「キミっていつも最後までイかないよねぇ♣」
ベッドの上、仰向けに横たわる俺の下半身を丹念に愛撫しながら、ヒソカが顔を上げてふと思いついたように呟いた。返事をするのも面倒で、俺はただ天井を見上げて寝転がっているだけ。
ヒソカは俺の性器を右手で掴んで、愉快そうに舌を這わせている。そんな様子を見る度に、こんなことして何が楽しいんだろ、と俺はいつも呆れたように思う。
金をもらってなければ、こんなコト絶対にさせない。
「エレクトしてるってことは、一応感じてはいるんだよね?」
オレの反応を確かめるように、ヒソカは顔を上げて尋ねるが答えてやる義理もない。
顔も視線も表情も動かさず「さぁ」とだけ答えた。
気持好いとは思わない。触れられて勃つのは、ただの生理現象だ。射精もその果ての生理現象なのは間違いないが、イかないのは多分楽しくないからだと思う。
こんなコトを楽しいと思うなんて、ヒソカはどうかしている。
けれど、世間一般的にはセックスは楽しいもので、ズレているのは自分の方だということもよくわかっている。
わかっていて、ヒソカがおかしいと感じてしまうのは、コイツの性癖の所為だ。
ヒソカは、ゴンという少年をいたく気に入っている。
ヒソカに言わせれば「実る前の青い果実はとても美味しそう」なのだそうだ。
理解はできるが、ヒソカの趣味と性癖は普通に気持ち悪いと思う。
そんなに気に入っているなら、本人を直接どうこうしてくれば良いのにと思うが、そう進言すればヒソカは「今はまだ、壊すには惜しいから♪」と言うばかりだ。
それはつまり、手を出せば自制が利かずうっかり壊してしまうかもしれない危惧感を孕んでいるということの裏返しだ。
(触れたら壊しちゃうかもしれないから手を出せないとか、なにそれ、純愛のつもり? バカじゃないのコイツ)
理解できない。気持ち悪い。
相手を心のどこかで蔑みながらのセックスなんかが、楽しいはずも気持好いはずもない。
そもそも、こんな行為を楽しむつもりすらない。
けれどヒソカは、なぜかいつだって楽しそうだ。
本当に、理解できない。
フェラチオには飽きたのか、ヒソカは俺の後ろの穴に指を挿し入れて慣らしていた。
不快感しかない行為だが、表情は変えない。
しかし、そんな俺の無表情をヒソカは楽しそうに眺めている。
本当に、何が楽しいんだろう。
呆れて、思わず溜息が零れた。
すると、そんな俺の反応が可笑しいのか、ヒソカはククッと喉を鳴らして笑って見せた。
何故笑われたのかも理解できず、俺は不愉快さを訴える為にジロッとヒソカを睨む。
ヒソカは機嫌良さそうにフフッと笑ってから、屹立した性器を俺の後ろに捩じ込んだ。
不快感は増すばかりで、思わず眉をひそめる。
ヒソカは一人、楽しそうに腰を振って悦んでいる。
早く、終わらないかなぁ。
ヒソカが早くイってくれるのを待ちながら、俺は揺れる天井をただぼんやりと眺めていた。
ヒソカは、ゴンに吐き出すことのできぬ欲求を紛らわせるために、俺との性交を求める。
最初は完全に意味がわからなかった。
ゴンを抱きたい欲求のごまかしのためなら、少年の男娼でも買えば良い。
以前、そう尋ねたことがあるが、ヒソカはいつもの調子でおどけて言った。
「うん、別にボク、少年愛の趣味はないからね♠ 美味しそうに実る見込みのある、青い果実が好きなだけ♥」
