ハンター協会本部にて。
 電脳ネットや書物で必死に除念に代わる方法を探していたサトツに、呑気な調子で声を掛けた人物が居た。


「ああ、サトツさん、いたいた」
 サトツを探していたのであろう口ぶりで、ハンター協会副会長パリストンが爽やかな笑顔を浮かべながら声を掛けた。
 忙しいところを邪魔されたサトツは、あからさまに不機嫌そうに振り返り「何か?」と冷たく尋ねる。


「嫌だなぁ、そんなに邪険にしないでくださいよ。良いお知らせですから」
 ニコニコしながら機嫌と愛想良く話し掛けるパリストンに、サトツは不機嫌さをそのままに話だけは聞く態度を示した。
 ニッと笑みを深めてパリストンは告げる。


「先ほどゴン君から『マーラの銀鏡』を取り戻した、という連絡が協会に入ったんですよ。実際に取り戻してくださったのは同期のヒソカさんという方らしいですが」
 サラッと告げられた言葉に、サトツは目を見開いて「本当ですか!?」と身を乗り出す。
 パリストンは笑顔で頷いた。


「本当ですよ。サトツさんからも、是非ゴン君に連絡してあげてください。詳しいことは知りませんが、『マーラの銀鏡』を必要としていたのはゴン君だったのでしょう?」
 そう言われてサトツは席を立ち、「失礼します」と一言パリストンに告げてから書庫を後にした。
 廊下を早足で歩きながらサトツは携帯電話を取り出す。
 ゴンとキルアの無事を確かめようと気持が逸り、電話を操作する指が少し震えてしまう。
 電話を掛けると、ゴンの元気そうな声がすぐに応答した。


「サトツさん、あのね! キルア、元通りになったよ!」
 きっと太陽のような笑顔を浮かべているのが目に見えるような元気な声に、サトツは笑みが零れてしまうのを抑えられなかった。
「そうですか……本当に良かったです」
 噛み締めるようにしみじみと告げると、ゴンが心のこもった声で「サトツさん、本当にありがとう」と礼を述べた。
「いえ、私は何もしていませんよ。とにかく、キルア君が無事で良かった」
 詳細を聞きたい気持はあったが、電話でするような話でもない為、また近いうちに会って話をしようと約束し、サトツはゴンとの電話を切った。


 安堵感でいっぱいのサトツの胸に、ふと、ある疑念が湧き起こった。


 そもそも、今回のカナン遺跡で出土された神像の調査は協会から依頼された任務だ。
 遺跡調査という内容はサトツの本業である為、何一つ疑問を抱かなかったが、協会本部へ護符を取りに来た時にも、そういえば「あの男」に会ったのだ。
 その時パリストンは、何食わぬ顔をしてサトツに話し掛けた。


「サトツさん、次の任務は「カナン遺跡」ですよね。あれって確か、ジンさんが発掘した遺跡でしたよね。どうです、ジンさんの息子さんにもお声を掛けたらいかがですか? ゴン君はサトツさんが試験官を務めてくださった期の合格者ですし、久しぶりに成長した姿を見たいとか、そんな親心みたいなものもあるんじゃないですか」


 親切ごかしてパリストンは確かにそう言ったが、その言葉がきっかけでサトツがゴンにメッセージを送ったのは事実だ。


 各ハンターに任務を依頼する審査部はパリストンの息が掛かった部署だ。
 ある意味、パリストンの思い通りに任務をハンターに振り分けることができる。
 その上で、今回の事件。
 そして、パリストンの言葉の真意とは。


(……考え過ぎでしょうか)
 年を取るとどうも疑り深くなっていけないと、サトツは首を傾げる。
 キルアが元に戻り、ゴンも無事だったのだ。
 まずはそれで良かったではないかと思いながら、サトツは協会本部を後にした。




















 数日後。
 バターン、とハンター協会副会長執務室のドアを蹴破った不届き者が居た。


「おう、邪魔するぜ」
「ジンさん、ドアは手で開けてください」
 ぼさぼさの髪と髭の姿で現れたジンに、パリストンは椅子から立ち上がりながらぴしゃりと告げた。
 「良いじゃねぇか、固いこと言うなよ」と忌々しげにジンは返すが「固くないです、人としての常識です、それともジンさんは人間以下ですか」とパリストンは嫌味を寄越した。


 しかしジンはパリストンの嫌味に対し、んー、と真面目に考え込み「まぁ人間以下っちゃあ、そういう部分もあるかもしれねぇが」と真剣な調子で返すものだから、パリストンは一瞬沈黙してから「冗談ですよ、真面目に取り合わないでください」と呆れたように零した。


