あのさぁ」


 ガッシャーーーン!!
 テレビに繋いだサラウンドオーディオから派手なクラッシュ音が響き、大きな液晶画面の端には「プレイヤー1 ゲームオーバー」の文字が表示される。
 しばらく固まっていたゴンだったが、ムキーーっ! と不機嫌そうに、手にしていたコントローラーをポイっと放り投げて叫んだ。


「また負けたーー! もうゲームやだ! キルア、外で遊ぼうよ!」
 自分に全く勝ち目の無いゲームなど甚だつまらないと言わんばかりに、ゴンは現状繰り広げられているテレビゲーム対決に不満を述べる。
 ゾルディック家邸内キルアの自室にてカートレースゲームに興じているゴンとキルア、イルミ、そして人数合わせの為に呼ばれたミルキという、不可思議な光景である。


「外で遊ぶ前に、いいから俺の話を聞いてよ、ゴン」
「絶対聞かない方が良いって、ゴン!」
 テレビゲームが苦手なゴンとは違いインドアの遊びが得意な兄弟は、ゴンの不平には耳を貸さず、それぞれ画面を食い入るように見つめてゲームの勝負に熱中しながら、器用にゴンに語り掛ける。
 しかし、自分の主張を聞こうともしない二人に更にムッとしたゴンは、長男と三男の語り掛けには応えず、不満顔でチラッとミルキの手元を覗き込んでみた。
 黙々と最高得点を叩き出し続けている次男はゴンの視線にも全く反応せずゲームに集中しているが、そのコントローラー捌きと画面内のカートの動きがあまりにも見事だった為に、ゴンは機嫌の悪さも忘れて、思わず「ふわぁ〜、すごいやぁ」と感嘆したように声を上げていた。


 ミルキごときにゴンの羨望を奪われたのが悔しいのか、キルアは次兄にアイテムで攻撃を仕掛けるが、ミルキはそれも鮮やかにかわしてしまい、結果的にゴンの更なる羨望の眼差しをミルキに注がせる結果となる。
 ぐぬぬと歯噛みするキルアを尻目に、イルミは先ほどまで告げようとしていた内容をシレッとゴンに伝えていた。


「あのさ、来週ヒソカの誕生日なんだよ、知ってた?」
 イルミの言葉に「えっ」と驚きの表情を浮かべて振り返るゴン。隣で聞いていたキルアも「え、アイツ誕生日とかあるの!?」と視線は画面に向けたまま声を上げる。
「さぁ、ホントの誕生日かどうかは知らないけど」
 言いながら、イルミはゲーム内で後ろを走るキルアのカートに妨害の樽を投げつけ、キルアはチッと舌打ちしながらあっさりとそれをかわす。


「いつだったかヒソカから聞いたんだけどさー、ゴンはなんとかいうゲームの中でヒソカに助けてもらったって? お礼とかしなくて良いの?」
「う・・・」
 そう言われるとゴンは困ってしまう。確かにイルミの言うことはもっともで、ヒソカ本人はドッヂボールの試合自体が楽しかったから何も要らない、とは言っていたが、ゴンとしてはヒソカに借りを作ったままでは弱冠心苦しく、悔しいものがあるのは否めない。


 しかし、当然ながら、キルアは横からピシャリと言い放つ。
「別にいらねーだろ! ゲームの中でカード要るか、って聞いても要らないって言ったのアイツだし。別に現実世界でまで礼なんかする必要ねーって!」
「うん、キルは別にあんなヤツに礼をあげる必要ない」
「じゃあゴンだって必要ないだろが!」
「ゴンは必要だよね? 別に助けてもらったことに対する礼じゃなくても、ヒソカの誕生日、何かあげたいとか思うだろ?」
「思うか!」


 ゴンへの問い掛けにもキルアが返事をする不思議なやり取り。しかし、キルアの代返とは裏腹に、ゴンはイルミの言葉に対してうぅんと考え込んでいる素振りを見せる。そんな気配を感じて、キルアは視線を画面に向けたままゴンに恐る恐る確かめる。
「え・・・ゴン、お前まさか、本気でヒソカに何かやろうとか思ってるんじゃないだろうな?」
 言われて、ゴンはハッと顔を上げ、エヘヘと苦笑する。
「う〜ん、何も知らなかったら良かったんだけど、聞いちゃったらやっぱりちょっと気になっちゃうし・・・」
「だから聞きたくねぇって言ったんだよ、クソ兄貴!」