青い果実。そんな要素、俺にはないんだけど。
それなのに、ゴンに対する欲求を俺でごまかそうとする意味がわからない。
「キミって、気に入らなかったらすぐ殺しそうじゃない、ボクのことも♦ 何かの弾みで殺気を向けられるかもなんてゾクゾクしながらするのは、スリルがあって楽しいだろ♥」
やっぱり、理解できない。
俺は楽しくなんかないし、少なくともヤってる最中にヒソカを殺すとかないし。
殺気を向けられるかもしれない、そんな期待で興奮されるのもゴメンだから、結局俺は不快感すら特別表に出さないように、いつも通りの無表情でヒソカとの金と身体の付き合いを受諾した。
理解できない、楽しくもない行為。別に、金が欲しい訳でもない。
けれど、ズルズルとこの関係が続いてしまっているのは、俺の中に僅かな興味があったからなのだろう。
ヒソカがイク瞬間。
本人は気付いているのか、無意識なのかわからないが、ヒソカは一瞬遠くを見つめるようにして、切ない表情を見せる。
唇が、音無く動く。
『ゴン・・・』
へぇ、そんなに好きなんだ、と白けた気持で俺はヒソカのその表情を見上げる。
想いを抑えられないくらい、他人で性欲をごまかさないといられないくらい、ゴンのことが好きなくせに、「壊してしまうかもしれないから」当人には触れられない。
理解できない、気持ち悪いとヒソカを蔑む反面、どこか、羨ましいような気持があった。
自分が理解できないモノを「楽しい」と感じられるのは、一体何がそうさせるのだろう。
ヒソカがセックスを楽しいと思うことも、ゴンに対してそれだけ執着していることも、理解できないからこそ興味もあった。
何が楽しいのか、何がそうさせるのかを、ひょっとしたら知りたかったのかもしれない。
ヒソカとの関係がなんとなく続いているのは、そんな理由からだった。
ある仕事の際。
暗殺の標的が、ゴンとキルアが追い掛けていた人物と重なったらしい。
偶然に、街で二人の姿を見かけた。
ほんの僅かな殺気を戯れに混ぜて二人を視界に捉えれば、驚いたように即座に二人は振り返った。
良い反応だと満足しながら、俺は二人に歩み寄る。
「なっ・・・何の用だ、兄貴!」
全身の毛を逆立たせる猫のように、キルアはオレの姿を見て警戒心を露にする。
強がりと虚勢の裏に、俺に対する怯えがありありと見てとれる。
『絶対に勝ち目の無い戦いはするな』という訓えは、今もキルアの中に深くしっかりと根付いている。
「別に、お前に用は無いよ、キル」
不信感と敵愾心を剥き出しにしたキルアの眼を一旦見下ろしてから、まるでキルアを守るように立ちはだかるゴンを見遣った。
キルアに何の用だ、お前には絶対に指一本キルアには触れさせない。
ゴンの強い眼差しは、雄弁にそう語っている。
こういう眼で見つめられると、ヒソカは悦ぶんだろうか。
「ちょっと、ゴンに用があるんだ」
強い意志が込められたゴンの眼差しを正面で受け止めながら、俺は嘘を吐く。
用事なんか無い。
あるのは、好奇心と興味だけ。
俺の言葉に、当然二人とも驚いた表情を見せたが、キルアは更に警戒心を濃くしたのに対し、ゴンは反射的にふわりと警戒を緩めた。
俺がキルアを害するつもりはないらしいと判断しての無意識なのかもしれないが、ゴンの単純さに思わず呆れてしまう。
それが嘘だったらどうするつもりだ、そんなに簡単に相手の言葉を信じて良いの?