「珍しいですね、ジンさん。協会に立ち寄るなんて」
 気を取り直したようにパリストンは声を掛け、ジンにソファに座るよう促す。
「おう、ちょっと近くまで来たんでな」
 言いながら、ジンはどっかりとソファに腰を下ろす。
 パリストンは自分で紅茶を淹れ、それをジンに差し出しながら向かいに座った。
 ジンは何か用事があって協会に立ち寄ったに違いないのだが、それを切り出す様子は今のところまだ無い。
 角砂糖を五つも入れて紅茶をクルクルとかき混ぜている。


 パリストンはジンとの間に置かれているローテーブルの下の棚からノートパソコン程度の大きさの平べったい箱を取り出した。
 次いで、正方形の箱を二つ。


「ジンさん、久しぶりに一局、打ちません?」
 パリストンが取り出したのはチェス盤と駒だった。パリストンの提案にジンは少し意外そうな顔をしたが、すぐにニッと笑って「おう、良いぜ」と快諾する。


 テーブルの上にチェス盤を広げ、駒を配置する。
 相談するでもなく、パリストンが白、ジンは黒の駒を取った。


 先行は白のパリストン。定跡通りポーンをe4へ打ち、ジンも追随する。
 ナイト、ビショップと展開し、互いに守りを固めながら中央を支配しようとせめぎ合う。
 互いに軽快に駒を進め、十分ほど経過した頃、不意にジンが何気なく口を開いた。


「今回の件で、いくら儲けたんだ?」
「……何の話です?」
 目線は盤上から動かさず、パリストンは聞き返す。
 ジンは手を進めながらぶっきらぼうに続ける。


「ナンとピスタだよ。今回のテロによって再び国交は悪化、紛争も再開だ」
 そこでジンが言葉を区切ると、パリストンは眉尻を下げて「本当に残念なことです。折角、ジンさんの偉大な発見によって一時停戦していた関係も、心無いテロリストの所為で再び悪化してしまうなんて」と心底、心を痛めている風に返した。
 パリストンの上辺だけの言葉は全く気にすることなく、ジンは続けた。


「今回の件で、一番得をしたのはナンとは反対側のピスタの隣国、カキンだ。元々カキン帝国はピスタと親交が厚く、何かとピスタを援助してきた。武器の輸出もその一つだ。軍事開発的にナンより後れを取っているピスタが互角にやり合えてきたのは、カキンの援助のおかげだ」
「…………」
 一体何の話をしているのか。そんな表情を見せながら、パリストンはクイーンを進める。


「近年、ナンはIT産業の目覚ましい発展で急速な成長を見せている。アイジエン大陸ナンバー2の国力までのし上がってきたが、ここ数年、成長率で言えば世界一だ。アイジエン大陸の覇者であるカキンは、それが面白くない」
 そこまで言うと、ジンはすっかりぬるくなっているはずの甘ったるい紅茶を、実に美味そうに一口すすった。


「そこでカキンは、ナンにはピスタと争い続けてもらいたい訳だ。ナンの国力を削ることにもなるし、ピスタに武器を輸出することでカキンは莫大な利益を得る。一石二鳥だ」
「……結果的にはそうだったかもしれませんが、今回の件の発端は、ナンの過激派が仕掛けたテロでしたよ」
 困ったように首を傾げてパリストンは口を挟むが、ジンは涼しい顔で返す。


「カナン遺跡を爆発させた犯人は、本当にテロリストだったのか。実は誰かに操作されていたとしても、爆弾抱えて吹っ飛んじまったんなら、証拠は残らないよな」
 そこでジンは、初めて目線をパリストンに向け、ニッと笑ってみせた。
 パリストンは沈黙し、ふう、と一息吐くとソファの背もたれに身体を預け、足を組んだ。


「……カナン遺跡の爆発現場には、たまたま、息子さんが居合わせたんだそうですね。大変でしたね」
「おう、大変だったみたいだな」
「あれ、冷たい言い方だなぁ。それとも、自分のお子さんの暗殺依頼を殺し屋にするくらいだし、ジンさんにとってゴン君ってその程度の存在でしたか?」
 その言葉で、パリストンとジン、二人の視線が真っ直ぐにぶつかり、互いにニィと笑い合う。


「宝物庫のセキュリティコード、一部が盗賊に漏れてたらしいから変えた方が良いぞ」
「ご安心ください、既に対応済みです」
「漏らしたヤツは内部にいるかもしれない」
「大丈夫、現在調査中ですから」