 半泣きでイルミに噛み付かんばかりに吠えるキルアは、再びゲーム内でイルミに攻撃を仕掛ける。当然、イルミは再び難なくかわし、キルアに反撃を仕掛ける。
 そこでキルアはイルミの攻撃をまともにくらい、ハンドル操作を誤りクラッシュ。「プレイヤー2 ゲームオーバー」の表示。
 しばし呆然とし、次いでこの上なく悔しそうな表情でイルミを睨みつけるキルア。イルミはそんなキルアには目もくれず、涼しい表情で「お兄ちゃんって呼ばなかった罰だよ」とだけ言い放った。


 しかし、その直後。


「ねえ、イルミお兄ちゃん」
 と抑揚のない気色悪い声で唐突に呼びかけたのは、今まで黙々とプレイに集中していたはずのミルキ。


 その言葉にイルミは思わず目を見開き、ゾワッと鳥肌を立てて動揺する。
 ミルキはその隙をついてイルミに妨害を図り、反応に遅れたイルミはまんまとクラッシュ、ゲームオーバー。


 ゲームの実力のみならず、心理戦にも勝利したミルキはほんの少し誇らしげで。
 そんなミルキを兄弟は愕然と睨みつけ、しかしゴンはふおぉぉぉと言わんばかりのキラキラした尊敬の眼でゾルディック家の次男坊を見つめていたのだった。














 その後もキルアの自宅に泊まり込んで滞在していたゴンだったが、イルミの言葉を聞いてからというもの、毎日毎日、ふとした瞬間に考え込んでしまうのはヒソカの誕生日のこと。
 うんうん悩んでは、考え込み過ぎてボンッと頭が爆発し、その度に「お前、またヒソカなんかのこと考えていやがったのかよ!!」とキルアに怒鳴られる。


「えぇ〜・・・だってさー」
「だってもクソもねぇよ! ヒソカの誕生日なんかスルーだろ、スルー! 何もする必要ないって! そもそも、アイツの居場所も知らないくせに、どうやって物あげるんだよ」


 キルアの言葉はもっともだったが、その点についてはイルミがあっさりと解決策を示す。
「大丈夫だよ、ゴンがウチに居るって連絡しておいたから、誕生日の日はアイツ、ウチに来るって」
「余計なことしてくれてんじゃねえぇぇ! クソ兄貴!!」
 半泣きで怒鳴り散らすキルアであったが、イルミの取り計らい(?)のおかげで、ヒソカの誕生日というイベントを素通りできなくなってしまったゴンは、ますます困り果ててしまう。


 どうしよう、どうしよう、と毎日ひたすら悩む。悩む。


 そもそも、何故自分がヒソカの誕生日など祝わなければいけないのかもゴンにはよくわかっていない。
 わからないながらも、誕生日、と聞いて、じゃあ何かしなければ、と思ってしまったのだから仕方がない。


 例えばキルアや、クラピカ、レオリオや他の仲間たちが相手であればこんなに悩む必要もないのに、とゴンはとにかく困ってしまう。
 仲間たちのことなら、何をしたら、何をあげたら喜んでもらえるか、ある程度見当をつけることもできるし、例え選んだものが的外れだったとしても、彼らであればそれでも心から喜んでくれるはずなのだ。
 お互いに、それだけの信頼はあるつもりとゴンは自負している。


 しかし、相手がヒソカとなれば話は全く違ってくる。
 ゴンはヒソカのことなどよく知らない。
 気紛れで嘘吐きな性格と、とにかく強い相手と闘うのが好きなこと。知っているのはその程度で、一体何をあげれば、何をしたら喜ぶのかなど、本当に見当もつかない。
 そもそも、ヒソカは誕生日など祝われて嬉しいのか、と疑問に思い出したら最後、どうして自分がヒソカの誕生日を祝わないといけないんだろう・・・という根本的な疑問に再び辿り着いて、ゴンはその度ボンッ、ボンッ! と頭を爆発させてしまう。