なんて、そんな心配をしてやる義理も必要もないのに、ゴンの単純さを目の当たりにして、思わず「それで良いのか?」と諭してやりたくなってしまったことに気づき、なんとなく気まずい気分になる。
どうやらゴンは、周囲の人間に放っておけない気持をもたらす天才らしい。
キルアも、ヒソカも、ひょっとしたらコレに捉われたのかもしれない。
「オレに・・・何の用?」
キルアと兄弟とはいえ、仮にも俺が殺し屋だということを、この子供は理解できているのだろうか。
自分は絶対に殺されない自信でもあるのか、俺がゴンを殺さない確信があるのか、キルアとは正反対の透明な眼差しで俺を見上げてくる。
この場合の対応は、後ろで『練』を行うキルアが正解で、ゴンの警戒心の無さは致命的だ。
瞬時に俺は、彼らにはまだ出来ぬスピードでのオーラの移動を行い、『凝』で念を纏った右拳を繰り出した。
見事な反応を見せた、キルアに向かって。
バチバチと電気に変えたオーラを纏ったキルアの右手は、残念ながらリーチの差で俺には届かない。
俺の拳は、キルアの鼻先三寸でピタリと止めた。
息を呑むキルア。
ヤバいと判断し冷や汗をかきながら、恐怖に見開いた眼で俺の拳をジッと見つめている。
俺は、拳を開いて掌をキルアに向けた。
「・・・キルアっ!」
遅れてゴンが叫ぶが、状況が状況なだけにゴンも動けず、チラリとキルアを見遣った後に俺をギリッと見上げた。
「キル、動くなよ。別に、お前たちに危害を加えるつもりは無い」
右掌をキルアに向けたまま、俺は告げる。
「ただし・・・」
そう続けながら、左手でゴンの腕をグイと引いた。
突然の俺の行動に、驚いて体勢を崩すゴン。
その小さな身体を、腕を引いて支える。
「ゴンは、少し借りていくから」
「なっ・・・!」
こちらも驚いた表情で、いかにも文句を言い出しそうな弟に対して、俺は初めて笑みを浮かべた。
「大丈夫、言ったろ? 危害は加えないって。本当に、用があるだけなんだ」
微笑んでみせたところで、いくら安心させる言葉を紡いだところで、キルアがそれらを額面通りに受け取るはずも無い。
案の定、憎憎しさを込めた物言いたげな表情で俺を睨みつけてくる。しかし、キルアは動けない。
その時。
「大丈夫だよ、キルア」
凛とした、声が響いた。
そして、ゴンは俺をまっすぐに見上げて尋ねる。
「少しって、どれくらい?」
キルアの眼とは違い、ゴンの眼には憎しみも苛立ちも伺えない。透明な眼差しで、純粋に疑問を尋ねているだけのように見えた。
俺は、再び表情を消して、少し考え込むようにしてから答えた。
「とりあえず、3時間くらいかな」
「だって、キルア! 大丈夫だよ、すぐ戻るから!」
無邪気に笑って、ゴンはキルアに安心させるように告げる。
これから、何をされるかなんて当然わかっていないのだろう。
何をされるか?
何を、するつもりなんだろう?
自分でも突然に思い至って、ふと疑問に思う。
まるで、これからゴンに何をするつもりなのか、自分の知らない自分だけが知っているような行動に、戸惑いながら。
「それじゃ、行くよゴン・・・」
そんな胸の内はおくびにも出さず、いつもの無表情でゴンの腕を引き、キルアに背を向けて俺は歩み出す。
ゴンは名残惜しそうにキルアを振り返りながらも、大人しく俺についてくる。
これから自分が何をするつもりなのか――――ひょっとしたら、本当は、ゴンの姿を見つけた時からそんなことは理解っていたのかもしれない。
俺は多分、そんな自分に戸惑って、驚いていて、どちらかというと認めたくもなくて。
何故なら、ゴンを視界に捉えた瞬間に胸の内に湧き起こった感情に名前をつけるなら、それはきっと『悦び』で。
今、ゴンの腕を掴んで歩く俺の胸を占めるのは、ワクワクとした『期待感』や『愉しさ』なのだから。
(ヒソカのが、伝染ったのかな)
あんな意味の無い関係、早く辞めてしまえば良かったと後悔する気持もある。
ヒソカの所為で湧き起こった興味が、自分でも忌々しいと思わせる行動に駆り立てているのがよくわかる。
この気持は、一体何なのだろう。
