だんだんと夜の帳が落ちようとしている黄昏時。
 今回のハンター試験を受けるため、グリードアイランド内にある港から外へ出たキルアを見送ったゴンとビスケ。
 その日の修行を終え、焚火を挟んで向かい合って座る少女の姿をした師匠に、ゴンはどことなく弾んだ口調で告げる。


「ハンター試験がたった一年前なんて嘘みたいだよ。いろんなことがありすぎて、ハンター試験がすっごく昔のことみたいに感じる」
 この一年で起こった出来事を思い出しているのか、目を輝かせながらゴンは師匠に嬉しそうに話し掛ける。
 そんな曇りのない瞳を見て、ビスケは面映い表情を浮かべ、ほんの僅かに眩しそうに目を細めながら言った。


「アンタそりゃ若い証拠よ。年々、一年って歳月があっという間に過ぎていくようになるんだから。アタシくらいの歳になると、一年前なんて昨日のことみたいだわよ」
 ハァ〜っと溜息を吐きながらそう零すビスケ。
 ゴンは目を大きく開いて「へぇ、そういうものなんだ〜」と興味深げな表情をビスケに向ける。
 ゴンの遠慮のない好奇心に対し、ビスケはやや不愉快そうに口をへの字に曲げて「そういうもんよ」とぶっきらぼうに返す。年齢を実感させる話題は、女性にとってはデリケートな問題なのだ。


「で。ハンター一年生の新米のアンタにとって、この一年はどうだった?」
 先輩として、師匠としての優しさと愛情を湛えた表情で、ビスケがゴンに問う。
 その質問で、ゴンの脳裏には再びこの一年の出来事が蘇る。


 ハンター試験でキルア、クラピカ、レオリオに出会えたこと。キルアを迎えにゾルディック家へ向かったこと、天空闘技場での念の修行、初めて自分の友達を家族に紹介できたこと、ジンの肉声、ヨークシンでの攻防の末にようやく念願叶ってプレイするに至ったグリードアイランド。
 このゲームを手にすること自体、ハンターとしての難易度はH、即ち最も簡単な部類に入るのに、ゴンもキルアも結局はゲームを入手することは叶わなかった。ゲームをプレイすること自体が目的なのだから、ゲームソフトを手に入れられなくても構わないと言えばそうなのだが、他のハンターたちから見ればこの程度のミッションもクリアできないのか、というところなのだろう。
 ハンターとしての未熟さ、半人前どころかまだまだお尻に殻のついたヒヨコ同然と思うと、ゴンは自分の力不足にシュンと落ち込んでしまう。


「どうって言われても・・・いろんなことがあったし、色んな人に出会えて、助けてもらえて、すごく嬉しかったけど、オレ自身は全然弱っちくて、ハンターとしてなんてまだ何にもできてないどころか、スタート地点にだって立ててない気がするよ・・・」
 肩を落としてしょんぼりと呟くゴンだったが、それに対してビスケは人差し指を立てながら「そんなの当たり前でしょ」と物知り顔でビシッと言い放つ。
 ビスケのその言葉にハッと顔を上げたゴンだったが、瞬間遅れてアッと気づき「数字の5!」と叫ぶ。
 神妙な顔つきでうん、と頷いてからビスケは続けた。


「ハンターになってたった一年で何かを成し遂げられるヤツなんか居やしないわよ。そもそも念の習得、裏試験自体一年でクリアできる人は少ない。理想が高いのは結構なことだけど、上ばっか見上げていちいち落ち込んでいたんじゃ、この先大変よ」
 ま、現状に満足して慢心しないだけ、まだマシかもしれないけどね。ビスケはそう付け足して、焚火で沸かした湯で入れた紅茶をすすった。


 ビスケはそう諭すが、ゴンは早く大人になりたい、早く強くなりたいと背伸びをしてしまう年頃でもある。
 でもさ、とビスケの言に反論したくなる気持をグッと堪えて、ゴンは尋ねた。