 どうにもイルミに上手く嵌められたような気がしてならず、キルアの言った通り「聞かなければ良かった!」ことだったのかもしれないと、今更ながらゴンはにわかに後悔の念を抱く。が、知ってしまった後ではもう遅いのだ。


 うんうん唸りながら悩みながら、ゴンはレオリオ、次いでクラピカに電話をしてみる。


「来週ヒソカの誕生日らしいんだけどさ、一体何をあげたら良いと思う?」


 ゴンは二人に対してそう質問してみたが、一瞬絶句しているらしい沈黙が返ってきてから「何故お前がヒソカの誕生日なんか祝う必要があるんだ?」と、ゴン自身も感じている根本的な疑問が発せられ、「ホントだよね、アハハ」と苦笑しつつもゴンの悩みは更に深いものとなってしまう。


 ヒソカを快く思わないキルアには、さすがに面と向かってプレゼントの相談などできない。
 仕方なく、ゴンは結局ひとりでうーーんと頭を抱えて悩むことになってしまう。


(どうしてオレがヒソカの誕生日なんて祝わないといけないんだろう・・・)
 何度も自問した問いを、ゴンは再度考え直してみる。


 本来、仲間や友達、家族の誕生日を祝うのはとても自然なことだ。その人にとって特別な日なのだから、一緒にお祝いしたいし、その人の喜ぶ顔が見たいからプレゼントをあげる。
 しかし、ヒソカにとって誕生日が特別な日なのか。それは甚だ疑問だとゴンは思う。ヒソカは、そんなことになど全く頓着しないように見える。ヒソカにとって特別な日でないのなら、ゴンは別にヒソカの誕生日なんて祝う必要はないのだ。


(じゃあ、喜ぶ顔が・・・見たい?)


 ヒソカの喜ぶ顔。何をもらっても特に喜びそうもないヒソカだが、唯一、ヒソカが喜びそうなことはゴンにも思い当たる。


 それは、強いヤツと闘うこと。
 確かにそれは、ヒソカにとってこの上なく喜ばしいはずのことだとゴンも思う。
 だが、ヒソカの強さに見合う強者など、どうやって見つけてきたらいいのか。しかもその相手に「ヒソカと闘ってくれ」とゴンが頼むなど、馬鹿げた話だ。


 そこまで思い至って、ゴンはハッと気づく。


(オレが・・・もっと、強かったら・・・)


 そのことに気づいた瞬間に、ゴンはシュンと落ち込んでしまう。


 強いヤツなど探さずとも、本来自分がヒソカと互角に闘えるくらい強かったら、それが一番のヒソカへの贈り物になる筈なのに。
 未だ、ヒソカはゴンを格下と侮っているし、ゴン自身も自分はまだ闘いに於いてヒソカを満足させるに値しないことはよくわかっている。
 念を覚えて鍛錬を積んでこそ、初めてわかるレベルの差もあるのだ。


 その事実に改めて気づき、ゴンはひとり、悔しい気持を噛み締めて落ち込んでしまう。
 ヒソカを満足させてやれない、自分の非力さにゴンは歯噛みする。


 そして、ゴンは気づく。
 今まで、自分が見たことのあるヒソカの喜んでいる姿、嬉しそうな表情――――それはすべて、ゴンにとっても嬉しかった瞬間のものだったということ。


 初めて対峙してヒソカに攻撃を仕掛けた時、ヒソカからプレートを奪った時、ヒソカに一撃食らわせてやれた時・・・達成感でゴンの胸がいっぱいになった瞬間、ヒソカも満足そうに微笑んでいたではないか。


(だからオレ、ヒソカの喜ぶ顔が見たいのかも、しれない・・・)


 ヒソカが嬉しそうな表情をしている時は、即ちゴンにとっても嬉しい瞬間だからと、無意識の中で繋ぎ合わせている自身の思考に気づいたゴン。
 しかし同時に、今の自分ではそれが叶わぬことを知っている為に、気づいたところで悔しさを噛み締める他、今のゴンには術がないのだった。