興味や関心。
否、きっと、それよりもっともっと、深くて強くて苦しくて激しい感情。
街中を歩みながら、俺はぼんやりと、ヒソカがイク瞬間に浮かべる、あの切ない表情を思い出す。
掴んだ腕から伝わる温もりは、妙に柔らかくて、温かかった。
数日後。
ヒソカに呼び出されて、俺たちはホテルの一室でいつも通りの後ろ暗い関係を紡ぐ。
躊躇なく服を脱ぎ捨てて全裸になった俺はベッドに腰掛け、ヒソカは床に屈んで俺の股に顔を埋める。
いつも通りの、実りの無い無意味な行為。
ヒソカにとっては、ゴンを想いながらの仮想性交か、或いはマスターベーションのようなこと。
俺にとっては、小遣い稼ぎか暇つぶしか、気色悪いヒソカの性癖を間近で観察する行為のようなもの。
少なくとも、今までは。
「ねぇ、ヒソカ・・・」
熱心に性器に舌を這わせるヒソカの名を呼ぶ。
ヒソカは、ほんの僅かに驚いたように目を開いて、顔を上げた。
俺が自分から言葉を発することなんて、珍しいどころか、多分初めてのことだからだ。
顔を上げたヒソカは、訝しがるように眉をひそめる。
理由は、わかる。
俺が、笑っているからだ。
愉しそうに、嬉しそうに。
「ね、ヒソカ・・・」
もう一度、ゆっくりと呼びかけた。
相手の反応を、確かめるように。
笑いながら。
俺は、言った。
「俺、この間、ゴンを抱いたんだよ」
そう、告げた時のヒソカの表情と言ったら。
初めて見るくらい、驚いた顔をして、目を見開いて。
堪らず、俺は声を上げて笑い出した。
お前お得意の嘘じゃないよ、本当だよ。
ゴンが、どんな顔で泣いて、どんな声で喘いで、どんな風に身体を震わせて俺を感じたか、教えてやろうか?
そうだ、聞いてよヒソカ。
俺がいつも最後までイかないってお前は言ったけど、俺、ゴンを抱いた時はイったよ、ゴンの中でね。
アハ、アハハ、ハハハハハ・・・!
不意に、吐気を伴うような圧迫感を感じた。
ヒソカが、慣らしもせずに俺に突っ込んできた。
表情をチラリと見遣れば、多分それはヒソカにしては珍しい『怒り』に分類される感情を覗かせていたのだと思う。
そんなヒソカが、俺にはとても滑稽に思えて、哄笑は止まらない。
なんだろうコイツ、ゴンと身体を繋いだ俺を抱くことで、ゴンの身体を、熱を共有できるとでも思っているんだろうか。
まるで、ゴンの熱の残滓が俺の身体にまだ在るとでもいうように、ソレを探り求めるようにヒソカは乱暴に奥深くへ腰を打ちつける。
俺は、笑いを抑えられぬまま、揺れる天井を眺めていた。
思わず、虚空に手を伸ばす。
きっと其処は、ヒソカの切ない視線の先と同じ。
「アハ、ハハハハ・・・」
俺は笑い続け、ヒソカは絶頂へ向けて腰を打ちつける。
少年の、肌を、温もりを、匂いを、声を、涙の味を、思い出しながら、俺はヒソカとのセックスで初めて達した。
頭の中が真っ白になり、ようやく笑い声が止む。
そして、達した後の脱力した身体と心で、想う。
可哀想にね、ゴン、こんな愚かな男に愛されてしまって、と。
けれど『愚かな男』が、果たしてヒソカのことなのかどうか、俺にはよくわからなかった。
「どうして、こんなコトするの?」
ゴンを無理矢理抱いた後、全裸でベッドに横たわるゴンが俺に尋ねた。
残念ながら、俺はその問いに対する答えを持ち合わせていなかった。
否、答えはきちんと、胸の奥に在ったのだと思う。
本当は、舌の先まで、出かかっていたのかもしれない。
小さな身体に触れて、蹂躙して、泣かせて、喘がせて、中に出して、汚して、傷めつけて、ようやく解った己の感情の名前。
けれど、今更ソレを知ったところでやっぱり意味は無いし、伝えるつもりも必要も無い。
この想いに未来は無いのだということを、最初から絶望と共に理解していたから。
俺は、ゴンの問いに答える代わりに、小さな身体を抱き起こして唇を重ねた。
涙の味のくちづけは、何故かとても苦しくて、俺はきっと、ヒソカがイく時と同じ表情をしていたのだと思う。
『お前を、愛しているよ』
伝えられない想いは、ゴンの涙と一緒に飲み干した。