「じゃあ、ビスケはハンターになったばっかりの頃ってどんなだったの?」
 何気ない、純粋な興味で発したゴンの質問だったが、その問いにビスケは少し驚いたように目を丸くしてから、何かを思い出すように視線を右上に向けて「ふむ」と呟いた。


「ハンターになったばかりの頃ねぇ・・・そうさねぇ、今のアンタ・・・というより、どちらかというとキルアの方が近いかも。でもアタシは、ただ単に生意気な小娘だっただけかもしれないねえ」
 そう零すと、ビスケは若かりし頃の思い出を懐かしんでいるのか、フフと小さく微笑んで、噛み締めるように語り出した。


「そうね、アンタと同じさ。念を覚えて自分が強くなった気になっても、いくらでも上には上がいて、落ち込んだり挫折したりしながら、それでももっと強くなりたくて必死に修行してね。・・・アタシが『ブループラネット』って鉱石を探しに、このゲームをプレイしに来たって話はしたわね?」
 ビスケの確認に、ゴンは頷く。師匠の昔話の中に自分が強くなるためのヒントがあるかもしれないと期待しているのか、ビスケの話に耳を傾けるゴンの表情は真剣そのものだ。


「鉱石や鉱物は、この大いなる大地の欠片だからね。採掘された環境、年代、気候なんかの条件によってその色合いや輝きは変化するから、ひとつとして同じものはないけれど、石を眺めていると不思議と気持が落ち着くのさ。まるで、この大地が語り掛けてくれているような感じ。そんな、ある種の神秘みたいなものに魅せられて、世界中の希少な石をただただこの目で見てみたくて必死になってるうちに、アタシなんかに教えを請う輩がひとり、ふたりと現れてね」


 その言葉に、ゴンはシャツをいつもパンツからはみ出させているウイングの懐かしい姿を思い出し、フフと微笑む。
 ビスケもつられたように微笑んでから、言葉を続けた。


「最初は弟子なんかとるつもり更々なかったけど、成り行きみたいなもんで、結局色々教える羽目になったんだけど。でもね、ある時気づいたのさ。弟子たちの姿は、アタシの大好きな鉱石たちと同じなんだ、って」
「・・・?」
 眉をひそめて、首を傾げるゴン。
 意味がよくわかっていない様子のゴンに、ビスケは穏やかに微笑みかける。


「弟子に限らず、大げさな言い方だけど人間って括りにしてもいいのかもしれないね。ひとつとして同じものは存在せず、それぞれの輝きを秘めている。石は、ただ其処に在るだけかもしれないけれど、色んなことを語り掛けて、大事なことを気づかせてくれる。
 弟子たちに教えているつもりが、逆に多くのことを教えられて初めて、アタシはそんなことに気づいたのさ」


 だからね、と続けながら穏やかにゴンを見つめるビスケの瞳は、どことなく母親のような色を湛えていた。


「何を成すか、成し遂げるかは確かにハンターにとって重要だ。ハンターとしての命題、存在意義と言っていいかもしれない。
 だけど、アンタが其処に居るだけで、何かを得たり感じたり教わったりしている人間だってたくさん居るんだ。そのことを、忘れなさんな」


 優しく諭され、ゴンは何かが胸に込み上げるような感覚を得た。
 それを、グッと飲み込んでから「押忍!」と大きな声で答える。
 ゴンの返事に至極満足そうに頷いてから、ビスケは「それとね」と調子を変えて付け加える。


「アンタがさっき言ってたことは正しい。『色んな人に出会って、助けてもらえて嬉しかった』ってこと。どんなに強くても、偉大な功績を残しても、それができないヤツは所詮どこかで野垂れ死にするわよ。いつまでも、その気持を持ち続けること。以上」
 ピッと人差し指を立て、ビスケは話を締め括る。