 しょぼしょぼと落ち込んだ気持を引き摺りながら、ゾルディック邸の薄暗い廊下を足取り重く歩むゴン。
 俯いて歩いていると、戯れに「絶」を用いていたイルミに正面からぶつかり「ふにゃん!」とゴンは間の抜けた声を上げていた。
 なんだ今の声、とイルミは怪訝な顔でゴンを見下ろしつつ「ヒソカの誕生日プレゼント、決めた?」と、目下ゴンの最重要課題について、ずけずけと尋ねてくる。
 ゴンはイルミにぶつけた鼻をさすりつつ「決めてない・・・」としょんぼり呟く。


 その様子を見て、イルミは薄笑いを浮かべて「なんで? ゴンなら簡単なことなのに」となんでもないことのように言い放ち、ゴンは「え?」と驚いたようにイルミを見上げる。


「ホラ、ちょっとついておいでよ」
 と言いながら、イルミはゴンの手を引っ張って廊下を進んでいく。
 辿り着いたのはイルミの自室らしく、「ちょっと待ってて」と言われるままにポツンと佇んでゴンが大人しく待っていると、やがてイルミは大きな赤いリボンを手にしてゴンの前に立った。
 そして、そのリボンをゴンの顎から耳の後ろにかけて、頭の上で蝶々結びをしてやる。


「ホラ、できた」
 うん、と満足そうに頷くイルミに対し、ゴンは「え? え? 何が?」と不思議そうに首を傾げる。


「それつけて、『ヒソカ、オレを食べて?』って言えば良いんだよ」
「は? ハ? ・・・え?」
 イルミが何を言っているのかさっぱり理解できず、目を白黒させるゴン。


「ほら、ハイ、練習。 『ヒソカ、オレを食べて?』」
「え、あ・・・ひ、ヒソカ・・・オレを・・・食べて?」
「そんなぎこちない笑顔じゃダメー。ハイ、笑って」
「あ・・・うぅ・・・ヒソカ、オレを食べて?」
「うん、悪くない。じゃ、もう一回」
 という具合に、イルミのペースについうっかり素直に従ってしまったゴンは、引きつり笑顔を浮かべつつ、不可解な台詞の練習をさせられたのだった。














 頭に大きな赤いリボンを着けて部屋に戻ってきたゴンを見て、キルアは顔を真っ赤にしてワタワタとたじろぎ、慌てる。
「なっ・・・おまっ、何してんだよ! なんつーモン着けてんだ、お前っ!!」
 イルミにされるがまま、リボンを着けたままキルアの部屋に戻ってきたゴンは、うーんと困ったような表情でキルアに告げる。
「うん・・・だってね、イルミがコレ着けて、ヒソカに『オレを食べて?』って言えば良いんだよ、って言うから・・・」


「駄ー目ーにー決まってんだろがーーー!!!」


 烈火の如く怒り叫び、キルアはむんずとゴンのリボンを掴んではずしてしまう。
 内心、写メっておけば良かったなどと、心の片隅で考えながらではあったが。


「馬鹿かお前! イヤ、馬鹿だって知ってたけど、そこまで馬鹿だとは思わなかったぞ!?」
 ギャンギャンとゴンに対して説教を続けるキルア。
 一方のゴンは、どうしてこんなに激しく叱られなければならないんだろう、と不思議に思っていたが、キルアが手にしたままの赤いリボンをジッと見つめているうちに、唐突にハッと思いついた。


「それだーーー!!」
「うをっ、なんだっ?」
 リボンを指差しながら突然叫んだゴンに驚き、キルアは思わず途中で説教を飲み込む。
 しかしゴンは、一度思いついたら即実行、とばかりにたじろぐキルアには目もくれず、早速携帯電話を手にして目的の相手に電話を掛ける。
 3コールですぐに出てくれた相手に対して、弾んだ声で語り掛けるゴン。


「あ、あのねウイングさん! ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど・・・」














 そして、ヒソカの誕生日当日。
 ゾルディック邸を訪れたヒソカを、邸宅前の森の中で待ち受けていたゴン。
 早速のお出迎えに、ヒソカは大仰に嬉しそうな反応を見せる。


「やあぁ、ゴン♪ 知ってる? 僕、今日誕生日なんだよ?」
 自分のことを指差しながら、わざとらしく尋ねるヒソカ。
 ゴンはしかし、準備万端とばかりに余裕たっぷりで「うん!」と元気に笑って頷く。
 その、邪気の無い笑顔に、図らずもヒソカは(ズ)キュンとしてしまう。