 白々しい応酬が続き、ジンはふぅと溜息を吐きながら「ま、お前がカキンに恩を売ることで、何を得ようとしてるのか、知ろうとは思わんが」と零してソファの背もたれに寄り掛かった。
 パリストンは曖昧に苦笑する。


「ねえジンさん、聞いても良いですか?」
「ダメだ」
 即答したにもかかわらず、パリストンは構わずジンに尋ねる。
「ジンさんにとって、ゴン君ってどんな存在ですか?」
「あ?」
 突然の妙な質問にジンはペースを乱され、あからさまに変な顔をする。


「ホラ、ボク、子供居ないし、どういうものなのかな、って後学の為に参考にさせてもらおうかと」
 ケラケラと明るい笑顔で理由を述べるパリストン。
 ジンは嫌そうな顔をしているが、少し考えた後、渋々といった調子でボソリと呟いた。
「そりゃ……宝物、だろ」
 ほんの僅かに頬を赤らめながら告げたジンの答えに、パリストンは嬉しそうに手を叩いて「宝物ですか! 素晴らしい!」と大仰に反応する。
 ジンは非常に不快そうに「うるせぇな」と呟いた。


「ねぇジンさん、知ってます?」
 パリストンは、笑みを深めてジンを見据えた。


「宝物ってね、壊すためにあるんですよ?」


 影を帯びた笑みを浮かべるパリストンに対し、ジンは「はぁ? 知らねぇよ、なんじゃそりゃ」とぶっきらぼうに突き返す。
 だがパリストンは、嬉しそうに幸せそうに語る。


「ボクにとってはね、このハンター協会が宝物なんです。ジンさんにとってのゴン君のように、ボクは協会がとても大切です」
「……そうか、そりゃ良かったな。大事にしろよ」
「ええ、そうするつもりです」
「ところでお前、わかってるか? チェックメイトだぞ?」
「え?」


 ジンの指摘にパリストンが視線を盤上に落とした瞬間――――
 パン! と弾けた音がして部屋の窓ガラスが粉々に砕け散った。
 窓の外から飛び込んできたそれは、ストッと軽やかな音を立ててチェス盤に突き刺さる。


 トランプのジョーカーのカードは、白のキングの頭を鮮やかに切り落としていた。
 キングには、黒のナイトが効いている。


「……お前、知ってるか?」
 立ち上がり、ドアへ向かいながらジンはパリストンに問い掛ける。


「宝物は、愛するためにあるんだぞ?」
 ニッと笑ってそう言い残し、ジンは再びドアを蹴り開けて執務室から出て行った。


 しばらくして、ガラスの砕けた音を聞きつけて、スタッフたちが何事だと心配してパリストンの執務室へ駆け付ける。
 パリストンはソファに座ったまま、それはそれはとても愉しそうに、笑みを浮かべていたのだった。





















 協会の向かいのビルの屋上で、携帯電話の音が響く。
 ヒソカが電話に出ると、「俺」と短く、やる気の無さそうなイルミの声が届いた。


「ねえ、誰かゴンを殺した?」
 物騒な問い掛けにヒソカは「……さあ? どうして?」と返す。


「ゴンの暗殺依頼、断ったにも関わらず『美味いもんでも食わせてやってくれ』って謎のメッセージ付きで二十億支払われているよ。ウチの家族に心当たりのある人間は居ないんだけど、ヒソカがゴンを殺ったの?」
「……ボクが今のゴンを殺すと思うかい?」
「思わないから不思議なんだけど」
 腑に落ちない、というように零すイルミに、ヒソカは路上を歩く男の姿を見下ろしながら返した。


「ボクたちが、依頼人の思惑通りに動いた報酬ってことだろうね♠」
「は?」
 苛立ったように聞き返すイルミだが、それ以上は答えず、逆にヒソカは「で、ボクの取り分は?」と尋ねた。


「今回、ボク、結構がんばったと思うんだけど♦」
「がんばったのは俺の方だよ、キルアに刺されたし」
「ボクだって、キミの所為で腕を切られた♣」
「キルアに手を出そうとしたからだよ、自業自得だ」
 その後もしばらく不毛な言い争いが続き、結局ヒソカがもぎ取ったのは全体の一割の金額だった。


 イルミとの電話を終えると、ヒソカはすぐに別の相手に電話を掛ける。


「ボクだよ、元気かい? これから一緒にご飯でも食べに行かないかい? ああ、勿論キルアも一緒にイイよ♥ ん? ちょっと臨時収入があってね、キミにご馳走してあげたくなったんだ。……ああそう、良かった♥ 場所はね――――……」