 今のままではいけない、これからももっともっと強くなりたいし、たくさん冒険をしたいとゴンは思う。
 けれども一方で、ありのままで良いのだと言ってもらえたことがとても嬉しくて、ゴンは少し俯いて照れたように「へへ」と微笑う。


 満足げな笑みを浮かべたままゴンが目を上げると、ビスケは人差し指を立てたままの姿で居た。
 それに気づいて、ゴンは慌てて『凝』を行い「数字の9!」と答えるが、時既に遅し。


「こら、ゴン! アンタ、キルアが居ないからって気が抜けてるんじゃないの!? 罰として腕立て腹筋500回!」
 先ほどまでの穏やかな眼差しはどこへやら、一瞬のうちにスパルタ師匠としての顔に戻ったビスケがギャンギャン叫ぶ。
 ヒーー! と悲鳴を上げながら、ゴンは慌てて罰メニューをこなす。


 そうしてゴンが筋トレメニューをこなした頃には、宵闇がすっかり空を覆っていたのだった。












 数日後。
「おかえりキルア!!」
 試験を終えてグリードアイランドに戻ってきたキルアをシソの樹の下で迎えたゴンとビスケ。
 キルアの試験の話を嬉しそうに聞くゴンの表情は、ここ数日間の中で最も明るく嬉しそうに見える。
 たった数日離れていただけのはずなのに、随分久しぶりに思える互いの笑顔に嬉しくなって、二人とも更に笑みを深くする。


「あのさ、キルア」
 ひとしきりキルアの話を聞き終えて、ゴンはおずおずと親友の名を呼ぶ。
 「ん?」と返事をするキルアに、ゴンはまっすぐな眼差しを向けて告げた。


「オレはハンターになって一年経っても、まだハンターとして何も達成できてないし、まだまだ弱いけど、ひとつだけ胸を張れることがあるんだ」
 ゴンの話がいつも唐突で飛躍が激しいことなど、キルアにとっては慣れたものだ。突然始まった、自慢話のような宣言にも動じることなく、キルアは「なんだよ?」と苦笑を浮かべて問い掛ける。
 するとゴンにしては珍しく、あのね、あのね、と弱冠言いよどむようにモゴモゴし、ひとつ大きく深呼吸をしてから言い放った。


「キルアっていう最高の友達に出会えて、ずっといっしょに旅ができたことだよ! オレ、キルアが居なかったら此処に来ることだってできなかったもん! 本当にありがとう! これからもよろしくね!」


 最高の笑顔で伝えたゴンの本心。
 キルアは思わず大きく目を見開く。


 息が止まるかと思うほどの嬉しい言葉。
 それだけで生きていけるのではないかと思える言葉を掛けられ、キルアは一瞬なんと返したらいいのかわからず戸惑ってしまう。


 眉根を寄せ、唇を噛み締めてキルアは息を呑む。
 ひとつ、大きく息を吐いてからキルアは仕方ないな、という表情でゴンに告げた。


「バカ、お前なー、此処に来るだけじゃ意味ねぇだろ。クリアして初めて感謝しろよ!」
 小馬鹿にする口調は当然キルアの強がりで。
 それに対しゴンは「ええぇ〜、だって出会って一年の節目だからさぁ〜」と困ったようにごねている。
 感謝の想いを伝えようとするゴンに、キルアはただ強がるばかり。


 それを見て、ビスケは泣きたくなるような気持になる。


 プロハンターとしての成功は、確かに偉大な業績や発見、富や名声で計ることができるかもしれない。
 けれど、それらよりももっともっと貴重で希少で大切なものは、信頼する友や仲間だということ。
 そして、彼らが居ることを当たり前のことだと驕ることなく、感謝の気持を持ち続けていられること。


(本当はそれこそが、優秀なハンターとしての一番の資質なんじゃないかしら)


 また、こうして弟子に大切なことを教えられた。
 これだから、若いツバメと関わることは辞められない。


 ゴンとキルアが笑い合う姿を、ビスケは温かい気持で見守っていた。














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