「ヒソカ、手を出してよ!」
 早速プレゼントを渡そうとしているのか、両手を後ろに隠したままゴンはそうヒソカに要求する。
 ゴンが何を隠し持っているのかと、ヒソカは非常に愉しそうに深く笑んで見下ろしながら、言われた通り左手を差し出す。
 すると、ゴンはヒソカの大きな手の小指にそっと手を添えて、グルグルと何かを巻きつけていく。


 それは、目にも鮮やかな、真っ赤な糸。


 一体何を思って、どんな計らいで赤い糸など小指に巻きつけるのかと、ヒソカは非常に興味深そうにゴンを見下ろす。
「ゴン・・・これは、どういう意味かな?」
 文字通り、運命の赤い糸のつもり・・・は流石にないだろうと思いながらも、ヒソカはゴンの意図を問う。
 するとゴンは、ほんの少し目を伏せて、困ったように呟いた。


「あのね、ヒソカ・・・オレ、本当だったら・・・オレがもっと強かったら、オレがヒソカと闘ってあげたいのに、今のオレじゃきっとヒソカを満足させてやれないんだ」
「・・・ん、んん?」
 いつも通りのことではあるのだが、ゴンのマイペースな説明に弱冠遅れを取るヒソカ。苦笑いを浮かべながら、ゴンが何を言わんとしているのか必死に噛み砕こうとする。
 しかし、そんなたじろぐヒソカになど当然お構い無しで、ゴンは続ける。


「だからね、オレ、ヒソカと約束するんだ! 絶対、ヒソカをぶっ飛ばせるくらい強くなるんだって! その糸ね、オレの念を込めたから、オレがヒソカをぶっ飛ばすまで切れないんだよ!」


 ゴンがウイングに電話で聞いたのは、つまりは「誓いの糸」の作り方。
 赤いリボンを目にして天空闘技場での「誓いの糸」を思い出し、ウイングから念の込め方を教わって実際に作ってみた、という次第である。


 ゴンの無邪気な笑顔と言葉に対し、ヒソカはしばし言葉を失う。


 驚きと呆れと、少し遅れて、弾けそうなほどの愉悦感。


「アーーーハッハッハ♥」
 突然、高らかに笑い出したヒソカにゴンは思わずビクッとする。怯えるゴンを他所に、ヒソカは心底愉快そうに声を上げて笑う。


「ククッ・・・キミは本当に面白い子だねぇ♦ 僕をぶっ飛ばすことが、僕へのプレゼントなのかい?」


 冷静に、一般的に考えてもみれば、確かにゴンの言っていることは完全に支離滅裂で、いつの日かぶっ飛ばすという約束が誕生日プレゼントだなど、全く以って意味不明である。


 しかし当のゴンは、何がそんなにおかしいの? という調子で、ヒソカの問い掛けに対し「うん、そうだよ!」と元気に明るく、さも当然とばかりにケロッと答える。ヒソカを見上げる大きな瞳は「嬉しいでしょ?」と自信満々に問い掛けている。


(まったく本当に、この子は・・・♣)
 いつもいつも、予想もつかないようなとんでもないことを思いついては周囲を巻き込んでいく。
 ゴンはいつでも、ヒソカの予想を遥かに超えるこの上ない悦楽をもたらしてくれるのだ。


 ククッと再び愉しそうに笑って、ヒソカは少し屈んでゴンの頬を指で撫でた。


「・・・本当はね、別に何も要らなかったんだよ♦」
 ニッコリと笑むヒソカを、ゴンはキョトンと不思議そうな表情で見上げる。


「キミ、僕の誕生日のことを知ってから、毎日毎日、僕のコトだけ考え続けてくれていたんだろう? 僕のコトだけで頭がいっぱいになっているキミを想像するだけで、僕は本当に愉しかったんだけど・・・♥」


 そこで言葉を区切ると、ヒソカはゴンが赤い糸を巻いた左手の小指にチュッとキスをした。


「キミは、キミの未来まで、僕にくれるんだね?」
「え?」


 言われた言葉の意味がわからず一瞬戸惑うゴンに、ヒソカはすかさず顔を近付けて唇を重ねる。
 一瞬、驚き固まるゴンだったが、即座に腕をバタつかせながら「ん〜〜〜〜! んぅ〜〜〜!!」と塞がれた唇から抗議の声を上げる。
 そんなムードの欠片も無い素振りがまた愛らしく、ヒソカは唇を離して更に笑みを深くする。


「な、何すんだよ、ヒソカっ!!」
 ゴンは解放された口で抗議の言葉を吐き出すが、ヒソカは余裕たっぷりに憎らしく告げる。
「素敵なプレゼントのお礼さ♥ キミに、魔法をかけてあげたんだ♦」
「へ?」
 再びキョトン顔を浮かべるゴンに、ヒソカは艶やかに微笑みかける。


「これから先も、ずっとずっと、キミは僕のコトだけを想い続けて生きていくんだ♦」
「え、えぇ?」
 頓狂な声を上げるゴンと、ただひたすらに嬉しそうに微笑むヒソカ。


 ゴンの手を取り掴んで、顔を近付けて続ける。


「キミは強くなる、キミは成長する♠ 僕を満足させる為に、僕と闘う為に、僕のため、だけに」


 笑顔で囁く奇術師の言葉は、まるで魔法というより呪いのようだ。
 しかし、それがどこか心地良く聞こえてしまうのは何故だろうと、ゴンは闘いの前の興奮にも似た気持を抱いて、ヒソカの言葉の続きを待つ。


「キミがこれから成し遂げる総ての事象が、僕のために成す行為になる♦ キミは僕を倒す為、その為だけにこれからの未来を生きていく♥」


 愉楽と残虐性を孕んだ、刺すような眼差し。
 その熱を帯びた冷たい眼に捉えられて、しかし、ゴンの心臓はドクンとひとつ大きく高鳴る。
 不思議な悦びのような感覚に、身体が震えそうになる。


 しかし、ゴンはゴクンと唾を飲み込んで必死に抗議の声を上げた。


「そ、そんなことないよ! オレは、ヒソカなんかの為だけに生きたりしない! オレが強くなるのは、オレの為だよ!」
 小さな我儘大王は、他人の言うとおりになるのを嫌い、懸命に抗議する。
 が、ヒソカはニヤリと余裕たっぷりに微笑み、ゴンの目の前に赤い糸の巻かれた小指を翳す。


「でも、この糸は、そういう意味だろう?」
「なんでっ、それは、そんなんじゃ・・・!」
「僕だけが、キミに縛られるなんて不公平だろ? キミも、僕に縛られておくれよ♦」


 それだけ告げると、ヒソカはゴンの手を離し、足音無く屋敷へと歩み出す。
 ヒソカの背を呆然と見送るゴン。
 しかし、途中でヒソカが足を止め、くるりと振り返った。


「ゴン、魔法を解く方法は・・・わかっているね?」
 言いながら、ヒソカは左手を広げてゴンに差し伸べる。
 赤い糸の結ばれた、小指。
 その糸が千切れる時が、ゴンにかけられた魔法が解ける時。


 ゴンは、ヒソカに対してニッと笑い、顎を引いて頷く。
 ヒソカが愛して止まない、挑みかかるあの眼差しを向けて。


 その眼に、ヒソカは再びゾクリと興奮を覚えて、下半身に熱が集中するのを感じる。
 今すぐにでもゴンを抱き締めて、愛して、壊してしまいたい衝動を堪えて、ヒソカは再びゴンに背を向けて歩き出した。


 ゴンは、いつの日か、必ず約束を果たしてくれるだろうとヒソカは確信している。
 命を懸けた、ギリギリの闘いを繰り広げられるレベルにまで、ゴンは必ず辿り着く。
 そして、この「誓いの糸」を解く日が訪れる。


 しかし、とヒソカはひとり、愉悦を噛み締めて笑みを浮かべる。


 その日が訪れたら、また新しい魔法をかければ良いだけの話だと。


 誓いを交わし、それが果たされたらまた新たな誓いを結ぶ。
 永遠に、永遠に繰り返す。


 そんな未来を、ゴンはヒソカに与えようと言うのだから。


(本当に・・・最高のプレゼントだなぁ・・・♥)


 傍から見れば不気味なほどに、ヒソカは幸せそうに微笑んで、ゾルディック家の屋敷の闇の奥へと姿を消したのだった。














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